3-7.星に願いを
霜月さんと色々お話しして、食堂を出た時には、もうすっかり暗くなって星が輝き始めていた。
「霜月さん、もう少しお時間大丈夫ですか?」
聞くと、「うん、私は大丈夫だけど……桃は時間、大丈夫なの?」と心配してくれた。
「はい! 消灯時間までに戻れば良いので……もしよかったら、もう少し歩きませんか?」
「お、いいね」
本館の裏口から外に出る。渡り廊下の先にある大浴場からは、他の駆逐級の皆のはしゃぎ声が聞こえてくる。
「ふふ。みんな元気良いね」
「そうですね。私がいつも入る頃にはもう誰もいないことが多いので、ちょっと羨ましいです」
そんな話をしながら、大浴場の横を通り過ぎて波止場まで出てくる。鎮守府の端から端まで続いている、この広い波止場は皆それぞれお気に入りの場所がある。その中でも私が好きなのは、本館から出てすぐの岸壁だった。
「ここ、私が朝稽古受けたところじゃん」
「はい! ……実はここ、私の好きな場所なんです」
「へ〜……本当?」
「本当ですってば」
笑い合いながら、並んで岸壁に座る。
今日この一日で霜月さんとの距離が少し近くなったような気がする。でも、こうして並んで座っていると、やっぱりあの夜のことが脳裏を掠る。気にしないように、気にしないように、と思っても、そうそう簡単に忘れることなんか出来ないんだな、ときゅっ、と心が苦しくなる。そんな私の手に、そっと霜月さんが手を重ねてきた。
「へ……?」
「ふふ。なんとなくよ」
笑って、霜月さんはまた海の向こうを見つめた。
「私が目覚めた時に、君に大層な事を言ったけどさ。でも、こうして改めて過ごしてると、それがどんなに難しいことなのか、ひしひし感じちゃった。そう言うのも早すぎるかもしれないけどね」
「……」
きゅ、と手を握るのが強くなった。
「あの日のことを思い出しちゃうのは私も一緒なんだ。だけど、不思議と君に恨みなんて一つも湧かないんだよ。むしろ、君には重荷になるような事を言っちゃったなあ、って。ごめんね」
「そんな……謝らないでください!! 私の方こそ、霜月さんに頂いた言葉のおかげで、少し気が楽になったので……」
「……そっか。ほんとに、君は優しいね」
そう言って、霜月さんはそっと寄りかかってきた。
「でも、そんな君の優しさにかまけてちゃダメなんだ。私も私で、君と同じくあの日を乗り越えなきゃいけないんだって。そう思ったからさ」
離れて、私に向き直った。本館の明かりに照らされた霜月さんは、今まで見たことのないくらい真剣な眼差しをしていた。
「霜月さん……」
「すぐに追いついてみせる。私も、君を護れるようにね」
にか、と笑った霜月さんの目は、私を射抜くかのように力強かった。ちょっとドキドキした。
「私も――私も頑張ります!! 霜月さんに負けないように!!」
「あはは、そうこなくっちゃね。……それじゃあ帰ろっか。もう遅いしね」
「はい!」
そうして、一緒に寮館に向かって歩き出した。すっかり冷える冬近い夜に、手を繋ぎながら。
霜月さんにも部屋があてがわれたのもあって寮館の前で別れた。部屋に帰る前に、私は一人寮館に程近い岸壁に向かって、空を見上げた。澄んだ星々が綺麗だった。
―― でも、そんな君の優しさにかまけてちゃダメなんだ。私も私で、君と同じくあの日を乗り越えなきゃいけないんだって。そう思ったからさ。
そんな霜月さんの言葉を思い出した。霜月さんはもう、私よりも前を向いて歩き出しているんだ。だから。
――……よし!
一つ頷いて、私も部屋に戻る。明日の稽古からはもっと頑張るぞ――久しぶりに、ちょっと明日が楽しみだった。
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