3-6.穏やかな日
霜月さんが目覚めてから一週間が経った。
すっかり暑い日々も落ち着いてきて、風が涼しく感じられるようになったある日、私はぼーっと本館すぐの岸壁に座っていた。その先には、私もよくお世話になっている教育艦に任命されている三笠さんに支えられて、少しずつ海の上で体と艤装を慣らしている霜月さんの姿があった。
経過も良好だということで、実戦を見据えて早速霜月さんの慣らしをする、って話を聞いた時は「もしかしたら」と少し思ったけど、流石に最初のうちはちゃんとした教育艦の人がつくと言われて、ちょっとがっかりした。けど、私も私とて〝
「はあ……疲れたぁ……」
「お疲れ様です、霜月さん」
がっくり項垂れながら帰ってきた霜月さんに、バスケットの中に入れて持ってきていたタオルを渡す。
「最初はそんなものですよ。私たちが〝船〟として駆っていた時とは、勝手が大きく違いますから」
「こんな事を言うと怒られるのかもしれないですけど、あの時の方が気が楽な気がします……」
艤装を岸壁に下ろしながら霜月さんが言うと、三笠さんは苦笑いを浮かべた。
「あとは艤装も練習用のを使っているから、というのもありますよ。もう少し慣れて、実戦に近い形での訓練が始まる頃には専用の艤装に変わるはずですし、そうしたら負担もかなり減りますから」
「な、なるほど……?」
三笠さんの話を聞きながら、霜月さんはよいしょ、と私の横に座って靴型の艤装を外し始めた。
確かに私も〝
「それでは、今日の慣らしはここまでにしましょうか。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした……」
「桃さんもいつもお疲れ様」
「ありがとうございます」
優しく笑って手を振った後、手元のバインダーに何かを書き込みながら、三笠さんは本館の中へ入っていった。
「皆こんな重いのを持って戦ってるんだ……?」
「そうですね……。でも駆逐級用の艤装はもう少し軽いので、きっと大丈夫ですよ」
「本当かなあ……」
ちょっとげんなりしたような霜月さんを笑いながら、勇気を出して「もし良かったら、甘いの食べに行きませんか?」と誘ってみると、「えっ行きたい!!」と目を輝かせてくれた。
「それじゃあ、その艤装たちを先に片付けてきましょうか。こっちの重いのは私が持っていきます」
「えっ、悪いよ! 私が使った物だし」
「大丈夫です! たまにはこれぐらいやらせてください」
今はもう自分の艤装があるから、しばらく持ってなかった練習用の艤装は、むしろこっちがびっくりするぐらい重かった。むしろ、これを持って今訓練している霜月さんの方がすごい気がする……。
+++
本館には色んな機能を持った場所がたくさんある。例えば、さっきの三笠さんと私たちの
「お、桃じゃねえか! いらっしゃい」
そんな食堂に入るや否や、厨房の方から聞き慣れた大きな声がした。短い夕焼け色の髪を束ねた、私と同じ駆逐級の船魂娘の夕風さんだ。
「こんにちは夕風さん。今日はお手伝いの日ですか?」
「そそ。鳳翔の姐さんと一緒にな〜。霜月さんって言ったか? アタシは峯風型駆逐級の夕風ってんだ! よろしく!!」
「秋月型駆逐か……じゃなくて、駆逐級の霜月です。お初にお目にかかります」
深々とお辞儀をする霜月さんに「堅苦しいのはよせよ」と笑った。
「同じ船魂娘同士なんだ、気楽にやろうぜ」
「よろしくお願いします」
そんな事をやっていると、また厨房の方から「あら」と優しそうな声がした。
「来てくれていたんですね、桃さん。それに霜月さんも」
「うちもいるよ〜」
出てきた鳳翔さんの後ろから、補給級の洲埼さんが覗き込んで手を振っていた。
「おう、鳳翔の姐さん達、戻ったんか」
「はい。お留守番ありがとうございました」
にこりと笑ったところで,気がつけば目を回していた霜月さんを見た鳳翔さんが、「ところで、お二人ともからの注文は?」と夕風さんに聞いた。
「いっけね、立ち話しててすっかり忘れてたぜ――二人とも、ご注文は?」
「あっ、それじゃあえっと――」
情報過多で戻ってこない霜月さんに代わって、私の大好きなクリーム餡蜜を二つ注文する。
「あいよ! どうせ今は他に人もいねえし、そっち持ってくから好きな所に座っててくれ」
にか、と笑う夕風さんにお礼を言って、給水機から二人分のお水をもらって、真ん中のボックス席に向かい合って座る。
「ご、ごめんね……ありがとう、助かったよ」
「大丈夫です。私が最初来た時も、あんな感じだったので驚きました」
笑いながらお水を飲む。確かあの時は、松お姉ちゃんとか梅姉さんとかと一緒に来て、間宮さんあたりに「わー!! かわいい子が来た!!!!」って頭を撫でられたっけなあ……。
「でも皆良い人たちですよ。〝あの頃〟こうして話せてたらなあ、と思うぐらいには」
「ふふ、そうなんだ」
霜月さんとしばらくそんな感じで話していると、「お待たせしましたっ!」と洲埼さんがクリーム餡蜜を持ってきてくれた。
「わあ……美味しそう」
少し目を輝かせる霜月さんに、「うちの作る甘味は間宮さんに負けないんだから! ぜひ楽しんでってくださいね!」と得意げに言うと、霜月さんは「ありがとうございます。そうさせて頂きます」と笑った。
洲埼さんが戻るのを見送って、改めてクリーム餡蜜と向き直った霜月さんは、子供のように目を輝かせていた。
「どうぞ先食べてください。訓練お疲れ様です」
「う、うん……!! ありがとう……い、いただきます……!」
黒蜜のかかったアイスを口に運ぶ霜月さんを見守る。口に入れた瞬間、「んん!!!!」と目を輝かせた。心の中でガッツポーズをする。
「冷たくて美味しい……!! 最近のってこんな美味しいの?!」
「はい! だからいつも食べすぎちゃうんですよねえ」
私が霜月さんと面会をしたその日から、少しずつ「食べ物を食べる」と言うことに慣れることや、栄養を摂取するのを目的に、ペースト状になったものを食べ始めた、と言う話を明石さんから聞いていた。それを日を重ねるごとに固形物を増やしていって、ついこの間食堂出ているものを食べ始めた、という話もあったから誘ってみたんだけど……こうして喜んでくれたのなら誘ってよかったな。
「ほら! 桃も食べなよ!! 美味しいから!!」
「はい! じゃあ私も……いただきます」
少し溶けてしまったアイスクリームを掬って私も食べる。大きな作戦の後や、訓練が大変だった日はよく一人で食べにきていたものを、こうして霜月さんと一緒に食べられることが、堪らなく嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます