3-8.未来への一歩
その次の日から、私は私で今まで以上に訓練を頑張った。昼過ぎまで寝ていた生活も、皆と同じく朝九時には起きて、文字通り朝から晩まで訓練漬けの生活を送った。
なかなか大変だったし、最初は体も付いてこなかったけど、続けると続けるほど手応えがあって、それが嬉しかった。
一方の霜月さんもまた訓練漬けの日々を送っていたようで、遅い時は私が部屋に帰る準備をしている時もまだやっていたこともある。そういう時は決まって霜月さんが帰るまで待って、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったりしてたくさん話した。皆にとってきっとそれが当たり前なんだろうけど、その一つ一つが私にとっては大切な時間だった。
そんなある日の昼下がり、私は霜月さんと一緒に工廠にやってきた。理由は一つ。
「お待たせ。一度付けてもらって良いかな?」
「は、はい……よいしょ」
付けにくそうにしている霜月さんを手伝って、そしてその姿を見て思わず涙が出そうになった。
「どう? どこか苦しいところとかない?」
「多分……大丈夫だと思います」
細かいところを明石さんに調整してもらいながら、こちらをちらりと見た霜月さんは恥ずかしそうに笑った。
そう、今日はいよいよ霜月さんの艤装の受取日。
「――うん、問題なさそうだね。それじゃあ、霜月さんの基礎訓練はこれで終了! お疲れ様」
明石さんが笑うと、霜月さんは一瞬呆けたような顔をしてから、目を輝かせて「ありがとうございます!!」と満面の笑顔を浮かべた。そして私の方を振り返って「やったよ桃!!」と子どものようにはしゃいだ。
「おめでとうございます、霜月さん」
ぱちぱちと拍手をしながら、この後一緒に食堂にでも行こうかなあ、と思ったその時、けたたましいサイレンが鳴った。
『近海に
凛とした指令艦の出雲さんのアナウンスを聞いて、霜月さんと顔を見合わせ、私も自分のロッカーから艤装を取り付け、本館前の護岸に一緒に駆け出した。
私たちが本館前の波止場に着いた時には、もう既に数人の船魂娘のみんなが集まっていた。その中に梅姉さんの姿もあって、私たちの姿を見て「おう!」と手を振ってくれた。ひとまず梅姉さんの元へ駆け寄る。
「梅姉さんお疲れ様です」
「お疲れ。霜月さんのそれは、もしかして?」
「はい……おかげさまで」
ぺこりと頭を下げる霜月さんに、「あんたも今はあたしらの妹分みたいな感じだからさあ……いやあ嬉しいねえ」
「ありがとうございます」
少し照れたように笑う霜月さんの所に、「おっ、霜月さんそれ……!!」と松姉さんや竹姉さんたちも合流してきて、皆それぞれ霜月さんの新しい艤装を見て喜んでいた。皆に褒められて少し嬉しそうな霜月さんを、私はなんだか少し誇らしさすら覚えた、そんな時。
「これで今残っているのは全員か」
本館から私たちの指揮をしてくれている出雲さんと、連れ添うように三笠さんが出てきた。
「哨戒に出ている偵察隊から先に伝えた通りの連絡が入った。只今交戦中とのこと、急ぎバックアップに向かってもらう
「了解!!」
次々と呼ばれていく中、そこには私の名前もあった。このところ大きい作戦という作戦もなかったし、久し振りの出撃に気合を入れていると、「霜月」と出雲さんが呼び止めていた。
「はい!」
「基礎訓練が終わったのか」
霜月さんの背負う綺麗な艤装を見る出雲さんに、「はい、完了致しました!」と霜月さんは敬礼をした。
「それならちょうどいい、突然で悪いが霜月も一緒に出撃してくれ」
そして「桃」と呼ばれた。
「はっ、はい!!」
「旗艦は利根に頼んだ。桃は船魂娘として初陣の霜月のフォローを頼む」
「……っ! 了解、です!!」
ついにこの時が来た。長い間燻って、霜月さんと再会出来てもなお引き摺っていたあの後悔を晴らす日が。
「よろしくね、桃」
霜月さんの表情には、いつもの優しい笑顔はなかった。きっと怖いんだ、と震える瞳を見て感じ取った。だから。
「大丈夫です、霜月さん。今度こそ、私が霜月さんを護りきりますから」
私だって怖い。あの瞬間がフラッシュバックする。それでも、乗り越えるって決めたから。そんな私を見て、霜月さんもまた「うん、よろしくね」と少し笑った。
それを見た出雲さんが「よし、それじゃあ点呼された者は艤装装着後、もう一度集まってくれ!」と言った。
急いで工廠に戻って艤装を取り付けた私は、皆が戻ってくれるのを霜月さんと待っていた。駆逐級の私たちは艤装も小さいし数も少ないから取り付けは早いんだけど、重巡級にまでなると艤装の数や大きさも大きいから、少し時間がかかるのだ。
「すまない、遅れた!!」
今回旗艦を務めてくれる利根さんと、軽巡級の川内さんも戻ってきた。少し遅れてもう一人軽巡の阿武隈さんもやってきた。
「よし、これで全員だな。先鋒の情報によれば、詳しい位置情報は、艤装の情報端末から確認してくれ。侵略者の数はざっと二十。主な構成は追って無線で伝える。総員、準備はいいな?」
「「はい!!!!」」
それを聞き届けた出雲さんは、「それでは、総員出撃!!」と号令をかけ、私たちは海へ飛び出した。
+++
海を駆けてすぐに片耳に装着したインカム兼情報端末を触って、ホログラムで会敵位置を確認する。場所は鎮守府から南方向に三十キロ程行った近海。無線づての出雲さんから、五隻ほど侵略者の殲滅を確認し、引き連れながらこちらに合流する見立てだという。
すっかり陸地も遠くなってきた頃、隣を行く霜月さんをチラリと見ると、顔を強張らせていた。データに基づいて作った艤装とはいえ、やっぱりさっき初めて付けたばかりの艤装には、ちょっと違和感があるっぽかった。
「霜月さん、大丈夫ですか?」
そう声をかけると「あ、う、うん……多分……?」とはにかんだ。
「そう固くならないで良いわよ。よほど当たりどころが悪くない限り、この距離だったら肩貸して帰れば間に合う距離だし」
「うむうむ。それにしても出雲の野郎も無茶を言うよなあ。さっき艤装もらったばかりでもう出撃とは」
阿武隈さんと利根さんもフォローしてくれる。「あはは……ありがとうございます、皆さん」と少し安心たように霜月さんは笑った。
そんな私たちをよそに、偵察用ドローンを飛ばしていた川内さんが、ホログラムを閉じながら「うん、ひとまずまだ近くに
「相変わらず川内は真面目だよねえ。もう少しはっちゃけても良いんじゃない?」
「こんなところで沈むのは嫌だもん。仮に沈んでも曳航あげないよ?」
「またまたぁ……そんな意地悪を――っと」
前に目を戻した阿武隈さんが、表情をすっと変えた。そのほうを見ると、小さな人影がこちらに向かってきているのが見える。
「おいでなすったみたいだね……総員、戦闘準備!!」
号令で私は機銃を手に持つ。装弾は……大丈夫。
「霜月さん、機銃の装填は出来てますか?」
「うん。大丈夫」
霜月さんが頷くのを見た利根さんは「よぅし」と拳をぶつけた。
「霜月の初陣じゃ!! 十分な成果で終えるぞ皆!!」
「「はい!!」」
速度を上げる。なんてことはない作戦だけど、今日ばかりは特別緊張する。
「桃」
小さな声で、近くにいた霜月さんが呼んだ。
「任せてください。ここまでの成果、お見せします――!」
そんな私を見た霜月さんが、少し安心したようにふっと笑った。機銃を強く握りしめた。
「偵察機から連絡、敵は駆逐二、軽巡、重巡が各一!! 偵察隊も全員無事です!!」
「話に聞いてたより少ないな……これは好機じゃ!! 総員、全速!!」
「「了解!!」」
スピードが上がるにつれて、人影も大きくなってくる。一番前にいるのは多分偵察隊の皆だろう。
「わしと阿武隈で敵の相手をする、霜月と桃はその隙に偵察隊の撤退の援護を!! 川内は引き続き周辺の警戒を頼んだ!」
「了解!!」「はい!!」
航路を少し横にずれて、利根さんが侵略者に向かって主砲を一発放つ。火の玉が一直線に飛んでいって、後ろの少し大きめな侵略者――多分軽巡級だろう――に直撃した。それで侵略者たちがこちらを向いた。相変わらずドス黒いオーラを纏っていて気持ちが悪い。
「よし、桃と霜月はそのまま偵察隊の方へ!! 報告を怠るなよ!!」
「はい!! ――行きますよ、霜月さん!」
「えぇ!!」
脳裏にあの日の残像がちらつく。きっと大丈夫だと言い聞かせる。
「霜月さんは左手方向の警戒をお願いします、私は右手を!」
「了解!」
利根さん達が気を引いてくれている間に、一気に偵察隊の皆と距離を詰める。インカムに触れて、偵察隊の無線に合わせる。
「偵察隊の皆さん! 桃です!! もう少しで合流しま――」
言い切る前に、駆逐級の侵略者の片方がこちらに気付いたのを見逃さなかった。機銃を向け、すぐに魚雷まで放ってきた。霜月さんが危ない。
「霜月さんッ!!」
「へ――?」
霜月さんが向くより先に前に立って魚雷を撃ち返す。侵略者本体に当たらなくていい。こちらに迫っている魚雷に当たってくれさえすれば。
「急いで!!」
咄嗟に霜月さんの腕を掴んで、全力で偵察隊の方に急ぐ。〝船〟の時と違って、また避けやすかったのが幸いした。動き始めて数秒と経たないうちに、水柱が轟音と共に立った。危なかった。
『おい、大丈夫か桃!!』
すぐ利根さん緊急連絡の通信がかかってきた。
「はい!! 霜月、桃ともに無事です!!」
「そいつは何より、偵察隊と合流後援護に回ってくれ!! 数で叩ききるぞ!!」
「了解!!」
緊急通信を切って、はたと霜月さんの腕を握りっぱなしだったことを思い出した。すぐに手を離して「わ!!! す、すみません!!」と謝る。
「大丈夫。ありがとね、桃」
にこりと笑った霜月さんに安堵しながら、急いで偵察隊の元へ駆け寄った。
+++
突然の出撃だったものの、偵察隊の皆もそれほど消耗してなかったこともあって、難なく侵略者を撃滅させて日が沈むのと同じ頃に、鎮守府へ帰ってこれた。本館の明かりの影になって、誰かが岸壁に迎えにきてくれているのが、遠目から分かった。
「ご苦労。皆無事か」
「おう! この通りぴんぴんよ!」
迎えにきてくれていた一人、出雲さんに利根さんが手を広げて笑った。
「ほんと、あの数を見た時終わったと思ったわぁ。いやあ助かった助かった」
偵察隊の一人、同じ駆逐級の荒潮さんも笑う。
「それにしても、桃良い判断だったな。魚雷に魚雷をぶつけるとは」
「あはは……咄嗟の判断でしたけど、上手くいって良かったです」
あの瞬間のことはほぼ覚えていない。霜月さんを護らなきゃ、とだけ思ったことは確かだったけど。
「やっぱり最近思うけど、
川内さんがまたぶつぶつと始めたところで、「まあまあ」と出雲さんの隣にいた三笠さんが手を叩いた。
「皆さんお疲れでしょうし、もう冬近くで冷えてますから、ひとまず艤装を預けて休んでください。休養も大事ですよ」
「了解!」
先に艤装を外し終えた私と霜月さんは、「お疲れ様でした」と皆にお辞儀をして工廠に向かった。
「桃。本当に今日はありがとね」
道すがら、霜月さんがそうお礼を言ってきた。
「とんでもないです! 私も、あの瞬間のことは何も覚えてなくって……」
「またまたぁ、そんな謙遜して」
あはは、と笑い合う。本当に、二人とも無傷で帰ってこられて良かった。
「貰ってすぐ出撃だったから、正直言うとちょっと怖かったんだ。でも、君の「任せてください」って言葉を聞いたら、すごく安心した」
そう言われた瞬間、ぼっと顔が焼けるほど熱くなった。改めて考えるとえらい恥ずかしいことを言った。
「桃? どうかした?」
「な、なんでもないです!! ほっ、ほら!! 早く艤装を置いてお風呂行きましょ!! 遅くなっちゃうし!!」
話を無理やり遮るために、霜月さんの背中を押してさっさと工廠に向かう。
「えぇっ?! 急にどうしたの――ちょ、ちょっと押さないで?! まだこの艤装の重さに慣れてないからぁ?!」
思わずずっこけそうになった霜月さんを支えて、また笑った。
とりあえず、今日という今日がこうして終われて本当に良かった。この日々がずっと続くように、明日からもまた頑張ろうと思えた、そんな一日になった。
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