2-2.嫌いじゃないなんて認めない

「……んぅ」

 がさがさという物音で目が覚めた。まあ十中八九、同室の阿蘇のせいだろう、せっかくのお休みだし、もうちょっと眠ってたいのになぁ……って思いながら、細目を開けて、思わず咳き込みそうになった。

 いやでも、冷静に見れば、そんなおかしい光景じゃない。ただ単純に、阿蘇が着替えてるだけであって、それ自体はいつも見てる事じゃないか。何を今更驚くような事はない。

 まあ、阿蘇の体型は割と良い方だとは私も思う。スラっとしてるし、それなりに背も高い方だし、それに、その、胸もそれなりに大きいし。だから、多少ドキッとしても仕方ないんじゃないかな。うん。

「生駒?」

「ッ……!!」

 あたしが寝返るが早いか、阿蘇が振り返るが早いか、っていうタイミングで、まるで何でもないように、寝返りを打って寝たふりを突き通す。時間的には別に大丈夫だと思う。元々、阿蘇の方が起きて部屋を出ていくのが早いし。

「別に寝てるのは良いけど、そろそろ時間危ないぞ」

「嘘ぉっ?!」

 ガバッと起き上がって、壁掛け時計を確認すると、時刻はまだ六時十五分前だった。

「嘘だよ」

「っんた、ふざけんじゃないわよ!!」

 飄々と着替え続ける阿蘇に言うと、「そんなに怒る事かよ」と苦笑いを浮かべて、返してきやがった。

「それとも何? 私の着替えでも覗いてた?」

「い゛……っ?!」

 別に覗こうと思って覗いたわけではないけど、でも、結果的には覗いてたっていうのかな……なんてことを、光の速さで考えた挙句、「誰があんたみたいな奴を覗こう、って気になるのよ。調子に乗らないで」と返しておく。

「なんだ、つまんない奴」

「つまらない奴、って何よ」

「別に。それじゃあ、私は先に行くから」

 身支度を終えた阿蘇が、手をひらひらしながら、部屋から出て行った。

「……本当に何なのよ、あいつ」

 閉まった扉を睨みつけて、悪態をつく。あいつの、ああいう辺に余裕あるところが、本当に大嫌いだ。


+++


 阿蘇が出ていったあと、のそのそと布団から這い出て着替える。まったく、朝からかかなくてもいい恥をかかされた。盛大にため息を吐く。

 まだ正式に船魂娘ふなだまむすめじゃないのもあって、他に柄とかのない、質素な濃い緑色の袴を袖を通しながら、今日の予定を確認する。今日は朝ご飯を食べた後は、発着艦の訓練があって、午後は座学。今日と言う今日に限って、あの阿蘇と顔を突き合わせる時間が長いなんて……。ますます憂鬱になってきた。

 とはいえ、阿蘇を言い訳にして休もうものなら、余計に船魂娘までの道が遠のいてしまう。だから、あんまり気は乗らないけど、それでも行かなきゃならない。

 着替え終わって、とりあえずお腹もすいたし、あくびを噛み殺しながら部屋を出る。すると、「おー、生駒!!」って声を掛けられた。

「あ、瑞鶴先輩。おはようございます」

「良いよ良いよ、そんな『先輩』なんて付けなくても」

「いやっ、でも、偉大な先輩ですし……!!」

ぺこぺこと頭を下げるあたしに、瑞鶴先輩はそう笑った。その隣で、「そうよ、生駒さん。あなたの言う通り、先輩にはしっかり敬語を使うべきよ」と、これまた先輩の先輩の加賀先輩が頷いていた。

「あ、加賀先輩もおはようございます!!」

「いたんだ、加賀さん」

「居たんだ……って、貴女ねえ」

「いやあ、いつも空気だからさ?」

「……っ。良い? 生駒さん。くれぐれも瑞鶴みたいになっちゃダメよ?」

「えー。堅苦しいのもどうかと思うんだけどなぁ」

「あなたが軽すぎるのよ。大体――」

 あたしの事をさておいて、瑞鶴先輩と加賀先輩が言い合いをし始めた。このお二人はいつもそうで、こうやって廊下とか、色んな所で顔を突き合わせては、いつもこうして言い合っていた。

 それでも、基本的には同型艦の船魂娘で、一緒の部屋で組まれるのに、違う型で一緒の部屋らしい。一応、届け出を出せば、そういう事もできるらしいから、つまり瑞鶴先輩か加賀先輩のどっちかが、その届け出を出したから、そうなっているんだろうし、そう考えると、もしかしたら実は仲が良いんだろうか……なんて思う。

 ま、あたしと阿蘇はそんな関係じゃないけど。私は心の底から、阿蘇の事が嫌いだし、今は訓練生扱いだから、その届け出も出せないけど、船魂娘になった暁には、別室申請書を出して、あの部屋から出ていく気満々だ。仮に、一人部屋が許されないんなら……まあ……笠置姉に交渉しようかなあ……。

 でもあの人もあの人で、私たちの事大好きな人だから、一緒に居たらいたで、めんどくさそうだなあ……なんてぼんやり考えていると、「あっ!!」と瑞鶴先輩が声を上げた。

「やばっ、もうこんな時間じゃん!! 早くしないと朝ご飯食べられなくなっちゃう!!」

「……急ぎましょう」

「じゃあね生駒!! 生駒も朝ご飯食べ損なわないようにね!!」

 そう言い残して、二人はバタバタと廊下を走り去っていった。

 嵐のように過ぎ去っていったそんな背中を、ぽかんと見送った後、ふと我に返って、あたしも食堂に向かって駆け出した。朝ご飯を食べれないのは、この後の事も考えると、なかなかまずい。今日はなんだかバタバタしそうな一日だなあ、と、廊下を全力疾走しながらそう思った。

 

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