2-3.ムカつく隣人
今朝のこともあって、すっごく行きにくいんだけど、それでも私が
工廠に入ると、丁度準備をしていた阿蘇が、「おぉ、来たか」って、何やら言いたそうにニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「何よ」
「いや? 別に?」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」
「別に、何でもないって」
これ以上聞いても言いそうにないし、そんなニヤつき顔に対抗するように、深々ため息を吐きながら、自分の艤装を次々に取り付けていく。
「笠置姉ぇは?」
「んや、まだ来てないよ。朝ご飯でも食べてるんじゃないか?」
阿蘇に言われて頭を巡らせてみるけど、さっき食堂で笠置姉らしい姿はなかった。時間的にも、そんな悠長に朝ご飯なんて食べている暇はないだろうし、きっと寝坊か何かだろうか。
「はぁ…………」
こんな日に限って、笠置姉が寝坊するとは……。色んな意味で気まずいから、妹大好きな笠置姉ぇがいてくれたら、まだなんとかやり通せるような気がするんだけどなあ……。深いため息を吐きながら、阿蘇の数十歩後ろを追いかけるように、工廠を出た。
その外で、今日の教官役の船魂娘の人を待っていると、「はーい、皆。席にー……って笠置さんがまだっぽいね」と、よく聞き覚えのある声が、鎮守府の本館の方から聞こえてきた。
「……ぁ」
そこで、ピン、と閃いた。あたしのこの阿蘇に対してのモヤモヤを、瑞鶴先輩に相談してみたら良いんじゃないか、と思った。
細かい所は色々と違うとはいえ、瑞鶴先輩と加賀先輩は、鎮守府でも有数の喧嘩ばかりしてる人たちとして有名だ。だから、もしかしたら、このモヤモヤを分かってくれるかもしれない――なんだか、そんな気がした。
+++
阿蘇と、大寝坊した笠置姉ぇと午前中の実技訓練と、午後の座学を受けた後、丁度教室を出ていこうとしていた瑞鶴先輩に声を掛けた。
「ん、どうしたの、生駒」
「あの、少しお話があって……お時間って、大丈夫ですかね」
「あ、うん。大丈夫だけど」
「本当ですか? じゃあ――」
部屋に帰る支度を、淡々としている阿蘇を、ちら、と見てから、「それじゃあ、ここじゃなんですから、どこかでお話聞いてもらえると嬉しいです」と言う。すると、何かを察した瑞鶴先輩は、「そうだね、じゃあ話しやすい所に行こっか」と笑って言ってくれた。
なんかちょっと引っ掛かりを覚えたけど、でも、折角そうやって時間を作ってくれたんなら、行かない理由なんてない。「ありがとうございます!」とお礼を言って、その後ろを追いかけた。けど。
「……」
「多分もう加賀さん帰ってる頃だから、居るかもしれないけど、ま、気にしないで」
「きっ、気にしないでって言われても……」
そんな瑞鶴さんに連れてこられた先は、まぎれもなく、瑞鶴先輩と加賀先輩の部屋の前だった。
「え、えっと……入って良いんですか……? 私なんかが……」
すると、瑞鶴先輩は「え、どうしてそう思うのさ」って、目を真ん丸にして聞き返してきた。
「だって、あたしはまだ正式な船魂娘ではない訳ですし……そんな、偉大な先輩方のお部屋なんか、とても……」
それを聞いた瑞鶴先輩は「あはは、なんだ、そんな事か」って笑いながら、あたしの肩をポンポンと叩きました。
「大丈夫だよ。確かに部外者は勝手に出入りしちゃ駄目だけど、生駒は別に部外者でも何でもないでしょ? 気にしないで入りなよ」
そう言って、瑞鶴先輩は部屋の扉を開けて、「どうぞ」と笑った。すっごいこの扉を越えるのは怖いけど、それでも瑞鶴先輩の好意は無下にできないし、あたしは「そ、それじゃあ……」とびくびくしながら部屋の中に入った。
+++
「たっだいま戻りましたー!!」
「お、お邪魔します……」
ずんずんと入っていく瑞鶴先輩の後から、小動物のように恐る恐る入っていく。すると、ちゃぶ台の手前側に座っていた、加賀さんがこっちを向いた。
「早かったわね……あら、そちらは」
「あっ、え、えとっ、生駒ですっ、しっしししし失礼しますっ!!」
瑞鶴先輩だけならまだしも、加賀先輩なんて大先輩で、あまり話したことも無いから、めちゃくちゃ緊張する。一瞬相談する相手を間違えちゃったんじゃないか、とか、「やっぱ帰ります!」って帰っちゃおうかな、って思うけど、ここまで来ちゃった手前、もう引き下がれない。
「何そんなところに突っ立ってるのさ、生駒。入っといでよ」
「しっ、失礼します……」
「そこに座っといて、お茶淹れてくるね」って瑞鶴先輩が立ち上がろうとしたのを見て、「あ、それなら私が……っ!!」って立ち上がろうとすると、「いーのいーの、生駒はお客さんなんだから、座ってりゃいーのよ!」と言って、台所の方へ行ってしまった。
「別にそんなに気にする必要はないわよ。私だって、そんなところにまで目くじら立てたりはしないわ」
「嘘だ、大昔はしょっちゅう『礼儀礼儀』うるさかったじゃん」
「それはあなたが、あまりにだらしなかったからでしょう」
「へーえ、言ってくれるじゃん?? あたしがどれくらい苦労したか、延々と話してやっても良いけど??」
「あっ……、あのっ!!」
段々ヒートアップしていくお二人に、声をかけると、二人とも「はっ、しまった!!」って言うような表情を浮かべた。
「ご、ごめんね生駒?! とりあえず私が入れるから座ってて!!」
「あっ、ちょっ……っ!!」
バタバタと台所の方に飛んで行った瑞鶴先輩に、何も言えないでいると、向かいに座っていた加賀さんが、はあ、とため息を吐いて、「やらせておきなさい。変に気を使うだけ野暮ってものだから」と言われてしまった。
加賀先輩にまで言われてしまったら、もう何も言えない。少し居にくさを感じながら、正座して瑞鶴先輩が戻ってくるのを待つ。
「……そういえば生駒さん」
「は、はいっ……?!」
何を言われるんだろう、と震え上がると、ふふっ、と笑われた。
「そんなに緊張する事はないわよ。私とて、こんな時にまで厳しい事は言わないから」
「あ……、はい、すみません……」
そう言われても。
「だーかーらー、加賀さんが気難しそうな雰囲気出してるからだってば」
お盆に湯呑み三つと急須を乗せて、瑞鶴先輩が帰ってきた。
「それに生駒から見て、加賀さんなんか伝記に載ってるレベルの船なんだから、無理ないって。ね? 生駒」
「は、はい……そう、ですね……」
瑞鶴さんが代弁してくれて助かった。色々と聞いてはいるけれど、私にとっては、加賀先輩とか赤城先輩みたいな、一航戦、二航戦の先輩方は、本当に遠い存在だと思っている。瑞鶴先輩や翔鶴先輩もすごい先輩なのは変わりないけど、こうして気さくに話しかけてくれる分、まだ身近というか。
「それで? 加賀さんが生駒に聞きたいことって?」
「大したことではないのだけど……ここでの生活に慣れたか、って聞きたくて」
すると、それを聞いた瑞鶴先輩は、「なんだあ、加賀さん、そんなこと気にするんだあ」と笑った。
「意外と人間らしいとこもあったんですね」
「あなたね……一体何だと思っていたの」
「え、……何でしょう、まあ人間じゃ無いですしね」
「まあそれはそうね」
「……?」
なんか、そう話している瑞鶴先輩と加賀先輩の雰囲気がちょっと違ったような気がする。どこか寂しそうだったような?
「あぁ、それで、どうなの生駒さん?」
「へっ?! あぁ、えっと……慣れたは慣れたんですけど……えっと……」
「何よ、ちょっと歯切れ悪そうじゃない。なんかあったら聞くよ? 加賀さんはアテにならないと思うけど」
「一言余計よ」
そんなお二人の会話を聞きながら、どうしよう、と少し考える。
いや、確かに阿蘇に対して色々思ってることを聞いて欲しかったから、瑞鶴先輩を探していたんだけど、でも考えれば考えるほど、自分で解決すべきでは? って思い始めてきていた。だってそもそも、これは私と阿蘇の問題で――。
「あ、分かった!! 阿蘇との事でしょっ!!」
「ふぇ?!」
驚きすぎて変な声が出た。何で分かったんだろ……。
「ちょっと瑞鶴、突然大きな声出さないで頂戴」
じろり、と加賀先輩に睨みつけられて、瑞鶴先輩は「あ、ごめんごめん」と悪びれないように笑う。
「え、でもそうでしょ、実際」
「どうなの?」って詰め寄られて、違うとも言えなくて、ただ頷いた。
「ほらね〜? うんうん、そう言うことだと思った」
満足げに頷く瑞鶴先輩に、「ちょっと、どういうことなの?」と加賀先輩が聞いた。
「いやぁ、まあ? しちめんどくさい人と一緒にいる人特有の悩みっていうか? そう言う感じ?」
「……何よ、その私がいかにも面倒くさい、みたいな言い方は」
「いやだってそうでしょ。そう思わない、生駒さん?」
いや、流石に大先輩に向かって「はいそうです」とは言えない。……でも実際、阿蘇っぽい人だとは思ってる。加賀先輩。
んん、と加賀さんが咳払いをして、「それで、どうなの?」となんか色々混ざった目で見られた。
「……いえ、実はそのことで瑞鶴先輩に相談したかったんです」
「ほぉらぁ??」
「瑞鶴? あとで覚えてなさい?」
「こわあ。で、阿蘇さんとどうしたの? 喧嘩でもした?」
「いや、喧嘩というか、なんというか――」
お二人に、ここ数日抱えていたもやもやについて話した。すると、先に口を開いたのは、やっぱり瑞鶴先輩だった。
「あ〜、それはねえ、恋だね、ズバリ」
「はぁっ?! 恋ッ?!」
あまりに斜め上なことを言われて、つい素で言ってしまった。恥ずかしくて、ちょっと顔が熱い。
「……瑞鶴。ふざけたことを言ってないで、少しは真面目に考えたらどうなの」
「真面目に考えましたってば。真面目に考えた結論がそれです」
「はあ?」
呆れて物も言えない、って顔をしている加賀先輩をさておいて、「ねえ生駒さん」と私に向き直った。
「実はさ、元々私と加賀先輩って別部屋だったんだよ」
「え、そうなんですか?」
初めて知った。私が着任してからこの方、瑞鶴先輩と加賀先輩はずっと同じ部屋だったから。
「今は別の鎮守府に異動しちゃったんだけど、私は元々翔鶴姉さんと一緒だったんだよ。で、加賀さんは一人部屋で。で、翔鶴姉さんが異動するって言うから、それじゃあこれから来る新しい子達のために、部屋は空けておいてあげたいよね、って言うことで、加賀さんの部屋に転がり込んだの」
「違うでしょう、あなたが翔鶴が居なくなって寂しいからって――」
「だああああ!! 嘘言うのは良くない!!!!」
そう言う瑞鶴先輩の顔が耳まで真っ赤で、なんだか瑞鶴先輩の可愛いところを見た気がする。当の加賀先輩は、やっとやり返せた、って言いたげな満足げな顔をしていた。きっとこんな感じだから、お二人はうまく行ってるんだろうけど、でも、私と阿蘇はなあ……。
「誰だってそんなもんだよ。こうして〝ヒト〟に近い存在になって、初めて気付いたけど、誰かの事を考えて色々悩むのって面倒くさいな、って。だけど、実際に伝えてみると、案外簡単に済んだりするもんだって。そう簡単に出来る事じゃないけどね」
「……そうなんですか?」
「まあ最初はそんなもんだよ。でもきっと、船魂娘として過ごしていくうちに分かってくるよ」
「なんか釈然としないです」
「あはは、まあ、そこにも同じようなこと言ってる人いるし」
「貴女が特殊すぎるだけなのよ」
「ちーがーいーまーすー!! 加賀さんが強情なだけですって」
またやんややんや言い合っているお二人を見ながら、お茶を啜る。
でも確かに瑞鶴さんの言うとおりかもしれない。笠置姉ぇなんかは、船魂娘としてのあたしとは、まだ出会ってそんなに日が経ってないはずなのに、最初っからフルスロットルで抱きついてきたりしたし、慣れてきたら、あたしもそんな風に阿蘇の事を見れるようになるのかな……。
――いや、ないない。絶対ない。
笠置姉ぇも笠置姉ぇで特殊なだけでしょ。あたしがあんな風になるだなんて予想つかないし。そんな事を思いつつ、もう一口お茶を啜った。
瑞鶴先輩に淹れて貰ったお茶を飲み干して、部屋を出た時には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。
結局、「これ!」っていう答えは見つからなくて、却って瑞鶴先輩と加賀先輩の仲の良さを見せつけられに行ったような気もするけど、でも、聞いて良かったとは思う。まだまだ分かんないことが多いなぁ……とため息を吐きつつ、あたしはお夕飯を食べに食堂に向かった。
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