第二幕:未成
2-1.大嫌い
「……」
波止場の隅っこに座って、海の向こうをじっと睨みつける。いつか、栄えある先輩たちと一緒に、この海を駆ける日が来る――そう考えただけでも、なんだか落ち着かなくて、今すぐにでも飛び出したくなる。
でも今は、まだお預け。早く
あたしとしては、使えれば何でも良いんだけど、ちゃんと合ったものを使わないと、悪影響が出てしまうから、使うなと強く言われている。納得は行ってないけど、でも、無理をすることで、戦えなくなるぐらいなら、今は待とうと、そう思ってる。
つまんないな、と遠くを見つめていると、不意に海軍とかの施設がある方から、プロペラの羽音みたいな音が聞こえて、「あぁ、始まったのか」とそっちに目線を寄越さず思う。
あたしが一人で、こんなところにいるのには理由がある。その理由が、今あっちで行われているのと関係がある。
いくら出撃できないとはいえ、何もしないでのうのうとしていたら、実際に前線に出るときに、すぐに動けない。だから、毎日訓練用の艤装を使って、実技訓練を受けている。そして今、その実技訓練を受けているヤツが、あたしは大嫌いだった。
「やっぱこんなところにいたんだ、生駒」
まさか誰かに声を掛けられるなんて思わなくて、その方を向くと、あたしのお姉ちゃんの笠置姉ぇが手を振りながら、近づいてきていた。
「笠置姉ぇ……。どうしてここに?」
「んー。まーなんとなくだよ。生駒の姿が見えなかったからさぁ」
「探してたって……何か用?」
「いや、そういうわけでもないんだけどねぇ」
いつものように、へらへらと笠置姉ぇは笑った。
笠置姉ぇは、昔、雲龍型航空母艦として進水する予定だった人だ。あたしと同じく、
「それにしても、こんなところにいるなんてねぇ……。やっぱり阿蘇の事気になるんだ?」
「……変な言い方しないでくれない?」
「あはは、これは失敬。でも嘘ではないでしょ?」
「まあ、それは……そうだけどさ」
鎮守府の方を横目に、渋々頷く。
阿蘇って言うのが、今しがた実技訓練を受けているヤツの事。あたしがこの鎮守府に来る、丁度数日前に来てた、っていう、微妙にあたしの姉みたいな存在ではある。けど、誤差みたいなもんだから、別に姉とは思ってない。数百歩譲って双子ぐらい。
そんな阿蘇が、あたしは大嫌いだった。理由は色々ある。例えば、あっちのほうが艤装とか塗装がちゃんとしていることだとか。
あたしの場合、その中身はどうやらちょっと良いみたいだけど、一番の要だとあたしが思っている、その艤装が不格好にも、手違いで迷彩が二重になってしまった。
一生懸命抗議はしてみたけど、時間や作り直すほどの余裕がない、っていう事で却下されてしまった。だから、あたしが船魂娘として正式に着任する時は、あの二重迷彩で出なくちゃならないってわけ。とんだ笑い者になること間違いない。
その一方の阿蘇の方は、ちゃんとした塗装に、何なら少しかっこいい。あのまま進水式を迎えるって考えると、めちゃくちゃ羨ましいし、腹が立つ。あたしの方が後なのに、何でこんな仕打ちを受けなきゃなんないのか、意味が分からない。
「こらこら。顔に出てるぞー」
「うっさい、笠置姉ぇ」
笠置姉ぇに頬を突かれて、その手を払いのける。
「大体、笠置姉ぇや阿蘇には分からないわよ。あの二重迷彩のダサさなんて」
「まーまー、それも個性だって」
「あれが個性って言うんなら、いらないわよ。そんな個性なんて」
「そんなひねくれるなって~、重要なのは性能でしょ~」と、笠置姉ぇが頭を撫でて慰めてくれる。まあ実戦においては、笠置姉ぇの言う通りなんだけど、でもやっぱり外見が良い方が、やる気とかは変わってくる。だからと言って、じゃあ適当にやるのか、って言われたらそういう訳はないけど……。
「……もういい、帰る」
「はいはい」
自分で自分がいたたまれない気持ちになって、岸壁から立ち上がって歩き出す。笠置姉ぇが何も言わずに、添い歩いてくれる。
何もかも阿蘇が悪い。阿蘇が居なければ、きっとこんなことで悩まなくても良かったはずだし。何かの手違いで、一人だけ進水が遅れたりすればいいのに。
でも、こんなことを笠置姉ぇに言おうものなら、めったに怒らない笠置姉ぇにめちゃくちゃ怒られちゃうだろうから、これはあたしの心の中だけの秘密。誰にも見せられない、真っ黒いことで埋め尽くされた、日記帳の一ページ。
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