1-8.ただいま
謹慎期間も過ぎて、私はまた、空母の皆の育成に携わることになった。そうなったのは、鳳翔さんと加賀が指揮官に提言してくれたお陰だそうで、その訓練の内容も、私が訓練弾を受ける、というものから、鳳翔さんが皆の発艦動作を見て、それに私が敵艦の立場になって、あれこれ指導する、という形になった。たまに演習で私が敵艦役として、海上に出ることもあるけれど、自分自身で動くことが出来るから、以前よりも大分楽になった。
けれど、そうして過ごしていても、矢風の事が気にかかる。
結局、鳳翔さんが部屋に訪ねてきた時以来、矢風の事は何一つ知ることは出来なかった。生きていることは分かっても、ああいう別れ方じゃあ、本当にちゃんと無事なのかどうか、やっぱり心配になってしまう。
そんな日々を過ごしながら、今日もさっきまで行っていた訓練の後片付けをしていると、とても懐かしい声で「摂津」と呼ばれた気がした。
気が付けば、土佐を失くしてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。あの時はあんなに塞ぎ込んでいたのに、矢風のせいで色々と大変だったお陰で、土佐の事を考える暇もなく、月日が過ぎていた。でも、土佐に貰ったつつじの髪飾りは、今でも大事に使ってる。
「摂津ってば」
どこか凛とした、でもどこか温かみを感じる少し低い声は、紛れもなく土佐の声だ。けれど、もう土佐はいないのだ。今でも一番会いたい人だけど、それはもう叶わない。
「おーい、摂津?」
「……っ、いい加減にしてよ――」
止まない幻聴に苛立って、そう声を荒げて振り返ると、そこにはそんな私に驚いている土佐が、立っていた。
「え……??」
「驚かさないでよ、摂津。びっくりしたじゃない」
何が何だか分からなくなった私は、ひとまず深呼吸して、夢じゃないことを確認してから叫ぶ。
「土佐の幽霊が出たぁっ!!!!」
+++
「全く……相変わらずで安心した。摂津」
「うぅぅぅぅ……」
私の部屋にて、卓袱台を挟んで座る土佐が、苦笑いをしながら言う。
「だ、だって! 土佐が生きてるなんて、そんな、思わなかったし……」
「まあね。私も未だに信じられないし」
さっき土佐から聞いた話曰く、土佐は確かに私の記憶通り、自沈処分用の爆弾の爆発に巻き込まれたそう。でも、どうやらどこか取り付けが上手くいっていなかったせいか、沈み切れず、ずっと海の上を漂っていたらしい。そうして、気が付いた時には、長崎にある、今はもう使われていない無人島に流れ着いていたというのだ。
そこで、長崎近海を管轄する
「そんな事って、あるんだ……」
「みたいね。私も目が覚めた時驚いたよ」
「ふえぇぇぇ……」
なんか気が抜けてしまって、腑抜けた声を出しながら、目の前の土佐をペタペタ触ってみる。間違いなく、土佐がちゃんとそこに在る。幽霊なんかじゃない。
「……あの、さ、摂津。信じられないのは分かるけど、いい加減やめてもらえる?」
「あっ、ご、ごめん」
じろっと土佐に睨まれて、パッと手を離すと「まったく」と、ちょっと安心したように笑った。そして「でも」と続ける。
「佐世保鎮守府である程度治療してもらったんだけど、もうほとんど船魂娘として戦える状態では無い、って言われた。まあ元々戦艦、って訳じゃなかったから、別に気にしてはないけど」
「え、それじゃあ、すぐに居なくなる……ってこと?」
恐る恐る聞くと、「いや、そういう訳じゃないよ」とすぐ返ってきた。
「
「へ……? あの上層部が……?」
土佐を自沈処分する、っていう達しを出したのは、紛れもなくあの上層部だ。なのに、いったいどういう風の吹き回しなんだろう。
「つい最近、上層部の組織改革があって、色々変わったそうだよ。あまり詳しくは分からないけど」
「へぇ……。でもそれじゃあ、これからは一緒に居れるってこと?」
「多分ね。今のところ他の鎮守府に異動、っていう話は聞いてないし、船魂娘じゃないんなら、今後もそんな話も出ないだろうし。摂津がどこかに異動、って言われなければ」
「本当?!」
あまりに嬉しくて、卓袱台に手を付けて乗り出すと、土佐が「近い近い近い」と後ずさりした。相変わらずつれない。でも、そういう所が偽物じゃない、っていう一番の証明だった。そんな土佐が、少し申し訳なさそうに「それで、その……摂津?」って聞いてきた。
「え、どうしたの」
「ただ、指揮官から「船魂娘でもない人を、住まわせる部屋はない」って言われちゃってさ。だからその……摂津の部屋に居候させて欲しいんだけど……」
「へっ?」
一瞬何を言われたのか分からなくて、思考が停止する。そしてよく呑み込んだ後、「えっ?!」って声を上げた。
「へ、え、私で、良いの?」
「え、まあ……うん……。加賀姉さんの部屋も考えたけど、加賀姉さんは今でも現役の船魂娘だし、あまり迷惑かけたくないからさ」
「ちょっと待ってよ。何、そのじゃあ私なら良いみたいな言い方」
「だって今でも結局標的艦籍なんでしょ? それなら一緒でしょ」
「う……まぁそれはそうだけど、なんか複雑……」
やっぱり土佐の言い方が気にいらなくてむくれると、土佐は「あはは」と他人事のように笑った。納得いかないけど、でも土佐の笑顔をこうしてまた見れたなら、まあ良いか、って思わなくもない。けど、やっぱりなんか気にくわない……っ!!
「そんな怒んないでよ、摂津」
「むー……」
「ごめんってば」
そう言って、土佐が私の横に来て、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「ちょっと、一応私、土佐の先輩なんだけど」
「それはそうだけど」
言葉のわりに、やめようとしない。まあ悪い気はしないから良いんだけど。撫で続けながら、土佐は続ける。
「……鳳翔さんから聞いたけど、私がいなくなった後、航空隊の皆のために身体張ったんだってね?」
「あ、うん……まあ……」
土佐の言葉に素直に頷けない。確かに土佐の言う通り、最初の方なんかは、本当にいつかの土佐みたいに頑張ってたけど、結局矢風の事もあって、途中で放り投げてしまった。今も育成に関わってるとはいえ、土佐の言うような感じじゃない。
「それも聞いてる。矢風さんの事。大変だったんでしょ?」
「……それも鳳翔さんから?」
「それもある」
「へ……?」
思ってたのと違う反応で戸惑う。
「実はね、あれ、私が矢風さんに頼んでたの。きっと私の代わりに、摂津がそういう目に合うの見えてたから。矢風さんには悪いことしちゃったな」
「え、ちょっと待ってよ土佐!! だって、え……?」
土佐の言う事に頭が追い付かない。何で土佐と矢風が、そんな私の事を話すんだろう。だって、私が矢風と航空隊の育成にあたる……なんて話は、矢風と初めて会った、あの時が初めてのはずで――。
「私が自沈処分される、って話が決まった時、廊下でちょうど矢風さんと会ったの。そしたら、矢風さんは摂津と私が、まあ、仲良くしてること知っててさ。「何か自分に出来ることはないか」って言ってくれたんだよ。同じ標的艦の好だからって。
だから、その時にね、「もし摂津が苦しむようなことがあったら、連れ出してほしい」って頼んだんだよ。
きっと摂津の事だから、「いらないお世話だ」っていうのは目に見えてたけど、摂津が苦しむ姿は見たくなかったから。鳳翔さんに顛末を聞いた時は、流石に驚いたし、申し訳ない気持ちでいっぱいになったけどね」
「そう……だったんだ……」
土佐からそんな話を聞いて俯く。でも、話を聞いて納得した。矢風と初めて会ったあの日、やけに土佐の事を言うなあ、と思っていたら、そう言う事だったのか。人の気も知らないで、と思っていたことが途端に申し訳なくなった。そんな私を、土佐はそっと抱きしめた。
「ごめんね摂津。私のせいで、たくさん苦しませてしまって」
「そんな……だって、土佐の方がいっぱい苦しかっただろうし、私のなんて」
「それはそうかもしれないけどさ。けど、たくさん悩んだのは事実でしょ?」
「……うん」
土佐が沈んだ時も、その後の航空隊の育成の時の苦しさや、矢風に全てを負わせてしまった罪悪感がひどくて、眠れない夜もいっぱいあった。それらが全部なくなることなんてないし、土佐が帰ってきたからと言って、無かったことにも出来ない。けど。
「……辛かったよ土佐……っ。でも、いなくなった土佐の分まで、頑張ろうって、私、ずっとずっと……」
「……うん、ごめんね、摂津」
「土佐は悪くない! 悪くない、けど……っ!」
「うん……」
涙でぐちゃぐちゃになって、何を言いたいのかも分からなくなった私を、それでも土佐はぎゅっと抱きしめてくれていた。ずっと「ごめんね」って言い続けてくれていた。
でも、私が今、土佐に伝えたいのは、そんな言葉じゃない。そういう事を全部ひっくるめて、私は、涙に邪魔されないように、大きく息を吸って、言う。
「おかえりなさい、土佐……!」
「……うん、ただいま。摂津」
やっと言えたその言葉に、もう二度と言えないと思っていた言葉に、それを言えたことが嬉しくて、また涙が溢れて止まらなくなった。辛いことばかりだったけれど、生きていて良かった。初めて、そう思った。
[第一幕 完]
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