第2話 ➡︎ぶん投げる

 狙われている。フィンリィの霊視すら届かないほどの超遠距離から。


「槍も精神不変の原理プラセボも使えないってのに、来た早々嫌な歓迎だぜ……」

「あっちの方からです!」


 フィンリィが2階の入り口とは反対方向を指さした。


「とりあえず隠れるぞ!」


 フィンリィが指さした方を警戒しながら、近くの岩陰に向かって走り出した。目を凝らしても何がいるかなんて見えないが、小さな山がある。恐らくその上からの攻撃だろうが、どんだけ凄腕スナイパーなんだよ。


 いつ矢が飛んできてもいいように、よく目を凝らしておくしかない。


「カナタさん!!」

「おわっ!」


 再びフィンリィが俺に抱きつくように突進してきて、倒れ込む。そしてまたビュンッ! と矢が通り過ぎる。


 ダメだ、速すぎる。一瞬は見えるが反応が追いつかない。銃弾を目視しようとするようなもんだ。


 恐らく矢には秘力が込められているから、霊視しているフィンリィは俺より視認できるまでが早く、視えているのだろう。この脱獄ゲーム、フィンリィが居なかったら何度詰んでるんだ?


 再度走り出し、なんとか岩陰に隠れた。飛んできた方角からは死角になっている。


「はあ……はあ……どうやら、あの骸骨達はこの矢にやられたようだな」

「そのようですね。矢に秘力が込められていますから精神不変の原理プラセボのようです。誰彼構わず、って感じですね」


 初心者狩りと言うか不意打ちと言うか。まあ戦略という意味では有り得ないことじゃない。こんな監獄で、今さら卑怯と言うつもりもない。ムカつくがな。


 突如——


 バァァン!! という爆発音と共に、隠れていた岩が吹き飛んだ。俺とフィンリィも吹き飛ばされる。


「いってて……今度はなんだ……!?」

「ただ遠くまで飛ばせる、ってだけじゃなさそうですね……危ない!!」


 バァァン!! と、また爆発で吹き飛ばされる。矢が地面に触れた瞬間に爆発してるんだ。フィンリィのおかげで直撃ではないが、爆風で3、4メートルは飛ばされ、顔から地面に突っ込んだ。いつかの自転車事故を思い出す。


「ふ……ざけやがって……」


 だんだん腹が立ってきたぞおい。見えないところからやりたい放題してくれやがって。


 フィンリィが指さした方向、突き刺さった矢の角度から見て、大体の場所は分かってる。それに、近づけばフィンリィが正確な場所を霊視してくれるはずだ。


 なんてことだ。


 ふとフィンリィに目をやると、可愛いフィンリィの頬に傷がついている。


 カッチーン。


どたまに来たぜこんにゃろう!! 行くぞフィンリィ!! 矢が来たら俺の手を引っ張れ!」

「は、はい!」


 フィンリィの小さい手を握り、矢が飛んできた方へ走り出した。


「こっちです!」

「おう!」


 バァァン!!


「そっちです!」

「おうよ!」


 ドゴォン!!


 連続して発射されるロケットランチャーでも躱すように、爆撃の中をトップアスリートの如き走力で走り抜ける。


 2発、5発、10発。


 慣れれば意外とどうにかなる。息も合ってきた。


「見えました! やはりあの山の上です!」

「よし来た! 一気に走り抜けるぞ!」

「はい!」


 さらに10発ほど躱しながら走り抜ける。敵もあまりに当たらなくて焦っている頃だろう。


 だが近づくほど、発射から到達するまでの時間が短くなり、躱す猶予が短くなる。段々と爆発の距離が近づいてきた。


 しかし逆に、爆発が止んだ。


 今度は爆発する矢ではなく、通常の矢が飛んできた。


「なんだ、爆発しないぞ?」

「どうやら秘力が切れてきたようです」

「つまり、チャンスってことだな?」


 あれだけ乱射していれば当然だ。調子に乗りやがって。


 しかし、爆発しない代わりに本数が増えた。ドドド! と連続して矢が地面に刺さる。だがフィンリィがいれば躱せない程じゃ——


 ドスッ!


「あ゛あ゛っ!!」


 左肩が一気に高温になって熱い。いや、これは激痛か。


「カナタさん!! こっちへ隠れて!!」


 左肩に矢が刺さってる。血が腕を伝っていく。痛い。痛すぎる。


 フィンリィに引きずられ、近くの岩陰に隠れた。


「この矢、秘力が込められてなくて気づけませんでした」

「な……に……? 霊視がバレたのか……?」


 レイナードいわく霊術師は珍しい、貴族の類が持つ力。こんなところに居ることは想定されていないはずだ。


「いえ、恐らく、単純に近づいたからです。精神不変の原理プラセボが必要ない距離まで。迂闊でした」


 秘力が尽きかけて、精神不変の原理プラセボを使わずとも射抜ける距離に来たら、そりゃ節約するはずだ。俺も相変わらず迂闊だった。不運なことに、その節約が霊視の目を掻い潜ることになったわけか。


「抜きますよ、我慢してくださいね」

「……え?」


 まさか、おいフィンリィ。冷静モードで何を怖いことを。まだ心の準備が——


 フィンリィは躊躇ためらいなく、矢を真っ直ぐ引き抜いた。


「があ゛あ゛っ!!!」


 刺さった時と同じくらいの激痛が走り、血がドクドクと流れる。


 一度で二度、痛い。なんとなく分かったぞ。このバイオレンス天使は、治療に慣れてるせいか”痛み”に容赦が無いんだ。


 フィンリィは顔色ひとつ変えないまま、俺の傷跡に手を当て、青い光に包まれる。


「開け放つは霊界の門 我 おもうは静かな覚者かくしゃ

其の手は刻限のおもりを払い 治癒の泉の呼び水とならん

手当てサーノ


 俺が腕を失くした時にも使ってくれた霊術だ。この霊術の偉大さは知っている。自然治癒力を極限まで高め、全治3ヶ月程の怪我なら数十秒で完治させるそうだ。手を当てている箇所だけ時間を3ヶ月進めたような感じだ。流石は回復のエキスパート。


 考えているそばからみるみる傷が塞がり、痛みが消えていく。めちゃくちゃ痛かったのは確かだがな。もしかしたら、こうやって痛みがすぐ消えることも、彼女の容赦の無さを助長しているのかもしれない。


「……もう少し心の準備をさせて欲しい気もするが、助かった。反撃するぞ! 最大範囲の不視方陣インビジブルで辺りを隠してくれ!」

「わかりました!」


 フィンリィは再び詠唱を始める。


 射手しゃしゅまでの距離は残り50メートル程度。岩陰から顔を出せば、俺でも人影を視認できた。


「ふんっ!」


 俺は隠れていた岩に稚児しい月アドウェルの指を突き刺し、そのまま持ち上げた。直径4メートルぐらいある大岩だが、今の俺には砲丸投げの球より軽い。


不視方陣インビジブル!!」


 六芒星が俺たちを中心に地面に広がる。外からはこの六芒星の中は突如消えたように見えているだろう。そして、中から投げ出された物は、外からは突如現れたように見える。


 フィンリィが脱いだ服を投げた時のように。


「パンツじゃなくて……悪ぃ……なっ!! 」


 大岩をぶん投げた。


 稚児しい月アドウェルの腕の怪力によって、放物線どころか直線を描いて射手の元へ飛んでいく。


 バゴォォォン!! という轟音を立てて、小さな山の先端に直撃し、岩と山が破裂するように吹き飛んだ。


 僅かな地響きと、瓦礫が崩れる音がしばらく続く。


「さあて、顔を拝んでやりますか」


 フィンリィに案内され、射手の元へ歩いていく。瓦礫の山で歩きにくいが、右腕で力任せに道をこじ開けた。


 瓦礫の下敷きになっていたのは、ウルファ族の女だった。気絶しているようだ。紫色の髪に立派なケモ耳が生えている。


「女だったのか……」


 割と美人だから悪い気もした……というのも嫌な話だが、一瞬そう思ったのだから仕方がない。しかしあれだけ人を殺せるのだから、極悪人に違いない。


 それを確かめるように、彼女の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトを見た。




    懲役 428年     残り 751.1年




「残りが……懲役を超えてる……?」

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