第22話 ➡︎2階へ上がる

 「これがオルレインさんが言っていた看守獣プーパですね」


 鋼のような鉱石で出来た灰色のゴーレム。その辺の武器じゃ歯が立たないのは目に見えてわかる。あれだけ高値を付けられたオルレインの短剣ならなんとかなるかもしれないが、ちょっと相手がデカい。全長5メートルぐらいはあるだろう。


 ギシギシという、石を擦り合わせたような音を立てながら、こちらへ向かってくる。迫力はあって、ちょっと恐い。


(だが、残念ながら相手が悪かったな。こちとら強くてニューゲームなんだ)


 力を込めると、右腕は赤く輝いた。そして、槍を生み出す。


 その槍を掴み、さらに力を込める。


 バチバチと赤黒い稲妻を纏いながら、秘力が集まっていくのがわかる。槍に強大なエネルギーが集まっているのがひしひし伝わってきて、自分でも恐ろしい。


 そして俺は思い出す。


 ローゼスの技を。稲妻の刃を。


「斬撃よ!! 翔けろぉぉ!!!」


 ブンブンブンッ!!


 俺は槍にしたたる水を振り払うような気持ちで、プーパに向かって槍を何度も振った。するとその度に半月状の赤黒い稲妻の刃が現れ、プーパに向かって飛んでいく。


 無数の刃が空を翔ける。凝縮したエネルギーで、刃の周りが蜃気楼のように歪んで見える。


 ズパンッ! という音を何度も立てて、プーパの至る所を豆腐のように切断していく。腕が、首が、胴体が、脚が、ドズンッ! と次々に落ちていく。


 切り裂いた刃達の一部は、いかにも傷付かなそうな黒い部屋の壁すらもガリガリと削っていたが、1階の果ての不可逆の壁にぶつかって消えていった。どちらかと言うと、刃が消えたので、そこに不可逆の壁があるとわかったのだが。


 プーパはそれまでの命を宿していたような動きが無くなり、ただの壊れた石像のように動かなくなった。


 次第に色を失い、地面と同化していく。


 登場から10秒で退場。レベルを上げ過ぎた主人公で中ボスをワンパンしてしまった時のような虚しさがある。


「だいぶ呆気あっけなかったな、フィン——」




 ——あれ??




 フィンリィが水平になって壁に立っている。


 いや、視界が回ってるのか。


 ぐるぐるぐるぐる。


 あー、なにこれ、すんごい。


 頭が強力な磁石に吸い寄せられるように地面に引き寄せられ、ドサッ! と仰向けに倒れた。


「カナタさん!!」

「なんだ……? めちゃくちゃフラフラするぞ」


 空とフィンリィの顔がコマみたいにグルグル回ってやがる。


 フィンリィは俺の体を見渡した。恐らく例の霊視をしているのだろう。


「嫌な予感がしましたが……やっぱり、軽い秘力欠乏症です」

「けつ……ぼう……つったって、まだちょっとしか使ってないだろ……?」

「恐らく”盾”が無いからです」

「盾……」


 グラグラする頭で考える。まさか……そういうことかい。


「ローゼスは左腕の盾で秘力を吸収し、それを右腕から何倍にもして放出していました。しかし、カナタさんにはその秘力を集めるための盾が無いんです……だから、自身の秘力を絞り出して槍を作り、技を出しています。そう考えると、むしろ秘力の絶対量は多いくらいですね……今は強制的に生命維持に関わる所まで秘力を絞り出されていて、あの時のローゼスに近い状態です」


 あの時のローゼス。倒れて、しばらく動けずに居た。そのあと怪我が治れば体は自由に動くが、精神不変の原理プラセボや槍は出せないあの状態。


 言ってみれば、稚児しい月アドウェルの槍は莫大なMP消費量で、盾によるMP回復によってローゼスはあの強さを発揮していたが、その盾が俺には無い。盾と槍は表裏一体で完成形だったが、俺のは欠陥品のようなもの、ということか。


 ふざけ倒せよボケ……。


「秘力の回復は時間の経過だけ……って言ってたな。どのくらいで使えるようになる?」

「元に戻るには5時間は必要かと」

「マジ……?」


 フィンリィは俺の目を見つめて、無表情のまま言った。


「バチクソマジです」


 一難去ってまた一難。


 人生は、何故かくも上手くいかないのだろうか。


 フィンリィの監獄時計を見ると、現在時刻は6時。つまり11時でMPは満タンに戻るということだ。


「秘力の消費量から考えると、槍を出してる間にもどんどん秘力を消費しているようです。今のこの状態に至るまでを10としたら、ここに来るまでの魔獣退治で5、技で5消費している感じでしょうか。恐らく技の種類によっても消費量は変わると思いますが」


 槍を出してからここに来るまでが約5分程度。つまり槍を出し続けているだけなら10分が限度。


 例えるならMPが10あって、1分ごとに1消費。翔ける斬撃のMP消費量は5。技によってMP消費量は違う。そんなところか。


「燃費の悪いこったな……」


 視界のぐるぐる自体は収まってきたので、俺はなんとか体を起こした。フィンリィに肩を借り、立ち上がる。熱中症になった時のように、顔が青ざめているのがわかるが、肩を借りればなんとか歩けた。


「最悪の事実が判明したが、今は時間が惜しい。プーパもいつ復活するかわからない。先に進もう」

「はい……無理しないでくださいね」


 そう、俺には時間がない。使い勝手が悪かろうと、稚児しい月アドウェルの右腕と、フィンリィを借りられているこの機を逃すわけにはいかない。


 フィンリィに引きずられるように歩いて、洞窟の中へ入っていく。


 少し進むと、部屋が二つあった。塔の入り口でリリィが居た場所に似た黒い幾何学きかがく模様の部屋。片方に石像があり、片方に何も無い。


 石像の方を観察してみた。額にバッテンの紋章がある、屈強そうな男の石像だ。


「ん……右腕に文字が刻まれてるな……『懲役800年』?」

「この部屋がオルレインさんの言っていたアマルティアの天秤のようですね」

「天秤か……もしかしたら……フィンリィ、あっちの部屋に入ってみよう」


 もうひとつの、何も無い部屋の方に入ってみた。


「うおっ!」


 二人の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトが輝き出した。そして、ゴゴゴ……という音を立てて、部屋がせり上がっていく。


「向こうの石像が居る部屋が下がって、こっちの部屋が上がっていますね」


 フィンリィが石像のある部屋を覗き込みながら言う。


「なるほどね……この二つの部屋は、方が下がっていく天秤の皿、ってわけだ。あの銅像は懲役800年。フィンリィは0だし、俺は……ハハ……こりゃめでたい」


 自分の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトを見やると、残り777年。ゾロ目には縁があるらしい。


 低速のエレベーターでどんどん上昇しながら、1階を見下ろした。森や川に草原、空は綺麗な朝焼け。初日の出を見に行く飛行機にでも乗っているような、悪くない景色だ。


 こうして俺たちは、一抹いちまつの不安を抱えつつも、1階を後にした。


 監獄時計に記された2階の名は、”蒼天と間隙かんげきの牢獄”。


 期限はあと約6日。



——————————————————

【作者より】

ここまで読んでくださってありがとうございます!

ここからどんどん盛り上がっていく予定です。


私にとっての皆さんは、カナタにとっての幼馴染です。いつか「俺(私)の見る目は間違ってなかった!」と思っていただけるよう精進して参ります。


少しでも面白いと思っていただけたら、是非とも感想や⭐︎をお待ちしております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る