第15話 ➡︎泣く

 「いやぁぁぁぁ!!!」

「カナタぁぁ!!!」


 フィンリィとレイナードの声が聞こえた気がした。叫んでいる声なのに、なんだか脳に届かない。


「上手やったと……思った……のに……!!」

 

 フィンリィを助け、紙一重で槍をかわせると思ったのに。


 上手くやれてると思ったのに。


 懲役は0。借金王の物乞いレンタルを上手く使い、夜明けを目指す者オルトゥスを味方につけ、塔の情報を手に入れ、真っ直ぐ最上階を目指すだけだと思ったのに。


 そういう、出来上がったレールの上を走る主人公にでもなったつもりだった。


「ち……く……しょう……!!」


 甘すぎだぜ、こんちくしょう。


「ぐっ……ああぁぁ!!」


 激痛の最中、また悪魔の声が聞こえてきた。


「カフッ! あーあ……口から血が出てる……非道いよ。僕はこんなに辛いのに、助けもしないくせに、お前らはまだ生きてる。ほんと……なんなんだよ。なにがしたいんだよ、お前ら。もういい……もういいよ!!! 死んでよ!!!」


 おいおい、嘘だろ……まだ来るのかよ。




千槍せんそうよ、降り注げ」




 あー……信じられない。なんだよあの数。馬鹿げてるよ。


 空がおびただしい数の漆黒の槍で埋め尽くされている。


 今まで全力じゃなかったとでも言うのかよ。とんだラスボスじゃねえかよ。


 結局起き上がれず、仰向けになった俺はそれを見上げ、バカみたいに考えていた。


 なんでこうなったんだっけ。変な動画を見て、気づいたら塔の前で。そこは監獄で、俺は囚人で。

 なんか悪いことしたっけ。あぁ、パンツか。良いお尻だったな。黒髪の綺麗な美少女だったし。そりゃあ罪も重いか。

 なんで囚人であることを受け入れたんだっけ。呼び出されたのが、誰かに頼られた気がして、主人公気分だったからか。




 ——甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった甘かった!!!




 漆黒の雨が降り注ぐ。


 その範囲は円形の広場を遥かに越え、森にある全ての木を、人を、土を、貫かんと近づいてくる。


 そしてもうすぐ俺も、蜂の巣みたいになる。巨大な漆黒の剣山が近づいてくるみたいだ。


 半日でゲームオーバー。死んでしまうとは情けない。


(——いや、違う! せめてフィンリィを!)


 俺が巻き込んでしまった。俺の借金王の物乞いレンタルのせいでこんな危険な場所に来させてしまった。ここで死なせるわけにはいかない。


 そう思った瞬間、視界は何かに覆われて真っ暗になった。


 花畑みたいな匂いがする。


(フィンリィ……!?)


「よせ!! やめろ!! フィンリィ!!」


 フィンリィはなにも言わず、必死で俺に覆い被さる。


「フィンリィ!!!!」


 俺も必死で跳ね除けようとするが、激痛が力を奪い、そのうえ左腕だけでは踏ん張りが効かず、力が上手く入らない。顔に当たる胸の感触も、今はもはや、どかす為の障害物でしかない。


 ドスドスドスドス!!


 真っ暗な視界の中、辺りにドスドスと槍が落ちる鈍い音だけが山ほど聞こえてくる。それこそ酷い夕立のようだった。それを聞いて、俺は全身の力が抜けた。


 もう手遅れだ。何もかも。


 血が滴り落ちてくる。俺の血じゃない。


 そして、漆黒の雨が止んだ。


 フィンリィが俺を抑え込んでいた力を抜き、顔が見えた。可愛い顔に血が流れ、瑠璃色の瞳には涙が滲んでいた。その顔はある意味妖艶ようえんで、美しくも見えるのだから不思議だった。


「今すぐ自分の治療をしろ……今すぐだ!! 俺のことはいい!!」


 フィンリィは首を横に振った。涙が揺れて落ちる。



「私の血じゃ……ない……」



 フィンリィが体を起こし、その先の光景が視界に映った。


「レイナード……!」


 身体中から黒い槍がいくつも突き抜けている、レイナードの姿だった。身に纏った鉱石の鎧を呆気なく貫いて、槍の切先きっさきから血が滴り落ちる。


「カナタ……無事……か……」


 ドサッ! とレイナードは倒れた。漆黒の槍が静かに消える。そのままレイナードは動かなかった。


 気配というものがあるなら、レイナードが放つそれは完全に消え失せて、きっともうこの世界のどこにもない。


「くそったれ……」


 涙が出てくる。


 なんの涙だこれは。


 極悪人だっていうのに。何人も悲惨な目に遭わせて殺した極悪人だっていうのに。俺にとってのこいつが、なんでこんなに死んでほしくないと思えちまうんだ、おかしいだろ。実は良い奴だったとか、そんな話じゃない。ただ俺の能力の言いなりになっちまっただけだ。なのに……いや、だからなのか? こんな気持ちになるのは。


「カナタさん……ローゼスは力を使い果たして倒れています。当分あの槍は出せません……離れましょう」


 倒れ込んだローゼスからは、もう殺気の類は感じなかった。


 フィンリィは自分の涙を拭いて、俺の左肩を抱えて起き上がらせ、歩き出した。俺を支えるその力は、華奢な彼女の奥に強い意志のようなものを感じさせる。


「ごめんなさい……私のせいで……」

「くっ……! うぅ……!」


 フィンリィは涙を堪えたというのに、俺はと言えば全然ダメだ。涙腺が壊れちまった。カッコ悪いったらありゃしない。


 振り返ると、モヒカンとレイナード、それに俺の右腕が落っこちていた。見渡せば、夜明けを目指す者オルトゥス達が捨てられた人形のようにあちこちに転がっている。


 俺は自分の右腕を遠くに見るという奇妙な感覚を味わいながら、引きずられるように森の外へ向かった。


 どこからが夢で、どこからが現実なんだろうか。


 情けない。自分の甘さが、とにかく情けない。


 でも俺は今、確かに生きている。なぜか、生きてる。


 歩きながら霊術を使ってくれたおかげで、俺の右肩から出る血は止まっていた。痛みも無くなって、随分楽になった。


 それでも俺はフィンリィに肩を借りたまま、森を後にした。


 そして俺は、を決意した。

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