第16話 ➡︎思い出す
——それから、10分ぐらい経っただろうか。
涙もなんとか収まって、フィンリィが
森の中を歩いている間も、森の外に出て泣き止んでからも、二人共黙ったままだった。何を話しても、どうにも嘘くさいような、心のどこかの傷に触れてしまうような、そんな気がしたからだ。なんだかわからないものに、なんだかわからないまま、ただただどうしようもなく敗北した。そんな気がしたからだ。
「カナタさんの監獄時計、止まってますね」
その沈黙を優しく破るように、不意にフィンリィがそう言った。話題はなんでも良かったのだろう。空はずっと朝焼けなもんだから、時間の感覚がどうにも掴みにくい。
「本当だ。さっき倒れた時かな。はは……案外
左腕だけでは外せないし操作もできない。失くしてみてわかるが、自分で外そうという気すら起きない。
フィンリィに外してもらい、どうにか操作してみると、メニューは動いた。それを試した
【名前】
ローゼス・ザカリアス
【主な罪】
殺人、強盗
【詳細】
王都ガルガン区の宝物庫に保管された、最上位魔族”
レイナードの言っていた通りだ。レイナードもこれを見ていたのかもしれない。
俺は空を見上げた。
朝焼けの空は何も変わらない。
さっきまでの激動の全てが嘘のように静かだ。
レイナードは死んだ。モヒカンも死んだ。右腕は失くした。他の
「今……12時半です。この絵を描いていた1時間前と、随分変わってしまいましたね……」
フィンリィは地面の絵を見ながら伏し目がちにそう言った。フルートに優しく息を吹いた、ピアニッシモの声。
俺は独り言のように呟いた。
「さっき……槍が降ってきた時、走馬灯みたいに昔のことを思い出したんだ」
俺の力無い声を、近くに居るのに、フィンリィは一言も聞き漏らさないように耳を澄ませていた。
「俺には幼馴染が居てな。そいつは俺と違って大金持ちで、優秀で何でも出来て、優しくてさ。貧乏で、何もかも失敗して、クズな俺とは正反対だった。ゲーム……って言ってもわからないか。オモチャとか、何でも貸してくれて、そのくせ貸したことも忘れちまう懐のデカい奴さ」
俺は森と反対方向に歩き出した。
「どこ行くんですか? まだじっとしていた方がいいですよ」
俺は構わず歩いた。
「俺は借金が
聞き漏らさないようにフィンリィが付いてくる。オレンジのポニーテールと、赤いマントが申し訳なさそうに揺れている。
「幼馴染にも1億以上借りてた。それなのに、久しぶりに俺と会うと、いつも楽しそうだった。会うたび決まって『調子はどうだ? ちゃんと金は全部返せたかよ』って訊いてくる。全部も何も、お前にも借りてんだろって言うと、『あぁそうだっけ』って笑ってんだよ、変な奴だろ?」
フィンリィは声も出さず、「そうだね」と言ってるみたいに微笑んだ。
「ある時、また事業に失敗して3000万近く必要になったんだ。悩んだ末に金を貸して欲しいって頼んだら、呆気なく貸してくれて、俺は拍子抜けしたのと同時に、不思議に思ったから訊いたんだ。なんでお前はそんなに金を貸してくれるんだ、返ってくる保証なんてないぞ、って。そしたらなんて言ったと思う?」
この世界の通貨は金貨だとか銀貨だから、何万と言われてもピンと来ないだろう。それでもフィンリィは黙って聞いていた。俺も
「『別に返ってこなくてもいいけど、あえて言うなら投資かな。お前なら何かしてくれるんじゃないかって。期待してるよ』って言うんだ。今までなんにも成功しないで、何者にもなれてない俺を。俺自身が、俺自身の価値を感じてなかったのにさ。期待してるって言うんだよ、俺なんかを。その言葉がやけに胸に刺さったんだ。その時俺は、絶対全部返してやるって思ったよ。こいつが期待してくれた俺を、こいつの中にいる期待すべき俺を、存在させたいって思った。『お前の見る目は間違いなかったな!』って、いつか言ってやりたかったんだ。それから死に物狂いで金を稼いで、
俺の心に湧いてくるのは、後悔や悲しみだけじゃない。俺の内から
気付けばダダの店が見えてきた。そう、ここに用がある。
「俺は借りは必ず返すってことだ!! それが恩でも
——それは、怒りだ。
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