第17話 ➡︎借りを返す

 俺とフィンリィは広場を形作る木の陰に隠れて、座り込んだローゼスを見ていた。


「しつこいようだが、秘力は使えないんで間違いないか?」

「はい。本来、生命維持に関わる部分の秘力まで使ってしまっています。新たに盾で補給しなければ、あと半日は無理です」


 わけのわからない駄々と八つ当たりで、そこまで力を吐き出すとは恐れ入る。


 戻る道中の森は悲惨だった。土も木も穴だらけ。木は半分近くが倒れており、上から見たら残念な俺の親父の頭皮ぐらいはハゲてしまっているだろう。


 そしてところどころに夜明けを目指す者オルトゥス達の死体が転がっていた。


 俺は手を合わせてやる暇もなく、一直線に戻ってきた。なるべく回復させたくない。ローゼスの意識は戻っているようだが、動く余裕もなく座り込んでいて、このまま放っておけば出血多量で死ぬのかもしれない。だが、そんな勝手に死なせやしない。


 そこへ、一人の大男が現れた。魔獣の素材で出来た鎧をフル装備していて、かぶとも被っているため顔もわからない。


「おい! あんた大丈夫か!? 全身傷だらけじゃないか!」


 男は兜のせいでこもった声で言い、ガチャガチャと鎧がこすれる音を立てながら、慌ててローゼスの元へ駆け寄っていく。


「待ってろ! 1階で取れる中じゃ特上の回復薬だ!」


 そう言うと、ふところからビンに入った液体の回復薬を取り出す。透き通った青色の液体だ。


「待て」


 ローゼスは鎧の男を睨みつけたまま、低い声で言う。


「それは本物か?」


 鎧の男は立ち止まり、自分が持った回復薬に目をやった。


「毒でも入ってると思うのかよ」


 鎧の男は腰から素早く短剣を抜き、鎧から露出した自分の腕を切りつけた。短剣の刀身に血が流れる。

 それから回復薬をその傷に垂らしてみせた。切り傷がたちまち塞がり、血が止まる。


「これで満足か? 中身が減っちまう。まずは足を見せてみろ」


 それを見たローゼスの目から警戒の色が消えた。


「おお、良いじゃないか! 早く僕を治してくれ! 本当に辛かったんだ」


 鎧の男はローゼスの脚に丁寧に回復薬をかけ、傷が治っていく。俺とフィンリィはそれを黙って見守っている。今出るわけにはいかない。


「次は腕を貸せ」

「ああ。君は久しく見ない出来の良い奴だよ」


 ローゼスは腕を差し出し、鎧の男は丁寧に回復薬を垂らしていく。腕にあった擦り傷、切り傷の類が塞がっていく。


「次は体だ」


 体の傷が塞がっていく。


「最後に頭だ。こっちへ向けろ」


 残った回復薬を頭からかけた。顔の傷が塞がっていく。


 こうしてローゼスは全身の出血が止まり、目に見える傷はほとんど塞がった。


「おお! 痛くない! もうだいぶ辛くないよ!」


 骨折が治った子供のようにはしゃぎ、ローゼスは手足をバタバタと動かし立ち上がる。


「君は素晴らしいよ。生まれてくる価値がある人間だ」


(今だ!!)




「おい!! ローゼス!!」




 俺は叫んで木の陰から飛び出した。


 ローゼスはギロリとこちらを向いた。だが殺気というものはさほど無く、恐らく傷が癒えて余裕ができたのだろう。空から落ちてきた時と同じ、くだらなそうな目つきだった。


「だれ? 君」


 忘れてやがるのか。こいつにとっては俺なんて一般人Aのモブキャラもいいとこってわけだ。その可能性も考えたが、まあどちらでもいい。


 鎧の男が俺たちの様子を見て慌てて離れていく。


「さっきはよくもやってくれたじゃねえか。この腕のお返しに来てやったんだよ。表面の傷は治っても、秘力までは回復してねえだろ」


「……ああ、出来損ないの一人かい? 稚児しい月アドウェルの槍がなければ僕と戦えると思ってるんだね」


「そうだ。俺は必ずテメェをぶん殴る。ぶん殴って、ぶっ飛ばして、またおんなじ傷だらけにして絶望させてやるよ。俺はテメェみたいな特殊体質じゃないし、霊術師でもない。秘力を持った攻撃をしない俺から秘力を奪うこともできねえだろ。こちとら肉弾戦なら多少覚えが——」


 ビュンッ! と風を切る音と共に、ローゼスは俺の目の前に現れた。恐るべきスピード。こいつの強さは秘力や腕だけじゃないってわけだ。


 ギリギリだが、俺はその動きを目で捉えていた。殴ってくる。俺はその拳を手のひらで受け止めようとする。間に合った——


 しかし、その力は凄まじく、トラックの先端に拳が付いてるみたいな衝撃だった。バキッ! という音は多分指の骨が折れた音だろう。受けた左手の甲で自分の顔を殴るような状態で、大してクッションの役割も果たしていない。そのまま俺は後ろへ吹き飛んで、さっきまで隠れていた木に激突した。揺れた木から木の葉が落ちてくる。


路傍ろぼうの石ころがなんでそんなにベラベラ喋るんだよ。気持ち悪——」




「へへ……触れたぜ、その右腕に」




「……!? なんだこの紋章は!」


 ローゼスの右肩に借金王の物乞いレンタルの白い紋章が現れ、右肩の中に沈んでいった。すると、まるで太陽に手を透かした時のように、肩の内側から白い光が神々こうごうしく輝く。


(見せてみろ! 王の名を持つその力ってヤツを!!」


 キィィィン!


 そしてその右腕は、見えない剣の一太刀を浴びたように切断された。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」


 右肩から血が吹き出す。


 稚児しい月アドウェルの右腕が宙を舞い、俺の右肩まで飛んでくる。そして超高速で皮膚が癒着ゆちゃくするかのように、うねうね、もごもごと動きながらくっついていく。骨が、神経が、筋肉が、皮膚が、繋がっていくのがわかる。


 その右手に脳が指令を出す。


 グー、パー、グー、パー。


 とは違う、今度はちゃんと言うことを聞く。


「はは……まさかここまでとは思わなかったが、賭けは俺の勝ちだったようだな」


 そうだ、これは賭けだった。


 ようやく、ここぞって時に上手くいったぞ、ざまあみやがれ。


 俺の借金王の物乞いレンタルは、触れた対象を”借り受ける”力。それは対象が俺の手元になくても、手に入れられるという仮説があった。


 そもそも、フィンリィに力を貸してくれと言ったのは、目利きの話が一段落した後だった。夜明けを目指す者オルトゥスに力を借りた時も、別に俺に力を貸してくれていた状態じゃない。フィンリィや夜明けを目指す者オルトゥスに借りている”力”というものを”協力の意思”と置き換えるならば、それは俺の元には無かった。つまり、俺の手元に対象がなくても”一定の強制力を持って”俺の手元にというか、支配下にというか、そういう状態に来るって事なんだ。


 最悪こんな風な謎の力で腕が吹き飛ばなくても、こころよく腕を差し出してくれるだろうしな。俺の短剣は魔族に有効な金属の短剣。上位魔族稚児しい月アドウェルの腕であるその腕を切断することはできるはずだ。


 そしてその腕は、奴が王都から奪い、”その場で”移植した魔族の腕。片腕でもう片方の腕を落とし、片腕だけで手術したわけじゃあるまい。人は片腕だけじゃ監獄時計すらなかなか外せないんだ。魔術かなんかでくっつけたんなら困りもんだが、くっつくんじゃねえかな、とは思ってた。最悪くっつかなければやり返したってだけで勘弁してやったところだ。脱獄までお手々繋いでデートしてやるよ。


 ——どんなもんだよ、クソ野郎。


 そして俺がそもそもどうやって了承を得たかついては、だいたい20分ほど前に遡る——

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