第7話 ➡︎ぶん殴る
こんな無法地帯で、かつ無法者しかいない場所で、あんな美少女が無事でいられるわけがない。リリィが特殊なのだ。当たり前のことが、いま当たり前に起ころうとしている。
「んん〜〜!! 良い!! 柔らかいねぇ!!」
なんてこった。
さながらエビの如く後ろにぶっ飛びながら、右手でフィンリィの口を塞ぎ、左手で胸を揉みしだいている。マントの下の白い肌着のような服は、その胸を守るには薄すぎる。形の良い、オレ推定C〜Dカップの胸に、奴の指が沈んでいるのが遠目に見える。
「あ、あんのクソエビ野郎……!!」
羨ましいという気持ちが0.01秒ほど浮かばないでもなかったが、それ以上に怒りが込み上げてきた。出会ったばかりだとか関係ない。街で偶然出会った美少女と会話を交わし、もしかしてこれから仲良くなっちゃうんじゃね? とか妄想を繰り広げてる最中、いかついヤンキーに乱暴されてみろ。喧嘩などしたことなくても口では「ぶち殺すぞ!」と言いたくなる。
しかし、追いつけない。なんちゅう脚力だよ。こちとら陸上競技連盟から軒並みスカウトされるであろう速度で、周りの景色はバイクに乗ってる時のように流れていくのに、徐々に離される。石や短剣を投げようにもフィンリィに当たりかねない。もう森の入り口に差し掛かっており、森の中に入られてはなおさら追いつけなくなる。
(どうすりゃいい……!)
ふとフィンリィの顔を見ると、胸を揉みしだかれているというのにやけに落ち着いた表情だった。
目線は下に落としている。その目線の先は自分の手。肘から先は拘束されていないため、自由に動いており、なにやら両手の指を複雑に、かつ高速に絡めている。さながら陰陽師や忍者が印を結ぶ所作のそれだった。
するとフィンリィがほんのり青く輝いた。色は違うが、リリィが天術を唱えた時の輝き方に似ている。
「コイツ……!!」
男が
パキパキッ!
「くっ!!」
青い炎がぶつかった箇所は燃えるどころか、凍りついた。裸の上半身はドライアイスのように白い煙をあげ、ところどころ固まっていく。下半身の衣服も至る所が、液体窒素に入れたハンカチのようにパリパリだ。
当然動きは悪くなる。跳んでいる最中に攻撃を受けたため、着地がうまくいかず地面にスライディングした。同時に両手も蔦も緩まり、解放されたフィンリィは、宙に舞う羽根が地面に落ちるように華麗に着地する。
「なんでこんなところに霊術師が……!」
フィンリィはパンパンとマントや衣服を払い、頭を振ってポニーテールを揺らす。横顔で見えたその表情は至って冷静だった。
「要件があるなら口で言ってください。なんでこん——」
「こ〜〜の〜〜ク〜〜ソ〜〜エ〜〜ビ〜〜や〜〜ろ〜〜お〜〜がぁぁぁあああ!!」
しかし、俺は冷静ではない。喋っているフィンリィの真横をすり抜け、男の元へ走り抜けながら叫ぶ。
「と、止まれ! 止まリャフンッ!!」
顔面をぶん殴った。
モヒカンは殴られた衝撃で地面に叩きつけられ、マネキンみたいにバウンドする。
「か、カナタさん! 落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるか!! こんの変態クソエビモヒカン野郎!! よくも……よくも触りやがったなこんちくしょう!!」
「お……おまえだって……はぁはぁ……下心でその女に近づいたんだろう……?」
左頬を腫らし、口の中が切れたのだろう、口の端から血が流れている。最初に会った赤髪のケモ耳が一発KOだったことを考えると、コイツはそれよりタフなようだ。
「違うわっ!! ……いや、まったく、微塵もそうじゃないかと言われればそうでもないかもしれないけど、それは……追い追いだっ!!」
「お、追い追い!?」
フィンリィに表情が戻り、驚いている。くそ、余計なことを口走ったじゃないか。
「へへ……こんな地獄で花嫁探しとは……
「何を抜け抜けと——」
男が左脚に力を込める。まだ比較的さっきの凍る人魂攻撃から逃れた脚だ。筋肉が目に見えて膨らみ、瞬間的に力を溜め込んでいるのが分かる。
その直後、ドンッ! と地面を左脚だけで蹴って真後ろへ跳び、森の中へ消えていった。
「あの野郎……!」
「やめましょう、カナタさん」
追いかけようとする俺を、落ち着いた声で制止した。なんでこの子はこんなに落ち着いてるんだ。
「あれはあの人の”
「俺に危険って……よくこんな時に俺の心配ができるな。あんなことされて……」
「もちろん気分のいいものじゃないですよ。知らない人に体を触られるのがあんなに不快だなんて、勉強になりました」
と、ようやく笑ってみせた。
「勉強……」
やはりこの子は少しネジが飛んでる。先程までは豊かに見せていた表情だったが、自分が攫われかけたり、胸を触られることには冷静で、表情に出ない。何も感じてないかというとそうでもなく、不快には感じているという。
いや、もしかしたら、自分に危機が迫れば迫るほど冷静になっているのかもしれない。普通とは逆だ。なんにしてもなかなかに肝が据わっている。
「ところで、そのプラセボってのはなんだ?」
「
特有の能力。自分だけの力。
そんな特殊能力的な、スキル的なものまであるのか。それはみんな憧れる胸アツ展開だ。
「このままじゃまともに戦えないってことがよくわかった。そいつが使えるようになりたい……俺にもできるってことだよな?」
フィンリィはまた花のように微笑んだ。さっきまでが嘘のように屈託の無い……うん、なんというかもう可愛い!
「もちろんです! 私が調べてみますね! でもその前に、この世界についても話しておいたほうがいいかもしれませんね」
こうして俺はようやく、この世界の現状について知ることになる。
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