第6話 ➡︎攫われる

 さっきまでお花畑で寝てたんですか? というぐらい良い匂いがする。年齢は17、8。マントの下は比較的体のラインが出る白い服で、巨乳というほどではないが形の良い胸と腰のくびれが、俺の短剣をジロジロ覗き込むことで強調されている。というか距離が近い。こんな至近距離でこんな美少女の横顔を見たら眩しくて目が潰れちまうぞ。


 あと、どうでもいいけどこの体になったおかげで慢性鼻炎が治って匂いがわかるようになってる。地味に嬉しい。


「それ、オルレインさんの作品ですよね。50年程前に20点だけ精巧な武器を作って、突然姿を消した名工です。金貨10枚は下らないと思います。先ほど提示された品は合わせて銀貨3枚相当といったところでしょうか」

「ばか言いなさんな嬢ちゃん。最低でも銀貨ろ……!」


 しまった、という顔をするゴブリン。


「……銀貨、何枚ですか? この金貨10数枚相当の短剣に対して」


 優しい微笑みでそう言う天使。金の話はよくわからないが、なかなかに小悪魔かもしれない。


「それにこの塔では、恐らく金属は採れません。金属は魔族に有効ですから、かなり貴重……あれ? あなた表にいた……」


 ふとこちらを見てそう言った。目が合ってしまったことにドキッとしたが、直後に発言の内容にドキッとした。


「俺のことを知ってるのか?」

「いえ、塔の外で寝ていたので起こそうと思って、何度か叩いたりつねったりしてみたんですけど、全然起きなくて。塔の中を探索したらまた起こそうと思ったんですが、扉が締まって出られなくなってしまいました」

「なるほど、どうりで……」


 目が覚めた時に頬や首が痛かったのはそのせいか。あの痛みの残り具合からして、なかなか強くやられたらしい。天使の顔のくせになかなかバイオレンスだな。


 だが、あの時のパンツの主ではない。あの子はクノイチっぽかったし黒髪だったしケモ耳だった。


「まったく、女っていうのはろくな生き物じゃないねぇ。だが刀身も見ずにそんな骨董品が分かるとはなかなか目が利くじゃぁないか。ヒッヒッ、嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」

「フィンリィ・オルフェウスです」

「フィンリィ、フィンリィ……」


 俺もなんとなく監獄時計のメニューを開く。1ページ目にあったのですぐに見つかった。




【名前】

フィンリィ・オルフェウス


【主な罪】

なし


【詳細】

なし



「なし……? まさか、あんたも記憶を失くしてるのか……?」

「はい、そのようです」


 フィンリィの罪滅ぼしの刻印エクスピエイトに目をやると、確かに懲役0だった。


「ヒッヒッヒッ! その割には随分武器について詳しいじゃないか」

「私が失くしているのは最近の記憶というか、ところどころだけのようです。その間に何かしてしまったのでしょう」


 その時、俺はリリィの言葉を思い出していた。


(記憶なくすの流行ってるわけ?)


 リリィからすれば記憶を失くした奴が立て続けに来たわけだからそう思うのも無理はない。俺のは厳密には記憶喪失と言えるかわからないが、彼女のような部分的な記憶喪失の方がむしろ現実的だ。


 そう言えば、この「詳細」の欄は本来どんなことが書かれるもんなんだ?


「おい爺さん。あんたの名前も教えろよ。今更教えないってのはナシだぜ」

「ヒッヒッ……奇遇だねぇ、さ。ダダ・オルレイン」

「オルレインって……まさか——」

「まさか名工オルレインさんなんですか!?」

「ヒッヒッヒッ! 忘れたねそんな昔の事は。老人は忘れっぽいんだよ」

「おいおい、そんなすごそうな奴がここで何してんだよ」


 さっき俺の短剣を「骨董品」と言ったのは、自虐的な意味合いだったのか。自分の作品なら一目ひとめでわかるのも納得だ。


 試しに監獄時計で調べてみる。1階だけでも300人以上いると探すのも一苦労だがなんとか見つかった。




【名前】

ダダ・オルレイン


【主な罪】

詐欺、偽証、密売


【詳細】

かつては名工と名を馳せる武器職人だったが、すぐに飽きて旅に出る。その後、唐突に姿を現し、工業都市にて裁判官として5年働くも、その間適当に判決を下し死罪にすること34人。裏では暇つぶしに貴族の子供達に中毒性の高い薬物をお菓子と偽って与え続け薬漬けにし、風の一族を崩壊寸前まで追いやった。




「想像を絶するクズじゃねえか! というか名工なんて言われる鍛冶屋の後は裁判官!? あんた何者なんだ!?」


「わしは忘れっぽいし、飽きっぽくてねぇ。このなんの足しにもならない会話にも飽きてきたところさ。それにどうやらその嬢ちゃんとは相性が悪い。今度来る時は一人で来るんだねぇ、サービスするからさ。ヒッヒッヒッ!」


「美しい物を作るのは美しい心ではないのですね……勉強になります」


 ふむふむ、と頷くフィンリィ。それをまじまじ見つめる俺。


 どうせ次に来てもろくなサービスではないだろうが、裏を返せばフィンリィさえいればまともな物々交換が出来るということだ。そして最近の記憶がないだけなら、この世界についても教えてもらえる。装備と知識はRPG攻略の必須項目だろう。


 もしかしたらこの天使のような彼女も、ダダのような非道ひどいことをしてきたのかもしれない。しかし、過去にどんなことをしていたとしても、そんなことは関係ない。なぜなら——


「フィンリィと呼んでもいいか?」

「はい!」

と天使の笑顔をした後、「私はなんとお呼びしましょう?」と物欲しげな表情で首を傾げる。


「カナタと呼んでくれ」

「わかりました! カナタさん!」

とまた天使の笑顔。コロコロと変わる豊かな表情と愛嬌のある仕草。




 ——そう、なぜなら、可愛いは正義なのだから。




「フィンリィ!!」

「は、はい!」


 いかん、あまりの可愛さに思わず手を握ってしまった。両手で掴むフィンリィの右手は小さく、そして温かい。元の世界ではあり得ない行動だが、今の俺が美少年であるという自覚と、美少女との出逢いに舞い上がった結果の奇行である。


「俺と——じゃなかった」


 危ない危ない、危うくプロポーズするところだった。両手で手を握って見つめ合ってるこの体制がいけないのだろうが、この眼を見てると吸い込まれて自動的に求婚モードになってしまう。


「?」


「俺はこの世界について何も知らない、赤ちゃんみたいなもんだ。武器や魔術についても、てんでわからない。力を貸してくれないか?」


 きょとんとした表情から、すぐに満開の笑顔に変わる。


「はい! 私に出来ることであれ——」




「——独り占めは良くないなあ」




 突然のことだった。


「っ!!」


 言いかけたフィンリィの上半身になんらかの植物のつたのようなものがグルグルと巻きついた。かと思えば後方にグンッ! と引き寄せられ、フィンリィは宙に浮く。それが何者かによってさらわれようとしていると判るまでに時間はかからなかった。


「フィンリィ!!!」


 フィンリィが飛んだ先でその蔦を握っているのは、上半身裸で細マッチョな金髪モヒカン男。フィンリィを後ろから抱きしめるようにキャッチすると、フィンリィの細い首筋に鼻を近づけ、


「んほーーっ!! 若い……っ!! 若い匂いだっ!!」

と狂気に満ちた喜びの声をあげる。


「てんめぇ何してやがる!!」


 一瞬呆気あっけに取られてしまったが、俺は怒鳴りつつも走り出す。


「開け放つは——」


 フィンリィの対応も早く、何か唱えかけたが、男はフィンリィの口をガバッと右手で覆った。フィンリィもその手を振り解こうと顔を動かすも、男の腕の力が振り解けない。


 そして男はフィンリィを盾にするように後ろから抱えたまま、とんでもない勢いで後ろへ跳んだ。ひとっ飛びで10メートルは跳んでいく。こっちも50メートル走なら5秒を切りそうな勢いで走り出したが、その50メートル走を5歩で走破しようというレベルだ。文字通りぶっ飛んでいる。


「エビかてめぇは!!」


 まさか、これから親睦を深めようというヒロインがこんな唐突に連れ去られようとは。

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