第8話 ➡︎胸を覗く

 「え、魔王は倒された?」

「はい、今から17年ほど前のようですね。私もところどころ記憶がないので詳しくはないのですが」


 森の入り口から少し離れた、地面が見えるところに座り込み、この世界について話を聞いていた。時折フィンリィは木の枝で地面に絵を描いてくれるが、どうやら絵心は無いらしい。今、誰かが通りかかってこの地面の絵を見たら、3、4歳の子供と遊んでいたと思うに違いない。実際もう、どれが魔王の絵でどれが英雄の絵か区別はつかないが、とにかく、なんとなくの世界観は理解できた。


 この世界はたった一つの巨大な大陸にある、たった一つの巨大な国だそうだ。


 以前は5つの国に分かれていたが、17年前に魔王が現れた際に一つに統一された。今ではそれぞれが巨大な都市となり、中心に王都、東西南北にそれぞれ大都市がある。大陸をドーナツとしたら、中央の穴が王都で、バッテン状に四等分したのがそれぞれの大都市になるという分かりやすい形だ。


 意外なことに、この脱獄を許された監獄プリズン・タワーは一応王都の北の外れにあるのだという。まあ、王都とはいえ以前まで国だったものだから、アメリカの国土くらいはあるようだし、東京の中にも田舎はあるから、その田舎に建てられているというところだろう。


「今から17年前、今では”帝王”と呼ばれる男によって、魔王は召喚されました。魔王は世界の4分の1、現在で言う北の大都市のほぼ全てを破壊しましたが、現れた”小さき英雄”クロス・レインによって打ち倒されることになります。クロス・レインは当時わずか14歳の少年でしたが、尋常ならざる秘術の才をって魔王を討伐し、そして命を落とすことになります。つまり、相討ちですね」


「”小さき英雄”クロス・レイン……14歳とはほんとに小さいな」


「魔王の体は頭部、四肢、五臓六腑をバラバラにされ世界に散っていきました。現在の人間対魔族において残った使命は、散らばった魔王のはらわたを滅ぼすことにあります。クロス・レインや各都市の騎士団、最高戦力である”王宮騎士団”の活躍により、頭部と四肢、心臓は破壊済みのため、残るは心臓を除く10個のはらわたを残すのみです。これらを滅ぼすことでこの世界に魔族が生まれることはなくなり、真の平和が訪れることになる……と思われていました」


「思われていた? それにしても魔王に五臓六腑があるとは随分人間っぽいんだな」


「魔族の中でも高位の魔族は人のような見た目で、人のように知能がありますからね」

と、フィンリィは何も知らない子供に諭すように優しく笑ってみせる。


「しかし実際は、人間対魔王の構図から、人間対人間の構図に移行し始めています。昔から人間同士の抗争はありましたが、魔族が滅び始めたことで、その矛先が人間同士に向き始めているのでしょう、皮肉な話です」


 魔族は必要悪だった、というところか。確かに、共通の敵がいた方が集団は団結するという話を聞いたことがある。


「そして現在、世界にとっての悪として君臨するのが帝王と呼ばれる男です。彼を含むたった11人の犯罪集団は、悪虐の限りを尽くし、世界で一番危険な存在とされています。彼らは魔王召喚だけでなく、近年、王都の地下深くにある宝物庫から世界二大禁書である”魔導書”を強奪し、再び世界を震撼させました。その魔導書は世界を揺るがす力を持つと言われる道具ですから、彼らは今もなお世界を揺るがす存在ということです」


「バチクソ悪い奴と、その悪の組織ってことだな」


「”バチクソ”ってなんですか?」


 キョトンとする顔も可愛い。


「んー、”とっても”みたいなもんだ。それで、その組織の目的はなんなんだ? 世界征服か?」


「わかっていません。とにかく、力をつけてきているのは確かです。彼らの行動は異常で、堂々とひとつの町を占領し、その町の住人を人質に立て籠ります。そして決まって30日後に解放して次の町へ移動します。もちろん逆らえば殺されますし、食物や、金品、貴重品は奪われ、家畜のように扱われます。30日後には生きてまともな精神でいられる住人は半数以下になるそうです。彼らは自分達に名前をつけることはありませんが、その様子から”30日の帝国カオスルゥナ”と呼ばれています」


 なんとも現実味の無い話だ。なにせ今はこの塔の中が世界の全てだ。囚人役を仰せつかった俺ごときにはテーマが壮大過ぎる。


「まとめておくと、17年前に30日の帝国カオスルゥナの帝王によって魔王は召喚されたが、小さき英雄クロス・レインによって相打ちで倒された。当面の人類の目標は、残った魔王のはらわたほろぼし、悪の組織30日の帝国カオスルゥナを倒すこと、といったところか」

「その通りです! 伝わってよかったです! ……ただ、囚人である私たちが正義の味方目線で話すのもなんなのですが……」

「た、確かにな……」


 以前までの罪がわからない我々が善良な市民目線で話しているのはなんとも太々ふてぶてしい話かもしれない。お天道てんと様も苦笑いしてることだろう。


(まさか、この体の主がその30日の帝国カオスルゥナの一員でした、なんてことはないよな……?)


 ふと、そんな考えがよぎった。てっきり「異世界に呼び出されるのは正義のため!」のような先入観が、囚人の体になっても未だにこびりついていたが、普通に考えたらそっちの線もあり得るのか。そう言えば異世界転生モノでも悪役に転生する話は聞いたことがないわけじゃないし、そっち側なのか? こちとらアニメやゲームと言えばヒーローモノで育っているし、そんな配役は願い下げだ。


「世界についての話はこんなところです! 次は”精神不変の原理プラセボ”についてです!」


 まるで先生にでもなったように腰に手を当ててそう言うと、改めて木の枝を持って地面に円を描き始めた。どうやら魔法陣の類のようだ。絵と違って魔法陣の方は随分綺麗に描けるのはどういう理屈なんだ。


 そして、なんということだ。


 今まで話に夢中で気付かなかったが、四つん這いになって地面に描くその姿勢と、先ほどモヒカンに乱暴された際に服が伸びたせいだろう。


(む、胸が……!)


 襟元がよれて胸と、それを守る水色のブラジャーが丸見えだ。しかも魔法陣を描くその振動でわずかに揺れている。これはあのパンツの一件に負けぬ絶景。ファンタジーの世界でもパンツとブラジャーが標準装備であることは喜ばしいような、無ければ無い方が良かったような。


(のぞき魔と言われても構わん! 無法地帯に罪は無しっ!)


 そんな俺の邪念をよそに、フィンリィは説明を始める。すまんフィンリィ、真剣に話をしてくれているというのに。だが無知な俺には必要なことだ、ちゃんと説明してくれ。俺もちゃんと聞くし、ちゃんと見る!

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