第9話 ➡︎プラセボを知る
「少し話しましたが、
わずかに波打つ胸を堪能しながら、「なるほど」と相打ちを打つ。俺の身体能力が上がっているのは、体の主の基礎修練によって既に心術を使えるようになっているから、ということだ。どうりで筋力だけでどうにかなるレベルの走力じゃないわけだ。
「イメージの仕方ひとつでパンチの威力が変わったりしますよね? 武術における
「思い込みの力……」
「とは言っても今現在の思い込みじゃありません。幼少期に培った、偏見……とでも言うのでしょうか。例えば、両の手を激しく擦り合わせると、摩擦で手のひらが熱くなりますよね? この時、『手を擦れば熱が生まれる』と考え、さらに『熱が生まれるのなら火が出るに違いない』と信じ込んでいたとします。もちろん実際はそんな簡単に火が起こるはずはありません。しかし子供心に、そういう、信じ込んでしまっていた経験ってありませんか?」
「んー……まあ……そうだな……俺も子供の頃は誰かに出来ることは俺にも出来ると思ってたよ。あいつがあれだけ速い球を投げられるんなら俺にも投げられるに違いない、とか」
「そんな感じです! そして、その子が心術を覚えると、それは現実になります。つまり、
思ってたような超能力だとか異能だとかとは少し違うが、なんとも、妙に納得感のある話だ。であれば先程の変態エビモヒカンの異常な脚力を生んだ思い込みは、『今日は昨日より高く跳べた。だから明日はもっと高く飛べるに違いない』と言ったところか。
そして残念なことに、フィンリィは魔法陣らしきモノを描き終え、立ち上がってしまった。俺としたことが、話に気を取られて胸を眺めるのが
「でも、それを言ったら俺は誰よりも速い球を投げられるはずだし、誰よりも速く走れるんじゃないか? 火を起こせる奴もたくさん出てきそうだ」
「良い発想ですね! 確かに、古くはその発想を元に研究が重ねられていました。火を起こせる経験を同じように経験させれば、任意の
描き終えて手が空いたのを良いことに、身振り手振り全開で説明してくれるフィンリィ。俺より頭ひとつ分ぐらい小さい彼女の懸命な仕草を見下ろしていると、気分的には必死にエサを貰おうとお手を連打する子犬を見ているのに等しい。教えてもらっておいてなんだが。
「血は秘力の根源であり、人間の情報の塊です。言わば血は『ガラスの器』で、経験は『
「なるほどな……血脈を大事にするのも理由があるというわけか。ところで、フィンリィの
「私の
フィンリィに服を引っ張られながら、俺は考えていた。
つまり、「速い球を投げられるに違いない!」と思い込んでいようが、それを再現する適正のある血を持たなければその能力は得られない、というわけだ。
ということは俺が手にする力は、この体の主が元々持っていた
「これ、描く必要あるのか? さっきは手で印を結んで人魂みたいの出してたが」
「方法が色々あるんですよ! さあいいからいいから!」
霊法陣と呼ばれる、魔法陣の親戚の上に立たされると、フィンリィは例の青白い光に包まれ、
「開け放つは霊界の門 我
不可視の意志を
すると俺の影が薄れていき、炙り出しのように文字が浮かび上がってきた。というか文字の部分だけを残して、他の影が消えていったというのだろうか。その影で書かれている文字は以下の通りである。
名前 :
条件 : 持ち主に借りる事を了承させ、対象に触れる。
効果 : 対象を借り受け、その事実を7日間忘れさせる。
「なんだこれ……」
ダサい。ダサ過ぎる。
まず名前がダサい。物乞いって……もっと、なんかこう、身体能力が飛躍的に上がるとか、波動弾が撃てるとか、時間が止められるとか、カッコいいやつを期待してたんだが。一応小さい頃はかめはめ波が撃てると信じてたし。しかも期限が一週間って、どこのレンタルビデオだよ。
小さい頃の偏見がこの能力になっている、というのがまた情けない。確かに、幼馴染はアホほど金持ちだったから、ゲームやらオモチャやら、いくら借りてもすぐ貸したことを忘れていた。
例えばシャーペンを借りたときは、数日後、それを使う俺に向かって「お、良いシャーペン持ってるじゃん!」と
「とてつもなくかっこ悪い上に実用性を見出しにくいんだが」
例えば敵から武器を奪うとしても、まず借りる事を了承させる必要がある。魔獣相手には通用しないし、敵対する関係において、こちらに武器を渡してくれる時点で、相手からしてもあげているようなものだろう。
だが、全く無意味な能力という訳じゃない。この塔で借りることが意味を持つものと言えば、ダダの店だ。あの詐欺ジジイから一瞬でも借りることができれば、言ってみれば借りパクできる。品揃えは相当ある。うまく行けばアイテムには困らなくなるな。目にモノを見せてやるぞあのジジイ。
フィンリィも覗き込んで確認する。「こいつどんな幼少期だったんだよ」と思われないことを切に祈るばかりである。
「……そうですね、確かに使い方が難しそうです。ただ、
「そうなのか? 珍しいのは嬉しい気もするが、王は王でも借金王だぞ?」
「でも王様は王様ですよ! 元気出してください!」
「元気出して、は逆に落ち込むべき事だと聞こえるぞフィンリィ」
「ハハハ……」
フィンリィが力無く笑った時、
「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁ!!!」
女の悲鳴が聞こえた。
森の中から、絹を裂くような声だった。遠くから聞こえていたが、それが鬼気迫るものであることは、見合わせたフィンリィの目が思わず見開いていることからも分かる。
「森の方からだ!」
「待ってくださいカナタさん!」
俺は走り出していた。それはこの世界に来てから出会った女の子が二人とも可愛かったから、というのもあるだろう。女性=可愛いという方程式が無意識に組み込まれており、つまりは「かわい子ちゃんに危機が迫っている!!」という先入観を疑う
そしてその予想は的中することになるが、同時に違う形で裏切られることになる。
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