第2話 ➡︎話を聞く
「はぁ、まったく。世間はお祭りの時期だって言うのに、罰当たりな奴らねー」
美人の軍人さんに見える。
彼女の見た目は20歳前後。身長は160程度。澄んだ深い海ような藍色の長髪は腰までまっすぐ伸びており、艶があって美しい。よほど手入れされているであろうその髪は、少し顔を動かすだけでサラサラと揺れる。瞳もコバルトブルーの宝石みたいだ。
さらに全体的にスタイルが良く、青を基調とした軍服のようなものを着て分かりにくいが、
下は裾が広がったスカートになっており、組んでいる脚もまた長く、細いが女性らしさがある。俺の世界では「美し過ぎる軍人さん」として名を馳せるだろうが、目つきはジトッとして覇気がない。
「うおおおおお!!」
怒りに顔を
その時、気づいた。
(体が軽い……!)
しばらく引き篭もっていたせいだけじゃない。脚がバネにでもなっているかのように、体が面白いぐらいグングン前に進む。しかし、ギリギリ間に合わない。スタート位置が悪かったんだ。
男は足元の壊れた扉の木片を拾い上げて、それこそ木製バットで野球ボールでも打とうという具合に、藍色の髪の子の側頭部目掛けてフルスイングした。それでも彼女はじっとして、男を見ようともしない。
「逃げろ!!」
叫ぶも
——しかし、彼女は全くの無傷だった。
「へ?」
マジックショーでも見せられてるのか?
殴られたことにすら気付いていないのではないかというぐらい、殴られる前と変わっていない。いや、変わったことと言えば髪が少し乱れたことと、両手でティーカップを覆って中の飲み物を木片から守ったぐらいか。完全に全ての衝撃をその美しいご尊顔で受け止めたはずだが、無事である。まあ、それは実に喜ばしい。むしろ男の方がハァハァと息が上がっている。
そしてようやく彼女は男の顔を見上げ、「もういい? 座って?」と言い放ち、俺を見て「あなたもよー」と付け足した。
か弱そうな少女の恐るべき頑丈さに少しゾッとしつつも、俺もテーブルについた。男も折れた木片を床に投げ捨て、舌打ちをしてドカリと椅子に座った。
「あんた、大丈夫なのか……?」
「へーきよー。説明をするから聞きなさい。喋る量を増やさないでよ」
「説明ってなんの?」
「なにって、ここについてよー」
「いや、それがわからないんだ。ここはどこで、あんた達はなんなんだ?」
初めて、彼女の眉がピクリと動いた。
「わからないと言っても、迷い込めるようなところでもないわ。地下道を通ってきたんでしょー?」
「どうやら記憶を失くしたらしい。教えてくれ、ここはどこで、あんた達は誰だ?」
一応用意していた嘘を言うと、彼女はため息を落としてから続ける。
「あー、なにー? 記憶なくすの
と言いながら立ち上がる。
「私は美人看守のリリィ・アウラ・マリーア・デ・ヴィレム・フリーダ・レメディアス……まーいいわ」
「最後まで言えよ……」
「リリィとお呼びなさーい? そしてここは”脱獄が許された監獄”、プリズン・タワー。あなた達はゴミで、ここはゴミ箱ってところかしらねー。この筋肉バカは産地直送とれたてのゴミAよ」
「……か……監獄……!?」
監獄だと……?
いやいや待て待てぃ。
話が違う。こんな塔には神様やら女神様やらがいて、何かしらの能力やら装備やらが貰えるのが相場なんじゃないのか? RPGで言えば最初の町だぞ。僅かにでもこれから冒険が始まるんじゃないかと期待していたのに、監獄だと? じゃあ俺はそんなことも知らずに自分からホイホイ監獄に入ったってことか?
こちとらちょっと借金が多いだけのザ・善良市民だぞ? おばあちゃんにも毎月手紙を書いてるんだぞ?
「ちょ、ちょっと待て! そりゃ立派な人生とは言えないが、俺は何もしてないぞ!」
「あら、記憶が無いんじゃなかったのー? なんでそう言えるのかしら?」
「た、確かに……」
そうか、言われてみれば確かにそうだ。
この体が自分のものじゃない以上、罪を犯した誰かの人生の続きであることも考えられるはずだ。そんなことが思いつかなかったのは、漠然とこの体は"設定の上での器"のようのものだと思っていたからだろう。
例えばゲームの世界に転移したのであれば、"勇者"という設定のキャラクターとして始まる。ゲームのキャラクターにあるのはあくまで"設定"であり、"歴史"ではないように感じていた。だがそれは俺の視点での話だ。この体が誰かの体なら、当然ここに至るまでの歴史もあるのか。歴史があるのなら、背負うべき業もあるのかもしれない。
なら、この体の主は一体何をしたんだ?
「それであなた、名前は?」
「俺は……」
この体の名前はなんだ? 小学生じゃあるまいし、服に自分の名前が書いてあるなんてことはないだろう。仮に短剣に刻印があっても、普通は鍛冶屋か剣の名前だろう。とりあえず俺の名前を言っておくしかないか……。
「
「それは覚えてるのねー。カナタが姓?」
そうか、ファミリーネームが後か。
「あーすまん、姓はアタナだ」
「ややこしいわねー、音も似てるし」
「ほっといてくれ」
「凶悪犯なら知ってることもあるけれど、私は知らないわねー。ちょっとこっちに来なさい」
手招きするリリィに近づく。すると、ものすごい速さで手が動いた——と思った時にはその手に短剣が握られていた。俺の腰にあった短剣が抜かれている。なるほど、やはり只者ではないらしい。
「へー、随分上等なもの持ってるわね」
「そういえば、なんで俺は武器を持ってるんだ? ここは監獄だろ?」
「さー? 私の仕事はここに来たゴミ人間に案内するだけだしー。サービスしてあげるわ」
「随分ザルだな……」
「そんなザルの監獄から脱獄した者は、未だゼロよー」
未だ、脱獄者ゼロ……?
そもそも
「痛っ」
考えを巡らせている最中、俺の右手の甲が少し切られていた。俺から奪った短剣で切ったらしく、手の甲から血が
次にリリィは自分の腰に下げた剣を抜いた。切先から
その剣を俺の右手にかざすと、リリィの体が
「開け放つは天界の門 我
横たわる沈黙を
手の甲に流れる血がうねうね動き、俺の手の甲の上で文字を形成しようとしている。
「すげえ……これが魔法か」
「記憶がないくせに古い言い方をするのねー。でもこれ、魔術じゃなくて”天術”よー」
天術と呼ばれた、俺からすれば魔法でしかないそれを見るに、魔法的なものはある世界らしい。ゲームのファンタジーモノは好きだし結構嬉しいが、それなら始まる場所ってモンがあるだろう。なんでこんなRPGのスピンオフみたいなところから始まらなきゃならないんだ。
俺にしたのと同じように男の腕を切り、血の文字を作っていく。男はリリィの真紅の剣を見ながら「その”
リリィは俺に短剣を返しながら言った。
「その文字は”
罪の重さに応じて設定される懲役のカウンター。もしこの体の持ち主の罪が反映されるのであれば、一体どれ程の数字になるか想像もつかない。解っているのは、最低でもこんなヤバそうな監獄に投獄されるような人間であるということだけだ。
俺は恐る恐る、完成されたその数字を見た。
懲役 0.1年 残り 0.1年
(……すくなっ!)
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