第4話 ➡︎2階を知る

 夜明けを目指す者オルトゥスの完全再現だ。という新たな汚名が加わってるせいで恥ずかしさが増してるが。一回り太い腕がそんな方向に向かうとは思わなかった。


「右腕が発達する一人遊びってなんですか?」

「気にするなフィンリィ」


 フィンリィが首を傾げている。純情なのか、記憶を失ってるのか知らないが、俺のマイナスになりそうなことはこの子には教えないでおこう。


「酒が飲みてぇとは、また随分おマセさんじゃねぇか。いいぜ、ジャンジャン飲め」

「え、いいのか?」

「どうせ今日で飲み干す予定だからな……ヒック。小さな”万象生誕祭フェスティ・ステラ”ってとこだ。こっちに座れ」


(ふぇすてぃすてら……?)


 周りの連中は、もう俺たちのことを気にせず飲み始めていた。酒が入ってるせいか警戒を解くのも早いようだ。


 茶髪の男に丸いテーブルへ案内されると、男は酒を取りに行った。最初は警戒していたが、全員楽しさが勝っているような印象を受ける。よく見ると、全員ウルファ族だ。俺が酒場に入る前に静まったのは、単純に耳が良くて足音が聞こえたからしい。アドンはともかく、友好的な種族なんだろうか。


「フィンリィ、ふぇすてぃすてらって何だ?」


 姿を変えたフィンリィが低い男の声で言う。


万象生誕祭フェスティ・ステラは、年末に王都メレイトリス区で開かれる7日間のお祭りです。水の月の24日から30日までなので、昨日からですね」


 昨日から始まっている7日間の祭りか。ちょうど俺がフィンリィと稚児しい月アドウェルの腕を借りている期間だな。そう言えばリリィも「世間は祭りの時期」だとかなんとか言ってたっけ。


「この世界が7日間で作られたという教えから生まれたとされる、古くからあるお祭りです。その7日間は、普段貴族しか入れないメレイトリス区が解放され、世界中から人が集まり、あらゆることの頂点を決めるんです。例えば剣術、魔術、天術、武術はもちろん、料理、学問、果てはギャンブルなど、様々です」


 種目が幅広いオリンピックみたいなものか。というか、年末のお祭りということはこの世界はもうすぐ新年なんだな。


「貴族達が持て余した財を駆使し、街中を装飾して、盛大に盛り上げるそうです。そこら中で花火が上がり、夜は光の一族が美しい夜景を作るとか。私も本でしか知らないので、一度は行ってみたかったんですが……」


 フィンリィは寂しげな表情で俯いた。脱獄が出来るかどうか自体を案じているようだ。


 フィンリィには返し切れないほど恩がある。連れて行ってやりたいもんだが、脱獄してそこへ行くのは流石に間に合わないだろうか。一応この脱獄を許された監獄プリズン・タワーも王都にあるそうだから、早く出られれば最後の方は間に合うかもしれない。


「脱獄した時、まだ間に合うようなら行ってみようぜ」

「え……そうですね、間に合えば、是非!」


 むさいオッサンが目を輝かせている。仕草が可愛い女の子のそれだから、申し訳ないがちょっと気色悪いぞ。


「待たせたな」


 さっきの男が酒樽と木のコップを持って戻ってきた。


「東の方で取れた果実で2ヶ月かけて作る、俺の自信の果実酒だ」

「おお! 白ワインみたいだな!」

「うめえぞ」


 先に男が飲んでみせた。毒が入ってることはなさそうだ。


 俺も飲んでみる。なるほど、美味い。渋みもなく、スッキリした甘口のワインのようだ。日本なら2000円くらいで売れるだろう。どうせならグラスに入れれば、この透き通る黄金色も映えるだろうが、贅沢は言ってられない。


「うん、美味い! これあんたが作ったのか? 天才だな!」

「ひゃーはっはっ! ガキのくせに味の分かる奴じゃねぇかカナタ! 俺はキーマってんだ。フィンリィ、お前も飲め。ヒック」

「で、ではいただきます」


 この世界では何歳から酒を飲んでいいのか……などと考える必要もないか、どうせ囚人だし。


 本人も別に飲みたくないだろうが、機嫌を損ねるのも得策ではないと感じたのだろう。恐る恐る口に運ぶ。


「……左手を添えるとは上品な野郎だな」


 ギクッ! としてフィンリィは慌てて片手に持ち替え、一気に飲み干す。大丈夫かおい。


「お、美味しい! これがお酒! 勉強になります!」

「そうかそうか! お前らなかなか分かる奴らだぜ!」


 なんだかお姫様に変なことを教えてしまった背徳感がある。飲み過ぎるなよ?


「それにしても、"ヒューマ"族のお前らがどうしてここまで来れたんだ? ここ半年は”人狩り”のドルトのせいでウルファ族しかここまで来れなかったが」

「人狩りドルト? あの弓使いか?」

「なんだ、居なかったわけじゃねぇのか。あの矢を避けられるのは心術を習得したウルファ族ぐらいなもんだ。ヒューマ族じゃあ空気を裂く音は聞こえねぇだろうし、聞こえたところで見えもしねぇだろ」


 ヒューマ族とは俺たち普通の人間のことのようだ。それに対しウルファ族は五感が鋭い。元々鋭い五感が心術によって強化され、それでようやくあの矢が避けられるということか。どうりでウルファ族しか居ないわけだ。


 確かに、俺も見えなかった。俺たちがなんとかなったのはまごうことなくフィンリィの霊視のおかげだ。霊視がイレギュラーな存在である時点で、ここに辿り着くヒューマ族はイレギュラーなんだ。


「ど、動体視力には自信があるんだよ。色んなもの覗いて鍛えた成果かな、ハハハ……」

「ひゃーはっはっ! オメェどんだけ覗きてぇんだよこのドスケベが!!」


 なんか自分で言ってて虚しいが、なんとか誤魔化せた。というか、ウルファ族って楽観的というか、よく言えば気の良い、悪く言えば馬鹿なんじゃなかろうか。


「……ところで、万象生誕祭フェスティ・ステラの時期ってのは分かったが、やけに呑気じゃないか? 脱獄は諦めてるのか?」

「バカ言うんじゃねぇよ! だ。もうすぐ3階に上がれるんだ。そのお祝いも兼ねてんだよ……ヒック」

「3階に上がれる……?」


 脱獄を許された監獄プリズン・タワーの収容人数は確か550人ぐらいで、その内500人は1、2階でつまずいている。ということは、この2階から3階へ上がるのは大きな壁があるはずだ。上に上がる光明こうみょうが見えているのか。


「2階の出口は看守獣クロコダイラスが守ってる。やたらでけぇワニで、とんでもなく鱗が硬ぇもんで、誰も傷つけられねぇ。その上倒したところですぐ”脱皮”して、3回は生まれ変わる。だから倒すんじゃなく、奴が寝てる隙に通り抜けるしかなかった。それがとにかく厄介でなぁ」


 キーマは顔をしかめながら酒を一杯、ゴクゴクと飲み干した。


「プハー! で、なんだったか……あぁそうそう。奴は目が退化して見えねぇ代わりに、聴覚が異常に優れてる。だから足音がしねぇ靴だとか、音を消す血塊マテリアルだとかを使って横をすり抜けようとするわけだが、厄介なのは”歯軋はぎしり”だ。寝てる間、不規則にする歯軋りの音の反響を利用して、奴は周りの空間を把握する。寝てる間の防衛手段ってことだな。横を歩いてる間に歯軋りをされたら、バクリ! だ」


 潜水艦のソナーがそんな仕組みだったな。確か水中に音波を飛ばして、物体の位置や形を把握するとか。


 つまり3階に上がれる奴はクロコダイラスを倒せるほど強い奴か、存在を悟られない精神不変の原理プラセボを持ってる奴か、豪運の持ち主ぐらい、って感じか。フィンリィの不視方陣インビジブルでは、音の反響までは誤魔化せない。確かに1階のプーパとはケタが違いそうだ。


「それじゃあ、なんで上に上がれそうなんだ?」

「近い内に倒してくれる奴が現れたからだよ」


 そんな厄介な、多くの囚人を足止めさせる怪獣を倒せる奴が……?


「——30日の帝国カオスルゥナのカナだ」

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