第3話 ➡︎酒場に入る

 一体どういうことだこれは。


 ダダは「罪の追加は無い」と言っていたし、看守長のお言葉でも「存分に殺し合ってくれて構わない」と言っていた。そもそも、罪が増えるのであれば誰かを殴ったり、ましてや殺すなんて出来やしない。


「どう思う? フィンリィ」

「わかりません……この方自身の問題なのか、それともこの2階の仕掛けなのか……何か妙なことが起きているのかもしれませんね……」


 フィンリィは自身の術で頬の傷を治しながら、眉をひそめていた。


 これは分かりやすい、嫌な予感というヤツだ。ただでさえ無茶苦茶な懲役を背負ってるっていうのに、これ以上増えたらたまったものではない。後6日以内に脱獄が間に合わなければ、フィンリィも稚児しい月アドウェルの腕も失くしてしまう。こんな時に懲役のおかわりなんて御免だぞ。


「なんにしても、警戒するに越したことはないな」

「そうですね。秘術を消費し続けるのでずっとというわけにはいきませんが、定期的に霊視していきます!」


 俺たちは再び南へ向かって歩き始めた。監獄時計を見ると、なんだかんだ走り回ったおかげで、もうすぐ2階の真ん中辺りに差し掛かる。ここまでが2、3キロ程だったので、2階の大きさは直径4〜6キロということになる。1階よりやや狭いだろうか。


「フィンリィ、さっきは俺が指示したが、なるべく人前で霊術は使わないようにしよう。また誰に狙われるかわかったもんじゃないからな」

「分かりました!」


 2階にも200人近い人が居る。殺したくない分、人は魔獣よりも厄介だ。稀有けうな霊術師であることもそうだが、人を狂わすこの可愛さもなんとか隠したいものだが……。


「向こうに大勢の人が居ます。100人近いでしょうか」


 進行方向を指差してフィンリィが言った。


「さっそくか……大勢ってのは嫌な思い出しかないな」


 夜明けを目指す者オルトゥスの件を思い出す。いざという時、組織立っているのであればリーダーを借金王の物乞いレンタルすれば総崩れさせられるが、今は秘力のソールドアウト中だし、人を借りたくもない。


 フィンリィの監獄時計に目をやる。時刻は7時。回復し切る11時まであと4時間程度あるし、まだ少ししか回復出来てない。流石に100人も借金王の物乞いレンタルする秘力は無いだろう。つまり最悪の事態で守ってくれるのは、己の腕力のみ。


 とは言え、情報は欲しい。ダダに連絡する手もあるが、最終手段にとっておきたい。


「一応距離を取りながら様子を見てみるか」

「はい!」


 進んでみると、大きめの一軒家が見えてきた。こんなところに木造の一軒家を建てるとはご苦労なことだ。ちょうど2階の中央に位置している。


「ん……この匂い……」


 酒だ。


 酒の匂いがする。ワインのような。


「あの中にその100人が居るのか?」

「はい。酒場のようなものでしょうか」

「2階のど真ん中に酒場か……」


 まさかこんなところに酒があろうとは。


 飲みたい。


 正直飲みたい。


 はたから見れば17、8歳の少年だろうが、中身は30歳の中年だ。元の世界では毎晩睡眠薬代わりに飲んでいた。そして有難いことに、ここには法律など無く、こんな見た目でも咎められることは無い。


 さらに近づいてみると、中で騒いでいる声が聞こえてきた。随分楽しそうだなおい。一応ここは監獄だぞ。


 ——ずるい。


 完全に諦めていたのに、目の前にそれがあると分かると、途端に飲みたくなる。


「カナタさん……なんだか震えてます……?」

「……フィンリィよ、俺は情報収集に行ってくる。外で待っててくれ」

「私も行きます!」

「ダメだ、こんな可愛い子が来たらまた攫われちまう。前みたいに胸を触られたくはないだろ?」

「なら、こうします」


 フィンリィが青い光に包まれる。何をする気だ?


「開け放つは霊界の門 我 おもうは妖狐ようこの使者

なんじ 願いを汲み取り渡す 化かされたがる全ての者へ

変化ムタチオン


 ボンッ、と白い煙が現れ、フィンリィを隠す。


 煙が晴れると、元のフィンリィとは似ても似つかぬ、ヒゲ面のむさいオッサンの姿へと変わっていた。


「忍者かよ……」

「どうですか! 集中すれば1時間くらいはこれでいられますよ!」


 声までオッサンだ。えっへん! と腰に手を当てる、むさいオッサン。なんだか、急にモチベーションが下がった。


「……まあ、いいだろう」


 可愛い女の子という、この世界における大きなモチベーションが無くなったが、とは言え一人で中に入るのは心細い。正直、助かる。


 オッサンのフィンリィを連れて扉の前まで来た。


 すると、騒がしかった中がピタリと静かになった。


(何かあったのか……?)


 扉に耳を当て、中の音を聞いてみる。何も聞こえない——と思った時、


「うおっ!」


 扉が急に内側へ開き、体重を預けていた俺は転びそうになりながら酒場の中に入った。


 目の前にいるのは、恐らく酒のせいで顔が赤くなっている、茶髪でウルファ族の男だ。


「誰だ、テメェ」


 辺りを見渡すと、100人近い男どもが、席についたままこちらを睨んでいる。どうやってか知らないが、俺たちがこの建物に近づいた時点で存在に気づかれていたらしい。異様な空気だ。酔いのせいで目が虚ろな者が居るものの、これだけの人数が居ながら全員黙っているというのは、妙な緊迫感がある。


 俺はゴクリと生唾なまつばを飲んでから、なるべく無害を装って言う。


「いやぁ……ハハ……酒の匂いに釣られて来ちまっただけだ。今2階に上がってきたばっかでさ、敵意は無いよ、いやホントに。俺はカナタ、こっちはフィンリィ」


 この世界ではどうか定かではないが、「フィンリィ」は男でも居る名前だから問題ないだろう。目の前の男はすぐに監獄時計を開き、俺のことを調べ始めた。他の連中も調べる奴が何人か居る。


「大したことは無い、ただののぞきだよ。こいつも記憶を無くしてる。誰かに罰を与える必要は無いから安心してくれ。2階について話を聞きたいのと、ちょっと酒を恵んで欲しいだけだ」

「のぞきぃ? ヒック」


 酔ってはいるが、全員警戒はできるぐらいには正気なようだ。流石にこんなところで泥酔するほど馬鹿ではない。


 嘘は真実を織り交ぜると分かりにくい。名前も、罪の中身も本当だ。俺の話を嘘と思うには、今俺に起きていることは突拍子も無さ過ぎる。


(頼む……大人しく信じてくれ……)


「のぞき、変態……ヒック……なし……ヒック……お前ら、見たか」

「ああ」


 夜明けを目指す者オルトゥスの時を思い出す。あの時とは違い、今は応戦する力も多少ある為、少しは心に余裕がある。とは言え、ここは信じて欲しい。余計な争いは起こしたくないし、酒も飲めなくなる。


(どうだ……?)


 ダンッ! とテーブルを叩く音がした。音がした方に目をやると——


「ひゃーはっはっは!!」


 笑い出した。


 それに釣られて、全員腹を抱えて笑い始めた。


「ハハハ!! のぞきだけだとよ!!」

「若ぇのに嫌な性癖持っちまって大変だなぁ坊主!!」

「どんだけ悪質なのぞき方したんだおい! よく2階まで来れたもんだ!」

「右腕だけやけに発達してると思ったら、のし過ぎだぜガキぃ!」

「ひゃーはっはっ!! おもしれぇ……!! 死ぬ……!!」


 おお、なんというデジャヴ。

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