第4話 ➡︎中に入る

 「し、死んでないよな?」

「死んだ方がポイント高いわよー」

「ポイントも何も、懲役0になったぞ? もう出られるんじゃないのか?」

「そうねー、出ればいいわー、最上階から」


 懲役0になったのにすぐに出られないとはどういう了見なんだ。無茶苦茶だぞ。


 だがそれは、この脱獄を許された監獄プリズン・タワーに投獄されることはほとんど死、あるいは無期懲役であることを意味しており、ここに来ることの罪の重さを表してると言える。


「リリィはどうしてるんだ? まさかここに住んでるのか?」

「なによ、悪い? 私はここが気に入ってるのよー」


 リリィはそう言いながら、タンスのようなところから何か取り出している。


「ところであなた、その0.1年ってなんなの? 少なくとも記憶を失くした後で思い当たることがあるはずだけれど」

「うーん、それは……たぶん、パンツを覗いたせいだ」

「なっ……! いつの間に……!?」


 驚愕しながらリリィは自分のスカートを隠す。


「いや違う違うそうじゃない!」


 リリィはほんの少し顔を赤らめている。あまり感情の無い奴だと思ったが、こういう話には狼狽うろたえるんだな。俺的ポイントは高い。


「他に覗くって言ったら……まーいいわ。設定したから、これを左手首に巻いて」


 そう言って、リリィはこちらに何かを投げた。咄嗟に受け取ると、骨董品の腕時計のような物だった。文字盤は24まであり、針は一本しかないところから見ると、短針だけの時計だろう。1日が24時間であるところも助かる。あとは日付を表すものだろう、”水の月 24日”とある。


「その”監獄時計”は、横のボタンを押すとだいたいの地図と現在地、各階に居る囚人のちょっとした情報がわかるわ」


 監獄時計を左手首に巻き、言われた通りボタンを押すと立体映像のように透明な塔の模型が浮かび上がった。こりゃあ近代化学も顔負けのホログラフだ。現在地と思われる場所が白く点滅しており、その階のゴールらしき所に赤い印がある。ここは南の端で、ゴールは北の端。秒針を合わせる時の要領でボタンを押したり回したりすると操作できるらしい。


「収容人数が542人で……現時点で1階が312人、2階が198人、3階が22人、4階が8人、5階が2人……おいおいほとんど1、2階でつまずいてるじゃねーか」


 続いて1階の囚人リストを開くと、一番上に”カナタ・アタナ”の文字があった。その名前を選択すると、さらに詳細が出てくる。




【名前】

カナタ・アタナ


【主な罪状】

のぞき


【詳細】

変態




「おい……これあんたが今設定したのか?」

「そうよー」

「なんだこの適当な設定は!!」


「だってあんたの事知らないし書くことないものー。知らない罪人でも何をやったか尋ねれば、決まって嬉々として自分がいかに悪いことしたか語ってくるものだけれど、忘れてるんじゃ書きごたえもないしー。私たちのささやかな善意で書いてるだけだしー。はい! 私の仕事は以上! お風呂に入る時間だからさっさと出てってちょーだい。喧嘩の続きなら外でね」


 赤髪の男が宙に浮いた。リリィがやっているらしい。そのまま見えない担架に運ばれるように外に飛んでいき、ドサッと落ちる。よく見るといつの間にか左手に監獄時計が巻かれている。こいつには説明はしないでいいのかよ。


「その魔法……天術ってのはどうやって使うんだ?」

「あのね、ここで講座でも開かせるつもりなの? そんなの1から教えられるわけないじゃない。何でも答えると思わないで。というか、そんなことまで忘れたのー? 雷にでも撃たれたんじゃないのあんた」


 そう言ってジトッとした目で俺を見る。ちょっとくらい良いじゃないか教えてくれたって。


「……まー確かに、記憶がないのは不憫っちゃー不憫ね。本来、記憶喪失は減刑か免除の対象になるし」

「そうだろ!?」

「でも残念ながら、あなたは魔術と天術が使えないわよー。あなたの問題じゃなくて、聖域ってそういう場所なのよ。私が使えるのはこの血塊マテリアルの剣があるから」

「魔術と天術とマテリアル……?」


 はぁ、と小さくため息をついて続ける。


「魔族の力を使うのが”魔術”。神々の力を使うのが”天術”。ここで使えるのは”心術”と”霊術”だけ。そーいった超常的な力を操る5つの術の総称が”秘術”。世界には神々や魔族の恩恵を受けられない場所があって、それを”聖域”と言うの。血塊マテリアルは”秘力”を持つ生物の血が凝固したもので、その生物の力を使うことができる。高名な秘術師の血塊マテリアルはこの世で最も硬度の高い物質になるわ」


 えーと、急に多い多い情報が。似た単語が多くてわからん。俺の学業成績の悪さをナメるなよ?


 えーと、つまり秘術っていうのは不思議なチカラ全体を指した言葉で、魔術とか天術っていう分類があるよ、と。”格闘技”の中に”ボクシング”や”空手”がある感じね、はいはい。そんでその格闘家が使っていたグローブをはめると、得意技だったコークスクリューパンチが使えるようになるよ、と。だけどもこの塔はボクシングと空手は使用禁止のリングだよ、と。


 なんだそのプレイヤーにトラウマを植え付けるRPG中盤の難関魔法禁止ダンジョンみたいな設定は。まあ逆に言えば、そういう場所だから監獄が建てられたのか。魔法使い放題の場所じゃ看守なんて殺されかねないもんな。


「へぇ……だけど、そんな物持ってたら危険なんじゃないか? ここに来るのは極悪人だろ?」

「あら、私の心配をしてくれるなんて気持ち悪いわねー。余計なお世話よ? 私はここにいる限り最強だし、この地に立っている生物の動きは全て把握している。これは国宝級の血塊マテリアルなのよー」


(あの異常な頑丈さの正体はそれか……)


 つまり、リリィが持つ血塊マテリアルという不思議アイテムは限定的にめちゃくちゃ強くなれるものらしい。先程見せた防御力もさる事ながら、この凶悪犯罪者が蔓延る場所で、お宝のようなアイテムを持っているのに呑気のんきに暮らしているわけだから、その効果の絶大さが伺える。


 リリィはまたふぅ、と息を吐いた。前髪が暖簾のれんのように揺れる。


「まったく……今日は普段の3倍喋って疲れたわ」

「こんなとこに引きこもってたらな……」

「私は怠惰で安定した生活の為にこの仕事に就いたのよ、邪魔しないでくれるー? あっちから出られるから。さー行った行った。もうすぐお風呂に入る時間なんだから。後は死ぬなり出るなり勝手にしてちょーだい」


 やる気のない公務員のようなことを言われながら、なんの感慨もなく小屋を追い出された。リリィが指さした方を見ると、入り口の反対側に四角く切り取られた出口がある。その先はやけに明るい。


 小屋の方を見ると吹き飛んだドアが逆再生のようにみるみる直ってる最中だった。まったく、便利なチカラだ。


 それにしても——


「さて、どうしたもんかね」


 難関ダンジョンと思われたこの塔だが、懲役残り0という、最上階への直行チケットを持っている。入ったばかりで悪いが、ソッコー出させてもらうぞ。とは言え、これで「おめでとうございまーす! 出口はあちらになりまーす!」となるとは思えない。


 真面目に考えてみる。懲役30年の囚人を気絶させたら、少なくとも0.1年減った。最低でも対象を気絶させると懲役の300分の1は減るということになる。殺せばもっとだろう。懲役を0にすること自体は、そこまで難しくないのではなかろうか。


 だが、いずれにしても懲役0.1ということは他の囚人から命を狙われにくいということでもある。他にどのくらいの懲役の奴が居るのか知らないが、これは有利に働くかもしれない。


 というかそもそも、俺は誰に、なんの為に呼び出されたんだ? あのパンツの主だろうか。あるいは、この体の主自身ということも考えられる。「うわー、こんな監獄抜け出せそうにないっすわー、異世界から召喚して代わりにやってもらおっ」みたいなノリだったら許さないからな。


 ただ、誰に、なんの為に呼び出されたかは知らないが、不思議と役に立ちたいという気持ちは、ある。元の世界で、信用なら失いに失い、失い尽くした。だから頼られるということそのものに自分の価値を感じてしまっているのだろう。


 せっかく宝くじの1等級の珍妙な経験だ。勇者なら勇者なりの役割を果たしておきたいところ——まあ囚人だけどな。


「とにかく脱獄を目指すしかない。とりあえず、情報収集からだな」


 1階には300人以上の囚人が居るはずだ。とはいえそれだけの人数が生活できる広さとは思えないが……。


 そう思いつつもリリィが指差した部屋の出口から出た。眩しさに一瞬目を伏せるも、すぐに目が慣れる。そしてその景色を見て、広さの謎がわかった。


「……外?」

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