第12話 ➡︎顔を覗く
「む……?」
銀髪フィンリィが、ふいにふらついた。地面に片膝を立て、白い装束から白い生足を晒す。
まずい。フィンリィの体にガタが来てるんだ。銀狐の感覚にフィンリィの体がついていけてない。
「成程……
そう呟いた時、銀髪フィンリィの体が激しく発光した。変身した時と同じ、閃光弾の輝き。
「くっ……今度はなんだ……!?」
光が収まると、元のオレンジ色の髪。なんだかわからないが、本来のフィンリィの姿に戻っていた。ドサリと前のめりに倒れ込む。
「フィンリィ!!」
駆け寄り、抱き起こすと、「う……」と反応があった。良かった、息はある。
フィンリィは開けづらそうに目を開けると、「カナタさん……上手くいきましたか……?」と、いつもの口調で尋ねてきた。
「まあ……ギリギリな……」
どうやら術が切れたらしい。助かった。さっきまでの妙な威圧感も、異常な冷気も消え去っている。
「全く……なーにが『上手くいきましたか』よ。こっちは生きた心地がしなかったわよ」
リリィは呆れた顔をしながらも、ホッとしている様子で地面に座り込んだ。
結果だけ見れば、上手くいったと言えるのかもしれない。俺は秘力をほとんど使うことなく、リリィとフィンリィだけで片付けてしまった。
荒野には、三度目の死を迎えたクロコダイラスが、バラバラの氷塊になって散らばっている。もう脅威は無い。
しかし、胸に残る、この良い知れぬ不安。
俺は自分の心臓に手を当てた。
ドクン、ドクン、ドクン。
確かに動いてる。生きてる。
クロコダイラスが居なくなってもなお収まらず、早いテンポのまま、脈を刻んでいた。
—*—*—*—*—*—*—*—*—
*—*—*—*—*—*—*—*—*
——数分後。
後でフィンリィに聞いた話では、あの霊術に使う秘力の範囲をあらかじめ設定してあったらしい。つまりフィンリィの持つ秘力の総量の2割を切れば、強制的に術が終了するようになっていたという。
さらには、あの銀狐は元より俺たちを攻撃することは出来なかったのだという。術の性質上、攻撃対象は決められており、それに従うように出来ているのだと。今にも俺を攻撃しそうなセリフも、あの銀狐の”笑えない冗談”に過ぎず、リリィが霊術に詳しくない事が相まって、あのような恐怖体験が生まれてしまったというわけだ。
フィンリィの命の危険も、俺たちの命の危険も、全て
とは言えフィンリィ自身も初めて使った術ではあったため、具体的にどのような性格のものが憑依するかは知らなかったらしい。だからまたしきりに謝ることになるわけである。
「ごめんなさい……」
俺たちは2階の出口に向かって歩いていた。
リリィから
「ほんっといい加減にして欲しいわよ。私がもうちょっと元気だったらあんたを丸焼きにしてるところだったんだからねー?」
「ごめんなさい……」
「まあまあ。結果的には予定より上手くいったんだしいいだろ」
そう、結果的には良かった。リリィもフィンリィもだいぶ秘力を使ってしまったが、俺はほとんど満タンだ。3階に上がった瞬間に何かあっても守るだけのチカラはある。
3人で南の端の出口に向かって歩いている。リリィは嫌味を垂れながらプンスカしていて、フィンリィはしょんぼりしていて、なんとも平和で何よりだ。二人とも見た目には疲れているのがわからないぐらいの消耗で済んでいる。
しかし、俺は胸騒ぎが収まらずにいた。
なにか、得体の知れない大きなモノの中に居るような。
初期症状の無い、命を蝕む病に冒されているような。
取り返しのつかない岐路を、とっくに通り過ぎてしまっているような。
嫌な予感。そう、簡単に言えば嫌な予感だ。
「待ってください、誰か居ます」
フィンリィが不意に立ち止まった。目の前には出入り口の黒い部屋。この中にはアマルティアの天秤があるだけだ。
「こんなところに人がいるの? あのワニが居て誰も近寄れなかったはずでしょー?」
「あのワニが居て誰も……おい、まさか——」
何年もクロコダイラスに守られていた出口だ。誰か居るはずが無い。居るとしたら——
「
「おそらく」
フィンリィは短くそう言った。確か、奴はローゼスとやりあって秘力を消耗している。ウルファ族の連中曰く、それが充分に回復する前に出発した、と。だからここで休憩していたのではないか?
以前3階に上がった時は、クロコダイラスを倒して行ったと聞いた。だが今回は俺に押し付けるだけだったから、秘力の消耗が少なくて済んだんだ。そして3階に上がる前に、改めてここで優雅に休んでいるわけだ。
あいつには借りがある。それに、何か妙な予感がする。俺がこの世界で生きる上で、あいつを避けては通れない、運命のような何かを感じるんだ。
「ちょっとカナタ! どうする気!?」
「少し顔を拝むだけだ。事と次第によっちゃぶん殴るけど」
「無茶です! 相手は史上最悪の組織の一人ですよ!?」
「私たちも大して手助けできる状態じゃないわ。余計な問題を起こさないでよ」
「でもここでのんびりしてたら新しいクロコダイラスが出てきちまう。俺たちは進むしかないだろ。それに相手は手負い。そう簡単にやられたりしねぇよ」
「でも…‥」
俺はリリィの手を払い、歩き出した。
「別に必ずやり合おうってわけじゃない。様子を伺うだけだ。無理はしないよ」
「それなら距離は私が決めます。私がこれ以上進んではダメと言ったらダメです。いいですね?」
「わーかったよ、それでいい」
黒い部屋の中を進んでいく。造りは1階とよく似ていて、洞窟のようになっている。
奥の方に、二つの部屋が見えてきた。
「居るな。右側の部屋の前」
黄ばんだ白い布の服。フードは脱いでいるが、後ろ姿だ。左の部屋に石像があり、右の部屋に入り込もうとしているところだった。今まさに3階へ上がるところか。
「秘力はほとんど回復しています。これ以上は近づいてはダメですよ」
「わかってる」
俺たちは洞窟の岩陰に隠れて覗いていた。
脅威や迫力があるわけではない。だが、遠くで動いてるその人間のゆっくりとした歩みが、決して簡単に犯されることのない所作に思えた。
距離は30メートル程度。
俺たちに気付いているのか分からないが、恐らくわかっていようと奴の動作が変わることは無い気がする。俺たちごときで慌てるタマじゃない。
振り返ってくれれば、ある程度顔は分かるんだが……。
その願いが通じたかのように、部屋に入ったカナは、おもむろにこちらを振り返った。
その顔を見た時、俺は心臓が止まった気がした。
息が出来なくなった。
なにかの秘術を受けているわけじゃない。単純に、目の前の現実が受け入れられない、人間の生理的な反応だ。
心臓に冷たい水が流れ込み、それが一瞬にして全身を駆け巡り、走り抜けた場所から順に一気に鳥肌が立っていく。
全身の毛穴が開き、あっという間に体温が抜けていくような感覚がした。
(へー、名前からして女かと思ったけど、男だったのね……ってちょっとカナタ、どうしたの? 顔が真っ白よ)
リリィが小声で尋ねてくる。
バッ! と、俺は走り出した。
「カナタさん!!」
ゴゴゴ……!
カナを乗せた右の部屋がせり上がっていく。
俺は部屋の前まで全力で走り、ザザーッ! と急ブレーキで止まる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ほんの少ししか走っていないのに、息が上がっていた。体が震えて上手く力が入らず、今にも膝が折れて倒れそうになる。
俺はせり上がっていくカナを
そんな俺を、カナは顔も動かさず、目線だけで見下していた。
「約束が違います! 何をしてるんですか!」
「どうしたのよ急に!」
リリィとフィンリィが慌てて駆け寄って来る。
あの時。
カナの姿を初めて見た時、妙な違和感があった。そのせいで、俺はボーッとしていて、結果あいつの
違和感を感じたのは、あいつの姿、歩き方だけじゃない。「頼んだよ」と囁いた、あいつの声もだ。
俺を巻き込んでいる得体の知れないなにか。
俺を蝕んでいる正体の分からない病。
俺が既に踏み越えた手遅れの岐路。
それらが形となった、その片鱗を、確かに見た気がした。
「……
リリィが「はぁ?」と呆れた声を出し、俺の目線の先のカナを見上げた。
「似ても似つかないじゃない。言っちゃ悪いけどアンタの方がイイ男よ」
違う。
そうじゃない。
そこで、俺を見下している顔。
その顔を見間違えるはずがない。それは30年間、毎日見続けていた顔だ。
それは紛れもなく
————————
【作者より】
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。
皆様が読んで下さったおかげで、ここまで書くことが出来ました。
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、是非レビューや評価よろしくお願いいたします!
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