第4話 ➡︎動かす


 ——次の日。




 もったいぶりやがって。


 昨日のうちに、兄ちゃんはタネを明かしてくれなかった。ブタイノシシ鍋を食ったあと、「明日の12時、南の教会跡に来い」とだけ言い残して、兄ちゃんはどこかへ消えちまった。


「もうすぐ12時だよな」

「うん。おなか減った」


 ここは、もう誰も寄り付かない、南の端の教会跡だ。言われなきゃ教会だったこともわからねぇ。天井は抜けて空が見えてるし、壁もほとんど雨風で削られて無くなってる。椅子も、台座もボロボロ、ステンドグラスも割れて散らばってる。随分昔に建てられたらしいが、今更この町で神に祈る奴なんか居ねぇ。


「よう! 待った?」

「のわっ!!」

「ひゃいっ!!」


 急に真後ろから声をかけられて、オレ様も相棒も飛び上がった。いつもどっから湧いて出やがるんだ。


「急に後ろから声をかけんな!」

「すまんすまん。じゃあ早速だけど始めるか。えーと、そんで、カイルだっけ? かわい子ちゃんの名前は?」

「……セッカ」

「カイルとセッカね。僕のことは”師匠”と呼びたまえ」

「師匠? 師匠ってなんのだ?」

「”秘術”さ」

「ひじゅつ? なんだそれ。難しいこと言うんじゃねぇよ」


 聞いたことの無い単語だ。読心術の類か?


 自称師匠の兄ちゃんは喋りながら、割れて地面に散らばってるステンドグラスの破片を拾い集めだした。なんのつもりだ?




「この世界は、6つの世界で出来ている」




 急にわけのわからないことを言い出したな。まあ、この兄ちゃんはいつもそうか。分かることを言ってくれたことの方が少ねぇ。


「僕たちの居る”人界じんかい”。精神世界である”心界”。魔族が生まれた”魔界”。神々が住む”天界”。霊魂の漂う”霊界”。そして、最も遠い”幻界げんかい”。この6つが、折り重なって出来ている」


「折り重なる? よくわかんねぇな。今『遠い』とかなんとか言わなかったか?」


「うーん、まあその辺が説明ムズいんだよね。遠いけど、折り重なってる。遠いけど、全ての世界は”ここ”にある」


 そう言って、何もない目の前の空間を指さした。わけがわからねぇ。この兄ちゃん、ずっとわけがわからねぇ。


「つまりこういうこと」


 兄ちゃんは集めたステンドグラスの破片を小脇に抱えて、その内の1枚を手に取った。赤いガラスの破片だ。


「これがこの世界、人界。そしてこの青いガラスが心界。重ねて、上から見ると、ほら、何色に見える?」

「紫?」

「そう、紫。さらに緑のガラス、黄色のガラス、水色のガラス、ピンクのガラス、これを重ねて上から見ると?」

「茶色というか黒というか」

「そう、その黒が、我々が認識している世界の姿。しかし実際は、6色の重なりによって出来ている。赤色を人界とすれば、一番上に重ねたピンクの幻界は、最も遠い世界と言える。これはガラスという二次元の平面を三次元方向に重ねた状態。現実の場合は、空間という三次元のボックスをさらに高位の次元で重ねている」


 わかるようなわからないような……オレ様の学の無さのせいか……?


「相棒、わかるか?」

「すんごいワカンナイ」

「おい! わかんねぇぞ! もっとわかりやすく言え!」

「そう言われてもな……」


 兄ちゃんは頭をポリポリかいて困った様子だ。まあ正直、わかる人が聞けばわかりそうなことを言ってることだけはわかる。


「要は、この世界は他の世界の干渉を受けてるってことだな。だから人界に神は居ないのに、教会だとか聖域だとかパワースポットだとか、神の恩恵を受ける場所がある。それは、天界がこの世界と重なっていて、神が近くに居るからだ。逆に神が居なくて恩恵が受けられない場所もある。近くに神が居なければ神の恩恵を受けられず、上位魔族が居なければその力を借りられない。”沈黙領域”なんて言ったりするけどな。この辺りだと……脱獄を許された監獄プリズン・タワーの辺りなんかがそうだ」


「知らねぇな。オレ様も相棒もこの町を出たこと無ぇ。つーかよ、それとこれとなんの関係があるんだ? 世界が重なってることと、兄ちゃんがオレ様の心を読んだのとどう関わるっつーんだよ」


「師匠と呼べって言ってるでしょ。それに、心なんか読んじゃいない。ただだけだ」


「聞いてた? バカ言うな! すぐ近くでも聞こえねぇ声で言ったんだ! 店の外から聞こえるわけねぇ!」


「見せた方が早いな」


 そう言うと、今度は毛皮のコートを脱ぎだした……っつーかコートだけじゃなく、上半身に着ていた服を全部脱ぎ出した。何を見せようとしてんだこいつ。変人だとは思ったが変態でもあったか。


 上半身裸になった体は、想像以上にヒョロい。枯れ木みてえな腕に、あばらの骨が浮き出てる。ちょっと押したら折れちまいそうだ。


「そうだな、賭けが好きなら賭けにしよう。何をしてもいい。僕を一歩でも動かしてみろ。僕は手を出さない。見ての通りガリガリだし、何も持ってない。殴っても体当たりしてもいいぞ。君が一歩でも僕を動かせたら金貨10枚やる」


「はぁ!? 10枚!? バカな——」


 いや、余計なことは言うな。こいつはバカだ。バカがチャンスをくれようとしてる。


 この兄ちゃんはオレ様が山育ちな上、俺様流節約術の使い手だってことを知らねぇ。ただのガキだとナメてる。それにしても金貨10枚? 本気か? この町なら二人で半年はメシに困らねぇ額だぞ。


 本気ならチャンスだぜ。なんか知らねぇがチャンスが転げ落ちてきやがった。このわけのわからん授業なんざどうでもいいぜ。チャンスは逃さないこと、相手にはナメられること、それがギャンブルの鉄則だぜ。


「時間制限は?」

「無い。ぶっちゃけ何時間でもいいが、どうせ10秒で諦める」


 なんだこの自信は。さっき言ってた世界の重なりと関係あるのか? 少なくとも鎧だとか鎖帷子くさりかたびらだとか、その手の装備は無ぇ、文字通りの丸裸だ。


 ……けどなんだ? この妙な威圧感は。


 いざ倒そうと心構えしてみると、一筋縄では行かないような気がしてる。


 枯れ木のような腕と脚。それなのに、目の前の迫力はどデカい熊と対面してるような。


「……いくぜ!!」


 バッ!! と、オレ様は駆け出す。山で鍛えた脚力は、野生の動物とかけっこしてもまず負けねぇ。


 まずは手の内を探りたい。どうしてこんなに自信があるのか、どんな仕掛けがあるのか。手は出さないと言ったが、足は出すとか?


(まずは体当たり……!)


 ガンッ!!


「ぐはっっ!!」

「あいぼー!」


 倒れたのは、オレ様の方だ。相棒が慌てて駆け寄ってくる。


 信じられねぇ。


 このヒョロ長い体にぶつかったとはとても思えない衝撃。地中深くまで突き刺さった棒にでも体当たりしたみてぇだ。


 枯れ木みたいな体? 感触は樹齢1000年の大木たいぼくじゃねぇか。


 目の前の光景と、現実の状況が一致してねぇ。本当にこいつにぶつかったのか? 足から根っこでも生えてんのか?


「何か仕掛けがあるとでも思ったか? だけだよ?」

「いてて……んなバカな話があるか!」


 しかし、仕掛けがあるようにも見えねぇ。上半身裸で、細身のパンツと厚底の靴だけ。


「うーさむ! こんなに寒い時期か。もう終わりでいい?」

「ざけんな!!」


 動かねぇのはわかった。体幹がとんでもねぇって次元じゃねぇが、とにかく尋常じゃねぇ。


 だが人間には急所がある。押してダメなら殴ってみろ、だぜ。


 隠れてる金的を狙うより、露出してる急所を狙う。顔はかわされかねねぇ。狙うは、水月すいげつ。つまり、みぞおち。


「俺様流節約術、一ノ拳いちのけん——」

「節約……?」


 山育ちで鍛えられた全身の筋力をフルに活かした突き。地面を蹴る足の筋肉、腰をひねる腰の筋肉、腕を支える背中や肩、そんで当然腕の筋肉。並大抵の運動能力じゃ真似できやしねぇ、全ての筋肉を同時に連動させて放つ技だ。


 樹齢1000年の大木? 上等じゃねぇか。こちとら自分の家を建てるために大木をへし折ってきた右ストレートだぜ。


 武器も道具も買わなくて済むよう、、オレ様の最強体術を喰らえ!



銃勁じゅうけい!!!」



 ドォォン!!!


 鋼鉄の芯が入った肉の塊を殴ったような感触。教会跡の外までぶっ飛ばすつもりで殴った。人体の急所である水月を完全に捉えた、完璧なフォームで繰り出した、完璧な突き。


 ——だが。


「ハハハ! そんな隠し玉があるとはね! 狙いも悪くない。ただの綺麗な顔した少年だと思ったけど、結構鍛えてるね」


 こいつ、微動だにしてない。


 後ろに押されてもいない。開始位置から全く動いてない。


 オレ様の全身で生まれたエネルギーが、スッと消えちまったみたいだ。


「……ど、どうなってやがる!! テメェ!! さてはインチキしたな!! その厚底の靴が怪しいと思ってたんだ!! 地面に突き刺さる仕掛けでもあるんだろ!!」

「んなモン無いよ」

「なら足上げてみやがれ!!」

「ほらよ」


 そう言って兄ちゃんは右足を上げてみせた。信じられねぇが、確かに地面とくっついてる様子は無ぇ。


「じゃあ左足だ!!」

「無いってば」


 今度は左足を上げてみせる。な?


「おー! さすがあいぼー!」


 兄ちゃんは頭にハテナを浮かべてる。


「……おい、今、一歩動いたよな?」


「……あ」

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