第3話 ➡︎信じる
相手も居ないテーブルに、20代後半くらいの金髪の男が座ってる。もみあげが無い、というか側頭部に毛が無い奇抜な髪型だ。棒みたいな細身の体型のノッポ。服もこの辺じゃ見かけない毛皮のコートだ。どことなくニヤケ顔で、偉そうに足をくみながらこっちの様子を見てる。
「こんな大金をなんの保証もなく賭けるなんぞおかしいと思ってた。その男、お前とグルなんだろ?」
「いや知らねぇよ。相棒、知ってるか?」
「知らないよ」
この町にあんな男居たか? ほとんど顔見知りしか居ねぇ町だ。サンドワームのせいで外から来ることも出来ねぇし、どこから沸いて出てきたんだ?
「あの兄ちゃんがグルだとしたら、あんなとこに居ても意味無ぇだろ。あの場所じゃオレ様の手札しか見えねぇよ」
爺さんはオレ様の向こうの兄ちゃんをじっと見つめてる。確かに見慣れない兄ちゃんだし、このタイミングでは気になるか。
「悪いな兄ちゃん、出て行ってくれるか? この爺さんがどうしても気になるらしいんだ」
言われると、兄ちゃんは何も言わず、組んでいた長い足を
「どうにも怪しいな。賭けの種類はこっちで選ばせてもらう」
「関係無いって言ってんだろ」
タイミングの悪い兄ちゃんだぜ。この爺さんに妙なワガママを言う口実を作らせちまった。まあ、元々なにかしら言いがかりを付けるつもりだったのかもしれねぇが。
「ワシは目が悪い。難しいルールも覚えられん。だから使うのは”これ”だけだ」
爺さんは机に置いた巾着袋の中から金貨を1枚取り、こちらへ投げた。
「その金貨を右手か左手、どちらかの手に握れ。それを当てたらワシの勝ち。当てられなければお前の勝ちだ。賭け金の倍を支払おう」
「親分……!!」
握った手を当てられなければ勝ち。大金がかかってるとは思えねぇ、恐ろしく簡単な賭けだ。
だが、相手側のイカサマが入りようがねぇ賭けだ。握った手はオレ様しか知りようがねぇ。金貨もオレ様が持ってきたモノ。注意深く見ていたが、間違いなくすり替えてもいねぇ。
でも適当に言っても確率は50%。勝てば6年間の稼ぎが倍。言ってみれば向こう6年間稼ぐはずだった金を一瞬で手に出来る確率が50%。悪くねぇと思えないこともねぇが、全てが無になる確率もまた同じ。
この爺さんには勝算があるのか? もしあるとしたら、握ってる手がわかるってことだ。
右手に金貨を握ったまま、試しに両手を握って見比べてみる。特に違いはねぇな。握ってる方はつい強く握っちまって、筋肉や
「爺さん、あんたの方こそ怪しいぜ。店の存亡を賭けてこんな賭けをしようなんて正気の沙汰じゃねぇ。イカサマは見抜いたら勝ち、ってのは有効だよな?」
「もちろん」
言ったものの、相手方の勝ち筋も見えねぇ。自分の勝ち筋も見えねぇ。こいつはだいぶピンチだぜ。
まあ……そんな時は——
(相棒、どっちがいい?)
(うーん……左?)
(よし、わかった)
極限まで小声で相棒と耳打ちし合った後、両手を机の下に隠し、左手に金貨を握る。仮に「握ってるか」「握ってないか」を爺さんが分かることを考え、右手にはボケットにあった銅貨を握った。片手にしか握っちゃいけねぇとは言われてねぇしな。確率が上がるならなんでもいい。
相棒の勘と、少しのデコイ。オレ様の勝算はこれだけ。全く、改めてやばい事になってやがる。負けたら金持ちの夢は終わりだな。盗みでもして暮らすか。まあ相棒と一緒ならそれもいいか。
……いや、最後に残された手は、イカサマを見抜くことだ。
なんの勝算も無くこんな賭けを持ちかけるわけがねぇ。山育ちのオレ様の五感はウルファ族並みだ。おかしな動きを見極める。金貨に印を付けたところで見えやしねぇし、何か道具を使うとか、質問をして表情を見るとか、手を触ってくるとか、なんかしらのアクションがあるはずだ。
そこを見逃さない。絶対に。
オレ様をナメるなよ?
「決まったか?」
「ああ。お前の考えてることはお見通しだ。オレ様を誰だと思ってる」
不敵に笑うオレ様。ハッタリは慣れてる。
オレ様は握った両手を差し出した。
爺さんは顔を近づけ、その手をジッと覗き込んだ。細く開いた瞼から、鋭い瞳が嫌な輝きを放ってる。
さあ、何をしてくる? どうやって見極める? 金を見極める道具か? それとも質問に対する反応? 筋肉の動き? 表情? 力技? なんにしても、ここから何か仕掛けてくるのは間違いねぇ。どんな些細な動きだって見逃してや——
「”左手”だね」
なっ……!
バカな!! まだ何もしてねぇじゃねぇか!! ちょっと覗いただけだぞ!!
どうなってやがるこいつ。一体何をした? いや何もしてねぇ。何が起きてる? ハッタリか?
これで終わり? マジか? 勘弁してくれ。
「左手……それが答えでいいんだな?」
最後のハッタリをかます。表情は乱れてねぇ。ボーカーフェイスは鍛えてる。
頼む、不安になってくれ爺さん……。
「カイルよ、残念だったなぁ……
ガッ! と、爺さんに左手首を捕まれ、手の甲を机に叩きつけられた。
その衝撃で手が開き、左手から金貨がこぼれ落ちる。車輪のように転がった金貨が机の上で円を描き、震えるようにして止まった。
「「「「おおおおおお!!!」」」」
それを合図に、チンピラ共が歓声をあげる。「流石です親分!」だとか「ざまあみろ!」だとか、そんな事を言ってるような気がするが、頭に入って来なかった。
「ごめん……あいぼー……」
相棒の声も、聞こえてはいるが理解できなかった。
おかしい。おかしすぎる。
現実か? これ。
オレ様が持ってきた金貨。オレ様と相棒で選んだ左手。
爺さんはチラッと見ただけ。オレ様の手に触れてもいねぇ。おかしな動きは……無い。
—*—*—*—*—*—*—*—*—
*—*—*—*—*—*—*—*—*
気付けば、店の外に追い出されていた。
辺りは暗い。めっきり寒くなってきた空気に、リンリン虫の声が響いてる。光源は空の光しか無いし近くに建物もない、ほとんど平原の低い空の夜道。
どのくらいボーッと突っ立ってたんだろうな。踏み
どこに向かおうとしてんだっけか。
金は無ぇ。メシも無ぇ。行く宛も無ぇ。
「
相棒がコクリと頷く。小さい顔を包む金髪が少し揺れた。
メシは……山を登ればなんとかなるか。山まではここから3時間くらいかかるが。
メシ食って……まあ寝るか。寝るしかねぇ。それ以上のことはねぇ。間違いねぇ。
「ようよう!
「のわっ!!!」
「ひゃいっ!!!」
木の陰から急に男が声をかけてきた。心臓が止まるかと思ったぞ。
「ブタイノシシの鍋作ったから一緒に食うか?」
「なんだテメェ急に!! ……ってさっきの兄ちゃんじゃねぇか!」
よく見りゃ、後ろの席に座ってた兄ちゃんだった。兄ちゃんの後ろに、
「ずっとここにいたのか? ……っつーかブタイノシシ鍋? ブタイノシシなんて山登らねぇといねぇはずだが」
ここから山までは急いでも2時間以上かかる。ボーッとしてたとはいえ、流石に30分程度しか経ってねぇはずだが。
「追い出されちまったからな。さっきブタイノシシを狩りに行くまではずっとここに居たよ」
「言ってる意味がわからねぇ。ならいつイノシシを狩りに行ったってんだ? 大体、そんなヒョロ長い体でイノシシを狩れんのか? 武器を持ってるようにも見えねぇし。気味の悪ぃ野郎だぜ」
「
負けて……? そういやこいつ、文無しって言ったか……?
……いや、そりゃそうか。あんな大勝負に勝って、こんなトボトボ歩いてるわけねぇ。
「どういうつもりかわからねぇ奴のメシなんて食えるか。なんでそんなことするのか理由を言え」
「……でもあいぼー、この人、イイ人だと思う」
「そうか!! じゃあくれ!! たっぷりくれ!!」
「君……前言撤回がすごいな……」
兄ちゃんは呆れた顔をしていたが、相棒とオレ様は気にせずバッ! と鍋の元へ走り出した。
その時、ボソッと兄ちゃんが呟いた。
「
ピタッ、と、オレ様は止まった。
さっき間違えた……?
”さっき”ってのは、金貨を握る賭けのこと……?
”間違えた”ってのは、相棒の勘の話……?
あの時、相棒の勘に従ったのを知ってるのは、オレ様と相棒の二人だけのはずだ。極限まで小声で相棒と耳打ちしたんだ。
「どうしてそれを、兄ちゃんが知ってるんだ……?」
そもそも、店の中にすら居なかった。ウルファ族で地獄耳……? いや……耳も無ぇ。それに、オレ様がウルファ族並みに耳が良いんだ。どのくらいが聞こえちまうかぐらいわかってる。まさか、心を読まれた……?
奇抜な髪型の兄ちゃんは、最初に見た時と同じようにニヤリと笑った。
この兄ちゃんとあの爺さん、タネは同じなんじゃないか……?
「知りたいなら教えてあげるよ。君が知らない、知らなきゃいけない世界を」
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