第13話 ➡︎助かる

 「そ、空にどでけぇ穴が……」

「2階の床が抜けちまうなんて……!」


 空にあいた10メートル四方の穴は、入り口の扉と同じように周りがモコモコと隆起し、芋虫のようなものに食い塞がれていった。崩れた空の欠片はテレビの液晶が壊れた時のように色を失い、土の塊へ変わって降り注いでいる。どうやら天井は地上から50メートル程度の高さにあり、それこそテレビのように、空を映し出していただけだったようだ。


 大量に降り注ぐ土の塊を、夜明けを目指す者オルトゥスの連中は慌てながらもなんとかかわしている。


 俺はその様子を目の端で捉えながらも、身動きが取れずにいた。


 目の前に落ちて来た、その”血塗ちまみれの男”から目が離せなかったからだ。


「カナタさん! 大丈夫ですか!?」

フィンリィが慌てて駆け寄ってくる。


 緋色の長髪をしたその男は、太い腕をダラリとぶら下げ、その指の先からは血が滴り落ちていた。見るからに立っているのもやっとという様子で、ガクンと下げた頭は地面を向き、鼻先からも血が滴っている。


 そして、すっかり俺のしもべとなったレイナードが言った。


「そ、その腕の紋章……そいつは……! カナタ!! そいつから離れろ!!」


 血塗れの男は全身傷だらけで、衣服はボロボロ。肩から先は千切れたのか、腕が全て露出していた。左腕の肩に盾の紋章、右腕の肩に槍の紋章が入っている。


「そいつは”矛盾”のローゼス!! 脱獄に最も近い人間の一人だ! さっきまで5階にいたはずの奴がどうして……」


 矛盾のローゼスと呼ばれた男が顔を上げた。20代前半に見える。死にそうなほどの重傷であるにもかかわらず、とてつもない威圧感をその身に宿していた。俺が目を離せずにいたのもそのせいだ。魔力だとか秘力だとかはよくわからないが、確かにこの男からは異様なほど圧力を感じる。ほんの少し動くことすら、怖い。


 緋色の瞳が鋭い眼光を放っているが、目の前の俺には見向きもしない。そしてふいに周りをくだらなそうに見渡し、上を見上げ、穴が塞がった空を見ながら言った。


「あぁ……非道ひどい。非道すぎるよ……あんまりだ……どうして僕の邪魔ばかりする……どいつもこいつもなんでそんなに出来損ないなんだ」


 俺はローゼスの罪滅ぼしの刻印エクスピエイトに目をやった。




     懲役 1500年     残り 971.5年




「懲役……せん……ごひゃく……」


 桁が違う。


 ここに居る夜明けを目指す者オルトゥスの奴らが可愛く見える。リーダーのレイナードですら230年だというのに。


「カナタさん! 離れましょう!」


 フィンリィに手を引かれ、ようやく体が動いた。引きずられるように、その場を離れていると、夜明けを目指す者オルトゥスの連中が騒ぎ出した。


「おい……こいつ、死にかけだ。こんなチャンス二度とねぇぞ」

「オレたちの懲役なんて一瞬で帳消しだ!」

「殺せっ!! 全員でぶっ放せっ!!」

「おいお前らやめ——」


 レイナードの静止を聞かず、夜明けを目指す者オルトゥスの連中はローゼスを取り囲み、血塊マテリアルを構えて一斉に唱えた。


「「「「小火球ミニフレア!!!」」」」


 取り囲む30人の手のひらの前に、燃え盛る火球が現れた。


 大きさはソフトボール程度だが、綺麗な球体を保っているところを見ると、込められた秘力の大きさが伺える。それらはさながらピッチングマシンに射出されるようにローゼス目掛けて飛んでいく。俺は立ち止まり、それを見ていた。


「また、出来損ない……」


 ローゼスは盾の紋章が入った左腕を、力無く振った。すると突如、空中に白銀の六つの重厚な盾が出現し、ローゼスを中心に円になって並び、守るように立ち塞がる。


 30発近い火球は次から次へと盾にぶつかっていくが、ぶつかった瞬間異次元にでも飛ばされたかのように、消えた。


「消えた!?」

「バカなっ! 爆発もしてねぇ!」

「フレアリザードの火球だぞ!? あの盾どうなってやがる!」


 レイナードが火球を撃った一人を殴り、怒鳴る。


「馬鹿野郎っ!! 奴の両腕は最上位魔族、”魔王六腑”の腕だ! 奴は王都に保管されたその腕を盗むためだけに騎士団に入り、4年をかけて護衛を任されるまで上り詰め、ついには盗み出しやがった。そして盗んだその場で自分の両腕を切り落とし、あの腕にすげ替え、その場にいた王宮騎士団を3人ぶち殺した化け物だ!」


 王宮騎士団は、確かフィンリィが国の最高戦力と言っていたはずだ。それを3人も?


「あの左腕から生まれた盾はあらゆる攻撃を受け止め、秘力を吸い取る最強の盾だ。奴に力を与えたようなモンだぞ! 吸い取った秘力は何倍にもなって、右腕から最強の槍となって放出される。奴が死にかけてるのは殺すチャンスなんかじゃねえ、チャンスなんだよ!!」


 ローゼスを守った盾は消え、今度は槍の紋章が入った右腕が赤く輝いた。するとその右手に収まるように、漆黒の美しい両刃の槍が、バチバチッ! と赤黒い稲妻をほとばしりながら出現した。それを掴み、呟く。




「剣圧よ、薙ぎ払え」




 爆風が起きた。


「うわっ!!!」


 小さな原爆を見ているようだった。


 ローゼスを中心に、気のようなものが地面をえぐりながらドーム状に広がり、周りの夜明けを目指す者オルトゥス達を吹き飛ばした。緑髪の女性を縛り付けていた、地面に突き刺さっていた丸太さえも根本から吹き飛んでいく。


 夜明けを目指す者オルトゥス達は周りの木々に叩きつけられたり、竜巻で吹き飛んだ牛のように軽々と宙に舞い、地面に叩きつけられている。ほとんどがそのまま気を失っていた。


 化け物だ。こいつはヤバすぎる。


「逃げろ全員!!!」


 俺は叫んだ。一刻も早く離れなければ全員殺される。レイナードの言う通りだ。奴が重傷なのは逃げるチャンスでしかない。


 ローゼスは叫んだ俺に反応してこちらを見た。


「あぁ……出来損ない……どいつもこいつも……僕を愛せない出来損ない」


 目が合った。


(やばい……!!)


 体が動かない。


 ローゼスが放つ殺気が、全身にまとわりついて硬直させる。




「斬撃よ、けろ」




 ローゼスが離れた俺に向かい、槍を振るった。するとその軌跡を追うように、半月状の赤黒い稲妻で出来た刃が生まれ、高速でこちらに飛んでくる。高度に秘力が圧縮されている為か、刃の周りが歪んで見えた。


 俺はバカみたいにそれを見ていた。交通事故に遭う人が咄嗟に体が動かないのと同じように。


「危ねぇ!!!」


 ドン! と、俺は誰かに突き飛ばされた。動けなかった俺はそのおかげで刃の軌道を外れる。倒れ込みながら突き飛ばした奴を見ると、あの変態エビモヒカン野郎だった。一応借金王の物乞いレンタルを使っておいて良かったぜ。


「すまん、助かっ——」


 言いかけた時、




 モヒカン野郎の上半身と下半身が分かれ、地面に落ちた。




 吹き出した血が俺にかかる。


 血溜まりの中に、半分ずつになったモヒカン野郎がドチャリ、と落ちる。


 その瞳は見開いたまま、動かない。


「う、うわあああぁぁぁぁ!!!!」


 死んだ。


 目の前で人が。血が吹き出して。


 地面に落ちた。半分になって。


 さっきまで生きてた。バカみたいに騒いでた。フィンリィの胸を揉んで。名前も知らない。でも知ってる。


 さっきまで。生きてた。確かに。生きてた。でも死んだ。




 俺の為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る