第12話 ➡︎驚天動地

 間違いない。俺の精神不変の原理プラセボは既に発動している。


 ちょって待て、整理しよう。つまり俺は今、フィンリィから、フィンリィ自体を借りている状態ということだ。やましいことが思い浮かばないわけでもないわけだが、では、それを忘れさせるとはどういう事だ? 


 例えば本の貸し借りで考えてみよう。


 フィンリィが俺に本を貸してくれたとする。しかしフィンリィは貸したことを忘れる。すると俺が本を持っていることが当たり前な状態になる。それはつまり『元々俺が持っているモノだと思い込む』という事じゃないだろうか。まさに自分が貸したシャーペンを俺のモノだと勘違いした幼馴染のそれである。


 ということは置き換えると、貸しているフィンリィ自身が、元々俺の仲間であると思い込んでいる、ということではないか? 俺に力を貸すことを当然の事として受け入れているんだ。てっきり物の貸し借りについて効力を発揮するモノだと思っていたが、人に対しても効力を発揮するものなのか。


 そうとなれば話は少し変わってくる。俺はこいつら——特にこのレイナードというリーダーに、力を貸してくれることの了承を得れば、こいつ自身を借り受け、こいつは俺に力を貸すことを当然の事だと思い込ませることが出来る。了承させさえすれば文字通りこっちのものだ。


 それにもし、このリーダーというものが部下の”持ち主”にあたるのであれば、レイナードに了承を得たあと、他の連中に触れれば全員”借りる”ことが出来るかもしれない。実際、「お前んとこの部下の〇〇をちょっと貸してくれ」なんて言い方もある。フィンリィを持ち主としてフィンリィ自身を借りられているんだ、試してみる価値はある。


 こんな仲間いらないが、フィンリィを連れて行かれたり、殺されたりするよりずっといい。それに、この塔の情報の全てを持っていると言うのだから、利用価値は高い。歩く攻略本みたいなものだ。


 ならば、どうする? どうやってあいつに力を貸すと言わせる?


「おい、開放してやれ」

と、レイナードが言う。周りの男たちが緑髪の女性の蔦を外そうとしている。


「ほら、こいつは開放してやるからこっちへ来い、嬢ちゃん」


 まずい、話が進んでいく。


 ふと、手招きするレイナードの罪滅ぼしの刻印エクスピエイトが目に映った。フィンリィとリバウンドのポジション取りをしながら近づいたおかげで、目を凝らせばギリギリ見える。




     懲役 230年     残り 178.2年




 極悪人じゃねえか。

 一体何をしたらそんな懲役の限界突破ができるんだ。


 そうだ、監獄時計だ。まずは相手を知る必要がある。どんな人間か分かれば、何を求めているのかわかるかもしれない。

 俺はフィンリィの陰に隠れ、急いで監獄時計のメニューを開き、レイナードの名前を探した。




【名前】

レイナード・リトル


【主な罪】

殺人、強姦


【詳細】

1年で135人の若い女性を強姦し、その後殺害。犯した女性の住んでいる地区を世界地図で赤く塗り、地図を真っ赤にすることを目標としていた。犯行中を女騎士に発見されるも、返り討ちにしてその女騎士も強姦。駆けつけた仲間の騎士により捕えられる。




 全身に悪寒が走った。なんてクズだ。


(こいつまさか……フィンリィも狙ってるんじゃないか……?)


 霊術師としてじゃない。若い女の子として、だ。もっと言うなら、若い貴族のお姫様としてだ。こいつのやってきたことには、色んな若い女の子をターゲットにしたいという、最悪に気持ちの悪いコレクター性を感じる。


 絶対にフィンリィを渡してはならない。


「俺はフィンリィの恋人だ」


 俺がそう言うと、フィンリィの眉がピクリと動いた。だが、恥ずかしがるとか、驚くといった表情は抑えていて、無表情を通している。俺に何か意図がある事を瞬時に察しているのだろう。


「それで?」

「だから、フィンリィを渡すわけにはいかない。その女の人には悪いが、フィンリィを渡すぐらいなら俺たちはこの場を去る」


 その言葉を聞いて、レイナードは蔦を解こうとしていた男たちを手で制止する。


 俺とレイナードの距離は10メートル程度。この距離があればかまいたちの球もなんとかかわせるし、逃げられるはずだ。お前も俺たちに「逃げられてしまう」と思う距離のはずだ。


「だが、協力ならしてもいい。俺たちもこの塔の情報は欲しい。俺たちも力を貸すが、お前たち夜明けを目指す者オルトゥス。そういう協力関係なら少し離れて同行しよう。霊術は元々後方支援だし、充分に役に立てるはずだ。嫌なら俺たちはここを去るだけだ。可哀想だが、その人はもう好きにしてくれ」


 口から出まかせだ。我ながらよく出てきたと思う。後で周りの奴に問い詰められようが、とにかく今は力を貸すことの言質げんちを得られればいい。


 レイナードの目的が霊術であろうと体目当てであろうと、フィンリィが近くにいれば目的は達成できると思えるはずだ。実際、さっきレイナードが提案した、俺とフィンリィを二人共連れて行くというのと大して変わらない。ただ「力を貸してくれ」という表現を使えるよう、言い回しを変えただけだ。


 お前からしてみれば、俺はバカに見えるだろ? 「力では敵いそうにないが、言いなりになるのは嫌だし、仲間になるのはプライドが許さない。だから協力という形に留めたがっているが、実質は当初の目的と変わらないことを言ってきたバカ」に見えるだろ?


 ——さあ、言え、レイナード・リトル。肯定の言葉を。


 レイナードはニヤリと笑い、こう言った。


「協力関係? ハハ! 。どうでもいいお前に提案されるのはしゃくだが、お互い役に立っていこうじゃねえか」


(よしっ!!)


 言ったな、バカめ。


 それもそのはず、フィンリィ曰く俺の借金王の物乞いレンタルは腐っても王と名のつく希少な能力。こんな風に絡め取られるとは夢にも思っていないはずだ。


(後は、触るだけだ……!)


 フィンリィに目をやると、コクリと頷いた。状況は分かっているようだ。


 俺はレイナードに近づいていく。フィンリィも俺の後に続く。念のため神経を集中し、警戒を怠らずに。そして、手を差し出した。


「なんだ? その手は」

「握手だよ。知らないのか? 俺の故郷ではみんなそうするぜ?」


 俺は笑ってそう言った。俺には余裕がある。最悪、顔を引っ叩いても抱きついてもいい。


 レイナードは少し怪訝けげんそうな顔をしたが、同じく、最悪どうとでもなると思ったのだろう。少しの間を置いて、手を差し出そうとした——


 ——その時、誰かが言った。




 「おい、なんか、揺れてねえか?」




 周りの連中は顔を見合わせた。レイナードもそれを感じようとしている。


「いや、別になに——」




 ——ズゥゥゥン……。




 今度は確かに揺れた。地震だろうか。震度2ぐらいの地震。


 だが、そんなことはどうでもいい。何かに気を取られて、せっかく作ったこの流れがなくなるのは最悪だ。


「ただの地震だろ? 早くしろよ」


 頼む、今は何も考えず手を差し出してくれ。


 俺は「気が変わった」と言い出す最悪の事態を考え、いつでも飛びつけるように臨戦態勢になるが、レイナードは俺の言葉を聞いて、手を差し出した。



 すかさず俺は、その手を握った。



 キィィィン!


 すると、レイナードの額に白い紋章が浮かび上がり、額の中に埋め込まれていくようにして消えた。恐らく俺の借金王の物乞いレンタルが発動した証拠だ。


 そして、レイナードは一瞬目の焦点が合わなくなったが、すぐに戻った。貸したことを忘れる反動だろう。


(よしっ! よしよしよしっ! 成功だ……!!)


「レイナード、他の奴らとも握手しておきたい。いいよな?」

「ああ、構わねえ。お前ら、順番に握手してやれ」


 言うことを聞いてる。完全に成功だ。


 フィンリィと顔を見合わせると、ほっとした表情で笑い、頷いた。


「フィンリィ、あの女の人の治療を頼む」

「わかりました!」


 フィンリィは緑髪の女性の蔦を外し、霊術を唱えている。


 周りの連中はめんどくさそうな、あるいは怪訝そうな顔をしながらも俺と握手していった。やはり、レイナードを”持ち主”として反応していた。政治家ばりに次々握手し、額に白い紋章を埋め込んでいく。


 これで夜明けを目指す者オルトゥスの連中は7日間、俺のモノだ。一時はどうなることかと思ったが、驚天動地の大逆転だ。攻略本と、攻略するための戦力を手に入れた。一緒にいるのも気持ちの悪い奴らだが、別に仲良くしなきゃいけないわけじゃない。最悪どっかに置いていこう。


(もしかして俺、完全に攻略街道まっしぐらじゃね?)


 そんな事を考えながら全員と握手が終わった時、治療を終えた緑髪の女性が俺のところ歩いて来た。


 流石に腕は生えないが、血は完全に止まり、痛みも無くなっているようだった。


「外の世界で会えなかった仏に、こんな地獄で会えるとは思わなかった。礼を言うよ」


 彼女は女性にしてはハスキーな声でそう言うと、深々と頭を下げた。


「俺が仏? 冗談きついぜ、成り行きだよ」

「私の名前は——」

「あー! 言わなくていい! 後で調べて、こんな奴を助けちまったのかって後悔したくないぜ」


 緑髪の女性はもう一度頭を下げ、「ありがとう」と言うと、森の中に消えていった。


「やりましたね! カナタさん! まさか借金王の物乞いレンタルが人に作用するなんて、すごい賭けでしたね!」

「はは……まあな」


 久しぶりに天使の笑顔を見せるフィンリィ。まさか既に自分で立証済みだなんて思ってないだろうな。すまん、おかげで助かったぞ。


「さあて! 一件落着! それじゃあとりあえず、情報提供してもらいますか! 持ってる血塊マテリアルの種類と使い道も——」




 ——ドゴォォォン……。




 揺れた。


 今度は結構な揺れだ。震度3〜4ぐらい。それに、微かに音も聞こえた。


 遠くで、とてつもない衝撃によって、何かが破壊されるような音。


「なんか、近づいてねぇか……?」


 誰かが言う。


「上から聞こえるような……」


 全員が上を見上げる。朝焼けの空と、それに燃やされるような赤い雲。


 不穏な空気に包まれる。全員が沈黙し、空を見上げ、耳を澄ませている。


 そしてその静寂は、まさに天を驚かし、地を動かすが如き方法で唐突に破られた。




 ドゴオォォォン!!!!




 空が、崩れ落ちた。


 そして”それ”は、まっすぐ、俺の目と鼻の先に落ちてきた。

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