第7話 ➡︎気づく

 『……ヒッヒッ! 土産話にしては早いじゃないか、坊主』


 返答は思いのほか早かった。


「無駄話はいい。さっそく困ってる。2階のクロコダイラスを倒す方法か、バレずにすり抜ける方法はないか?」


『ヒッヒッヒッ! 坊主ともあろうもんが、そんなところで道草食ってるのかい。確か、盲目で耳が良い、とにかく硬い奴だねぇ。ただ、硬いだけだ。お前さんならなんとか出来ないのかい?』


「それが出来なくて困ってるんだよ。30日の帝国カオスルゥナのカナは素通りしてた。奴の能力を教えてくれ」


『坊主と言えど、それは出来ないねぇ。カナとは契約があるのさ』


 契約だと? こいつら思った以上にしっかり組んでやがるのか。


『それに、素通りしてどうするんだい? お前さんはまだまだ懲役が残ってるだろう。あと200年近い懲役を減らさないと上がれないはずだが、もう目処めどは立ってるのかい?』


「200年近く減らさないといけない……? どういう意味だ?」


『おっと、もうそろそろやめておこう。5回話せる血塊マテリアルと言ったが、距離が離れるだけ話せる時間の総量は短くなる。2階くらい、自分でせいぜい考えるんだねぇ。そこで終わるような男なら、ワシも興味は無い。次はその先で連絡しておくれよ?』


「おい! ちょっと待……!」


 血塊マテリアルの輝きが消え、応答も無くなった。


 役に立ったのか立ってないのか。ほとんど嫌味を言われただけのような気もする。2階ごときで通話時間を使うのはもったいない、そこすら超えられないなら興味ない、ってか。


 いや、しかし、気になる事がいくつかある。


 もしかしたら——




—*—*—*—*—*—*—*—*—

*—*—*—*—*—*—*—*—*


 ——約2時間後。



 「ごめんなさい……」


 酒屋に戻り、フィンリィはようやく目を覚ますと、しきりに謝っていた。


「酒を止めなかった俺も悪い。それに、フィンリィが酔ってなくてもどうなったわけでもない」


 マントを頭から被って、小さなマントの洞窟の中でシュンとしている。顔を隠してるのか、穴があったら入りたいのか。


 周りの連中もお通夜モードは続いているが、自暴自棄になって黙ってヤケ酒している奴もいた。


「おおい……ヒック、よく見たら可愛い嬢ちゃんがいるじゃねぇか! おい、いつから居たんだぁ? 一発ヤらせろよ」


 さっき酒を頭からかけてきた男だ。酔いもさっきより回っている。サイレントバードの靴を履きっぱなしだったせいで、足音に気付かずフィンリィの顔を覗き込まれていた。


「やらせるって、何をですか?」


 まったくこのお姫様は。記憶喪失は下ネタも一緒に消し飛ぶのか?


「楽しくて、気持ちぃぃことだよぉ?」

「やめろ、それ以上近づくな」


 俺とフィンリィの間に割り込もうとする男を睨みつけた。


「あぁん?? なんだのぞき魔風情ふぜいが、なにデカい口きいてんだ? あぁ? 俺は懲役250年! ”騎士団殺し”のジェイクさまだぞぉ? ヒック」

「だからなんだ、臭い息をかけるな」

「ひゃっはっはっ! 命知らずなガキだなおい! いいからこっちに来い!」


 フィンリィの腕を乱暴に掴もうとする。その腕がフィンリィに触れる前に、男の手首を稚児しい月アドウェルの右腕でガシッ! と掴んだ。



「やめろって言ってんだよ」



 男の腕が固まったように動かなくなる。


「……ッ! なんだこの馬鹿ヂカラは……!」


 男が体重をかけようが体をひねろうが、俺に掴まれた腕はビクともしない。当たり前だ、腕力の差はそれこそ赤子とボディビルダーよりある。


 ふと、男が俺の右手の甲に刻まれた罪滅ぼしの刻印エクスピエイトを見た。


「ひぃ!! ちょ、懲役1500年!?」


 俺が手を離すと、男は床に尻もちをつき、腰が抜けて立ち上がれなくなっている。


 周りの連中も男の声を聞いて「何があった……?」と怪訝けげんそうな顔を浮かべていた。


 余計な情報を知られちまったが、まあいい。ここにもう用は無い。


「いくぞ、フィンリィ」

「は、はい!」


 ざわざわしている店内を余所よそに、俺たちは酒場を後にした。


「カナタさん、一体どこへ行くんですか?」

「南の端だ。来ちまう」

「……?」

「解ったことが二つある」


 フィンリィはキョトンとしたまま、俺の後を付いてきた。

 

 荒野のカンカン照りは朝から変わらない。だが、むしろ今の時間からすると正しい日差しだろう。


「ひとつは、あの時なぜ30日の帝国カオスルゥナのカナはクロコダイラスを素通りし、俺たちの方に向かってきたか。それは、2階入り口近くに居た人狩りドルトとも関係がある」


「ドルト……あの弓使いですね?」


「ああ。あいつの罪滅ぼしの刻印エクスピエイトだ。残り年数が懲役を超えていた。それは、あいつ自身の問題でも、この階の仕掛けによるものでも無い。あいつはんだ。30日の帝国カオスルゥナのカナの精神不変の原理プラセボによって」


「押し付けられた……?」


「本当はもっと早く気づくべきだった。俺の、稚児しい月アドウェルの腕の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトを見た時に。腕を借りたあと最初に見た時、残りの年数は798年だった。おかしくないか? この塔は懲役の残りが一定以下じゃないと上に上がれないのに。矛盾のローゼスは元々5階に居たんだぞ?」


「そっか……!」


 フィンリィはハッとした表情を見せる。


「恐らく、アマルティアの天秤は1階から2階が800未満、2階から3階が600未満、3階から4階が400未満、4階から5階が200未満、そして5階から屋上へ上がるためには残りが0じゃなきゃいけないんだ。それなら計算が合う」


 ダダが最後に俺の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトを見た時、残り年数は798年だった。タダはそこから「200年近く減らさなきゃいけない」と思っている。それは600未満でないと3階へ上がれないからだ。


「だが今度は、稚児しい月アドウェルの腕の罪滅ぼしの刻印エクスピエイトの計算が合わなくなる。5階まで行くには200未満じゃないといけないはずなのに、落ちて来たローゼスの懲役は残り970年以上だった。つまり、ローゼスはんだ。30日の帝国カオスルゥナのカナに。人狩りのドルトもそうだ。だから残りが懲役を超えてたんだよ」


 あの時、奴が俺の肩に触れ、「頼んだよ」と言ったのは、それが発動条件だったんだ。そうやって俺に押し付けやがった。恐らく自分が立てる足音から生まれる”存在感”だとか”気配”の類を。ふざけやがって。


 多分、誰でもよかった。俺があの時ボーッとして道を開けなかったから触られただけだ。なんなら、俺たちを待ち伏せしていたのだろう。クロコダイラスが帰って行ったのは、カナが動きを止めて音を出さなくなったか、精神不変の原理プラセボの使用をやめたからだ。


 そして俺より先に、前の奴らが喰われたのは、先に声を上げたから。俺に向かってきていたのに、その手前で声がしたからそっちに標的を移した。前の奴らが声を上げなければ、一目散に俺のところへ来ていただろう。間一髪だったんだ。


 それにしても、奴から感じたあの違和感は——


「そんな精神不変の原理プラセボがあるだなんて思いもしませんでした……流石です、カナタさん。では、もうひとつの解ったことはなんですか?」

さ」

「……!」

「奴の鱗はそんじょそこらの武器では歯が立たない。奴に対抗出来る硬度の素材が手に入る魔獣もいるらしいが、あまりに希少で完成するのは2年後だと言われた」


 どこぞのモンスターを狩るゲームのレア素材じゃあるまいし。そんな厳選をしてる暇は無い。


「それなら、バレずにクロコダイラスの横を抜けるしか……」

「いいや、倒す」

「でも、いくらその腕や槍があるからと言って、何度も生まれ変わられたら秘力が足りないのでは……?」


 フィンリィは再び首を傾げる。


「あるじゃねぇか。が。しかも、この世で最も硬い、な。フィンリィ、今何時だ?」

「今……もうすぐ11時です」


 11時。それは昨日、俺が塔の入り口のプレハブ小屋を出た頃の時間。


 ダダは、「ただ硬いだけ」だと言った。それならもっと硬い武器を用意するだけだ。


 そう。


 この世で最も硬い武器。


 それは高名な秘術師の血塊マテリアル


 国宝級の血塊マテリアルを持った、様が、そのお宝をその身から外して、だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る