第2話 ➡︎今までを賭ける

 ——約一ヶ月前。




「おいカイル……そこは物置きじゃねぇ。賭け金を置く所だ。さっさとその金を持って今日のところは帰れ。何事も引き際が大事だなんてこたぁ、オメェもわかってるはずだ。俺たちもプライドをかけてこの仕事やってんだ。そこに金を置かれちゃ、勝負を受けないわけにはいかねぇ。だからこれが最後の忠告だ」


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ」


 この忘れられた町にある、唯一の賭博場。この町の唯一の娯楽と言っていいだろうな。相手はいつものチンピラ、ガーディ。身なりはオレに負けないくらい小汚ぇおっさんだ。ガサガサの黒いロン毛を一つに縛ってるのがまた汚さを加速させてる。10歳から通ってるから、こいつの小悪党ヅラも見飽きたな。


 だが今日は状況が全く違うんだなこれが。


 オレ様が今日手に入れた大金を全額ベットしたことを聞きつけて、この小せぇ賭博場の奥からぞろぞろと10人ほどのガラの悪い奴らが出てきた。どこに隠れてたんだコイツら。


「オメェが地道に毎日少しずつ勝って、貯め込んでる事は知ってる。正直俺たちにとっちゃオメェは金にならねぇどころか、お小遣いあげてるようなもんだ。それで我慢しておくのがお互いにとって良い関係ってモンだろ。今日はオメェ、ツイてやがる。金貨1枚に銀貨20枚の、珍しい大勝じゃねぇか。せっかくの大金を全部賭けるってのか? ドブに捨てるこたぁねぇだろ。ここがやめ時だ」


「デカイ図体してるくせに相変わらず小心者だなガーディ! なーにビビってやがる。それに、誰がだと言った? 相棒!!」


「ほい!」


 ドカッ! と、相棒は机の上の賭け金を置くスペースに、巾着袋を置いた。


「なっ……!! オメェ……!! 何考えてやがる!!」

「金貨50枚はあるぞ……! 家が3軒は建つ金だ……!」

「6年間溜め込んできた、今までの全てを今日賭けようってのか!?」

「ここを潰す気か!!」


 ピーチクパーチクうるせぇ奴らだぜ。オレ様以外のジジババから散々搾り取って来たくせに、自分の番が来るとこれだ。


 まあ無理もねぇ。今までの6年間で何度かあった、オレ様がデカい賭けをした時は負けたことがねぇ。賭けるものが大きいほどオレ様は強いことを、こいつらはよくわかってる。


「ああもうやめだ! 終わりだ終わり! 今日は店じまいだ!」


 席を立とうとするガーディの腕をガシッと掴んだ。


「待てよガーディ、一度賭けたモンを引っ込めるなんてギャンブラーのしていいことじゃないぜ?」

「ほざくなよクソガキ! オメェが勝手に賭けただけだろ! オレは許してねぇよ! 俺が一体なにを賭けたって言うんだ!?」

だよ。ここに金を置かれたら、勝負を受けないわけにはいかねぇんじゃなかったのか?」

「……!」


 ガーディは歯を食いしばって睨みつけてきた。今にも殴りかかって来そうだが、殴り合いでオレ様の最強体術、”俺様流節約術”に勝てないことはコイツも分かってる。可哀想に。怒りで震えてやがるぜ。


 店の中は静まり返ってる。全員がオレ様を”敵”だと思ってる目だ。イノシシの群れに囲まれてるような緊張感。誰が突進してくるかわからねぇ。


「随分気合い入ってるじゃないかカイル」


 部屋の奥から爺さんの声が聞こえた。腰が折れ曲がった、杖をついた爺さんが、コツコツと杖の音を立てて近づいてくる。


「親分……」


 ガーディがボソリと呟いた。いつもニコニコしているだけで、ロクに喋らねぇ丸ハゲの爺さんだが、コイツらの親玉であることはわかる。開いてるか分からねぇ糸みたいに細い目が薄気味悪ぃと思ってた。


「ほぅ……ガキには多過ぎる小遣いだ。こんな金で万が一負けた日にゃぁ店を畳むしかない。この町で唯一の遊び場がなくなっちゃ、お前も困るんじゃないかい?」

「困らねぇよ。勝ったらもう来ねぇし」

「自分勝手だと思わんか?」

「ハッ! ボケてんのか爺さん! 自分の人生、自分勝手に生きなくてどうする!」

「……」


 妙な沈黙が流れた。


 この爺さん、目も開けてるか分かんないせいで、何考えてるかわからねぇ。


「ワシが相手しよう」

「そうかい。誰でも構わ——」


 言いかけた時、相棒がオレ様の服を引っ張った。相棒が首をブンブン横に振ってる。オレ様は小声で尋ねる。


(どうした相棒)

(……やめた方がいい)




「おい爺さん!! やっぱりやめだ!! オレ様は帰る!!」




 シーン……とした店の中に、木霊みたいにオレ様の声が響いた。全員がアホヅラ下げてポカーンとしてる。


「こ、このガキ!! 一度賭けたモンを引っ込めるのはギャンブラーじゃないんじゃなかったのかコラ!!」

「どういう神経してんだこのボケガキ!!」

「今更ビビってんじゃねぇぞ!!」


 あーうるさ。サルどもがキーキー言いやがって。相棒の勘はオレ様より当たるんだからしょうがねぇだろ。


「ギャンブラーは引き際が大事なんだ。そんなことも知らねぇの?」

「どの口が言ってんだ!!」


 カンッ!!!


 オレ様達の言い争いを遮るように、爺さんが杖を地面に強く叩きつけた。


「カイル、そいつはいかん。これだけナメた口きいて、それはいかん。それに、そこに金を置いたからには、賭けは降りられねぇよ」


 異様な空気だ。


 この爺さんはいつも妙な威圧感があるが、今はいつもの何倍もだ。顔はニコニコしてるクセに、奥底から嫌なモンが溢れ出してるような。目に見えない霧にでも囲まれてるような。


 相棒が言うからには今すぐ帰りたいところだが、そうさせてくれるとは思えねぇ。1対1ならまだしも、10人近くのチンピラ相手じゃ力技も分が悪そうだ。ここは続行しかねぇか。


 相棒の勘は十中八九当たるが、逆に言えば一か二は外れる。それに賭けるしかなさそうだな。


「しゃあねぇな。やったるよ」

「やったるよもなにもオメェが言い始めたんだろ……」


 ガーディがボソボソ言ってるが、気にしてる場合じゃねぇ。なにせ一世一代の大勝負。これで負けたら今日も明日もメシも無ぇ。


 他のチンピラなら勝ち目は充分にある。実際、地道にコツコツ勝ち続けてきた。オレ様はギャンブルの天才だ。他の事はなんにも知らねぇし習ってもいねぇが、孤児院の本棚を漁って確率の計算だけはマスターした、ギャンブル特化型天才児ってわけだ。


 ギャンブルは”無謀な挑戦”だと思ってるヤツが多いが、実際はそうじゃねぇ。確率の高い方にベットし続ける”作業”だ。「今日勝つ」ことを目指すんじゃなく、「長期的に勝つ」ことを目指す。だから負ける日があってもいい。一ヶ月、一年単位で見て勝ってればいいんだ。


 だが、こういう極端に大きな賭けはそうはいかねぇ。今日、この日に勝たなきゃならねぇ。その「特定の日に勝つ」ことするために、ずっとコイツらチンピラの癖を観察してきた。カードの重ね方、表情、声色、姿勢、情報は完全に集まった。そんで最後の一押しが、相棒の勘ってわけだ。


 それがぜ〜〜〜んぶ無くなっちまったわな。


 事態は最悪。さあて、どうすっか……。


 ふと爺さんを見ると、表情がフッと変わった。細い目がほんの少しキツくなったような。


「……おかしいと思ってた。急に今までの全てを賭けようなんて、理由も無く出来ることじゃない。カイル、はなんだ?」

「その男……?」


 爺さんが杖の先で、オレ様の後ろを指した。

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