第48話

──ドッ!!ドッ!!ドッ!!・・・・。ピュッ!!ピュッ!!ピュッ!!・・・・。


 翌日の夕方だった。勇ましい音と共に現れる一台の大型トラック。その派手な風貌に圭ちゃんも私も、すぐに誰だかピンと来ていた。


「よう!しばらく!」


 キャビンが小さく見える程の大男は、降り立つなりニヤリと右手を上げる。そう、元格闘家の異名を持つ、鈴木さんである。


「しばらくですね~!」


 常連とは言え、このところ鈴木さんは姿を見せていなかった。仕事でも忙しいのだろうと思いつつも、やはり顔を見るとホッとするもので、圭ちゃんも私も微笑ましく声を掛ける。


「どうだい!?忙しいかい?」

「ま~、お蔭様って言うか──」


「それはそうと、具合はどうだい?」


 と、鈴木さんは在り来たりの挨拶を交えたあと、圭ちゃんのBMWに目を移す。


「ええ!なかなか調子良いですよ!」


 圭ちゃんもピットの裏に見える愛車に視線を送った。だが、それは少し意味が違ったらしく、鈴木さんは身体の方だと言って突然笑い始めた。圭ちゃんもとんだ勘違いだったと笑って話の視点を戻した。


「フッ‥。でも圭ちゃんらしいや」


 そんな笑いが覚めやらぬ中、鈴木さんは何か意味ありげに呟くと、ゆっくり車に向かって歩み始めた。その視線からして車の話は、これからが本題だったようだ。


「Z4じゃ、やっぱり申し訳ないってかい!?」

「ええ‥。え!?どうして鈴木さんがそのこと!?」


「あ~、会ったんだよ。笹川の社長に」

「会った!?」


「ま~、もっとも俺たちはみんな無線ってもん積んでるから、圭ちゃんが事故っただの、その相手が笹川の社長だのって話は仲間内の話題というか、すぐに伝わるもんでね」


「でも、それだけじゃ?」


 圭ちゃんが不思議そうに尋ねるのも無理はない。私も同じ疑問を感じたからである。


「簡単に言や、それで俺が社長に話を訊きに行ったってとこだな」

「あ~、その時に社長からZ4の話を?」


「いや、その話をしたのは実は俺の方なんだよ」

「鈴木さんが!?」


 私と圭ちゃんが浮かべていた穏やかな顔は、いつの間にか真顔に変わっていた。


「あ~!フッ‥。悪い人間でもないんだけど、あれで笹川の社長もなかなかのケチだから。訊いてみたら思った通り修理するなんて言い出して──」


「修理たって!全損ですよ!」


「ま~、俺は車見たわけじゃないけど、あの社長なら言いかねないだろ」


 圭ちゃんと私は顔を見合わせた。恐らく、見ると聞くとでは違うと互いに言いたかったに違いない。


「でも、それじゃ~尚更‥な~?」

「そうですよ!Z4なんて話──」


 会話はほとんど三人の掛け合いのようだった。


「──その昔、笹川の社長が事故を起こしたことがあんだけど、それをうちのグループで取りまとめたって言えばわかりやすいかな~」


「事故!?・・・・」

「鈴木さんとこの!?・・・・」


 未だ内容が見えない私達は、ポカンとしたまま鈴木さんの次の話を待った。


「あ~、なんせ相手がやくざだったんで揉めてさ~。それにケチだからあの社長、保険にも入りやがんねぇし──」

「やくざ!?・・・・」


「あ~!それじゃ~ってんで、うちのグループの頭が話に行ったんだけど、ま~言ってみりゃ同じ穴のムジナみてぇなもんだからな」

「同じ穴の!?」


「あ~!今は堅気だけど、その昔はこれだったから!」


 と、鈴木さんは右手の人差し指で頬を撫で下ろした。


「あ~!」


 ここまで聞くとおおよそ察しがついたと、圭ちゃんも私も声を揃えた。


 つまりその一件を未だに恩義に感じているということなのだろう。ただそれですべてが払拭されたわけでもなかった。


「え!?でも鈴木さんは笹川さんとは面識ないわけでしょ!?」


 圭ちゃんはすぐさまその疑問を投げかける。


「いや~、俺もそんとき呼ばれて一緒に行ったんだよ」

「一緒に・・・・あ~!え!?一緒にって!?」


「事務所って言うか、あんときゃ組長の家だったな!」

「家!?」


 呆気に取られるのも当然だ。もっとも、いつぞやのラーメンの話ではないが、鈴木さんの絶妙な口ぶりも、私達の頭に浮かぶその恐ろしいまでの状況を助長していたに違いない。


「フッ‥。さすがに俺もビビったけどな」

「鈴木さんでもビビることがあるもんなんですね?」


「おい、そりゃ~ねぇだろ~島さん!」


 私の本音半分とも取れる冗談に、鈴木さんは表情を崩した。


「殺気立ったのが、二十人くらいズラーッと並んでんだからさ~!」

「二十人から居ると、鈴木さんでもダメですか?」


「ま~、せいぜい五人っつ~ところだろ!」


 と、鈴木さんは掌をパッと開いて笑う。問いかけた圭ちゃんにしろ私にしろ、改めてその凄さを聞かされたと声を上げて笑うのだった。


「でも、悪かったですね。圭ちゃんのために──」

「な~に!いつも無理なことばっかり言わしてもらってるんだから!」


「いや、そんなこと──」


 今すんなりとBMに乗って居られるのも、言うなれば鈴木さんのお蔭と圭ちゃんも頭を下げた。当の鈴木さんにしても、もともと媚を売るつもりで立ち寄ったのではなかろう。


「ほら、いつだったか、トラック頼んじゃったりしたし──」


 それは態度と言葉からでも容易に察しが付く。とは言え、鈴木さんから思わず出た台詞に苦い記憶を蘇えらせた私は、


「あ~!──」


 と、その時の経緯を笑い話のように話して聞かせた。


「パトカーに!?」

「ええ。たぶん交差点であたふたしてたの見てたんでしょうね」


「フッ‥。それじゃ~な」

「いや~、俺もぶつけでもしたらって必死でしたよ」


「もしそうなったって、ここには部品が売るほどあんだから大丈夫だろ!」


 と、鈴木さんは陽気に笑った。


 そんな鈴木さんを始めとした人達によって支えられている。そう思うと私の照れ臭い笑いにも喜びが満ちて来るのであった。

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