第31話
「焼けましたね~島さん!」
「お~!どうだい圭ちゃん具合は?」
「お蔭様で!って言いたいところだけど、本音言うとまだイマイチって感じで。それよりどうでした?久しぶりに帰って?」
「え!?あ~。ま、相変わらずだったかな」
「またまた~。結構喜んでくれたんじゃないですか?」
つかの間の休みを終え、店に向かって暑い日差しの中に車を走らせると、早々と出勤していた圭ちゃんと顔を合わせる。普段それは実に当たり前の光景なのだが、今年だけは何か新鮮にさえ感じられた。歩み寄る私に礼を言って頭を下げた後、圭ちゃんは私のTシャツから伸びた肌に目を細める。そんな律義な圭ちゃんに頬を緩ませるものの、やはりウソをついているという後ろめたさがあるのだろう。顔は真夏の空のように晴れやかではなかった。あるいは盆休みの間、ずっと恵理香の部屋に入り浸りだった私の方が、本来のリズムでは無かったのかもしれない。
「そうだ。智ちゃんとはどう?会ってたん?」
「あ、ええ。毎日」
「──毎日!?」
驚きの表情を見せる私に、圭ちゃんはそれとなくお惚気話を聞かせる。考えて見ればこんな光景も今までになかったことである。
「フッ・・なんだか今日はやけに蒸し暑いな~!」
「また~島さん!冷やかさないで下さいよ」
「あ、それはそうと、笹川さんからは何か?」
「ええ。休みの間もうちの方に来てくれて」
「そうか・・・・で、なんて?」
「それが───」
病院で会った時に笹川さんは誠意をもってと私に話し、病室から見舞いまで何一つ不満の無い対応を見せてくれた。仮にそれが自分の不注意から起きた事故であったにしろ、さすがに圭ちゃんから聞く話は目を見開かずにはいられない。
「Z4!?」
「そうなんですよ~」
「だってZ4って言や~高いって話じゃなかった?」
「ええ。って言っても2・5lだったら、そんなに違わないんですけど、いくらZ3が生産してないからって、その代わりにZ4なんて言い出すとは思いもしませんでしたよ」
「そりゃ、どんな事故だって出し渋るのが多いもんだしな~。そこそこ名の通った社長とは言え、この御時世で太っ腹だな~!フッ・・智ちゃんの顔が浮かぶようだな」
「も~、あいつったらニンマリって感じで」
「フッ・・そうか」
「でもその話はとりあえず──」
「断った!?」
「ええ。もちろん最初は俺も喜んだけど、いくらなんでもそれじゃ、あとで何か言われそうだし──」
「フッ・・圭ちゃんらしいな。で?どうするん?」
「結局、同等の中古のセダンで良いからってお願いしたんですよ」
「セダン!?」
「ま~、同じやつ見つけてもらっても、気分的にはちょっと複雑ですからね」
「それもそうだな・・・・。じゃ~それまでは裏にあった代車だな」
「ええ。でもたまに乗ると国産もまんざらでもないですよ」
涼しくなった店内でカラカラと氷の音を響かせながら、休み明けの予定などに目を通していると、また一つ馴染みの顔が現れる。
「どうも~!明けましておめでとうございます」
「ったく!いくら暑さにやられたからって、明けましてはないんじゃないの~!」
「まぁ~、そ~堅いこと言わないでくださいよ栗原さん。俺が言ってるのは休みが明けて、また儲かっておめでとうって意味なんですから」
「あ~!それで少~し暑さが和らいだのか!」
「またそんなこと言って~!あ・・それよりどうですか?身体の方は?」
「この通り快調だよ。そうそう、シジミちゃんには休みの間すっかり世話になっちゃったな」
「いや~世話になっただなんて──」
と、浅利は照れ臭そうに私を見つめた。
「あれ?けっこう焼けたんじゃないですか?島田さん」
「ん!?あ~、まぁ~な」
苦笑いを漏らした後、私は浅利から視線を逸らし予定表を態とらしく眺めた。実は休みの間につい口を滑らせて、浅利の名前を恵理香に口走ってしまったのだが、浅利の顔を見た瞬間、咄嗟にその時のやり取りを思い浮かべてしまったのだろう。
「ま、さっきも話してたんだけど、浅利には助けられたよ」
「またまた~!島田さんまでそんなこと言って、なんだか今日は気味が悪いな~!」
無意識に出た言葉は、ある意味心の奥底から出たに違いない。とは言え、その場を凌ぐに相応しい台詞であった。
「でも島田さん。これからマフラー関係は厳しそうですね?」
「条例が控えてるからな、風当たりは厳しくなるだろ」
「ただうちとしても新たな───」
浅利の繰り出す話はほとんど耳から耳だった。きっと頭の中に広がる数日前の記憶のせいだろう。
───「島さん・・・・どうしてその名前を?」
恵理香のベッドに横になっていた時のこと。ふと海での出来事を思い出した私は、答えの見出せないまま付き合い続ける自分も、恵理香をもてあそんだ過去の男と同じような気がして、ついぼやいてしまったのだが、うっかりして名前まで口にしてしまったのである。いつも呼んでいるせいにしろ、慣れとは恐ろしいと思った。しかしながら、恵理香にしては違った意味でその名前は耳に響いたはずだ。突然身を起こして見つめる目には明らかに驚きが描き出されていた。
「えっ!?あ・・・・名前!?」
「そう!一度も話したことなかったでしょ?──」
「名前!?・・・・なんて言った?」
「はぐらかそうとしてもだめ!ね?どうして?」
口ごもる私に対して更に恵理香は、
「もしかして・・・・知り合いだったの?」
と、私の目をじっと見つめる。
「いや・・・・ま~・・知り合いと言えば──」
口にしてしまった以上、もう惚け続けることなど出来ないと、私は少しずつ恵理香の疑問に答えるかに、その経緯を話して聞かせた。数カ月前に隣の会社に配属になったことを始め、浅利から聞かされた過去の話など、言葉を選びながら伝えた。
「俺だってびっくりしたよ。はじめて知った時にはね」
「・・・・・そう・・・・浅利さんが・・・・」
「あるんだな。こんな偶然が・・・・」
「知らなかった・・・・こんな身近なとこに居たなんて・・・・じゃあ、もしかしたら会ってたかもしれないのね?」
「えっ!?」
「島さんのお店に行ったでしょ?」
「あ~。そう・・だな」
「良かった・・・・でも・・もう行けないわね」
ため息のようにポツリ呟くと恵理香は顔を伏せるように再びベッドに横たわった。辛い過去でも思い出したのだろうか。
「狭いもんだよな世間ってのは。まさか浅利が・・・・でも、そんな男だったようにも見えないけどな。それにあいつも後悔してるみたいだったぞ──。悪いことしたって」
「悪いことしたって・・・・そう話したの?」
「ああ・・・・細かいことまでは話さなかったけど」
「私のことは?」
「いや・・恵理香のことは何も」
「そう・・・・。だったらお願いだからずっと黙ってて」
「ああ・・・・」
「絶対言わないでね」
視線を逸らす態度にこれ以上訊くことはないと、私はただ黙って頷き恵理香を強く引き寄せた。
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