第十五話 過去
「誰かいるのかー?」
誰も来ないと思っていたトレーニングルームの入口に気配を感じて顔を上げたのと、声をかけられたのはほぼ同時だった。そこには壮年の男性が一人顔だけを覗かせていた。偽名か本名かすら定かではないが、六十代半ばのこの男性は
「なんだ、あんたか」
「なんだじゃないだろー? ここで何してる? お前も
「放っておいてくれ」
「そうはいかないなー。俺、お前の保護者だし」
にこにこと間延びした口調で近寄りながら話しかける
「体よく保護者面するな」
掴みかかって睨む
「思い出すなぁ。初めて会った頃のことを」
懐かしいと目を細める
「……トラウマか」
察した
「話してみろよ。俺は出会ってからのお前らしか知らない。それまでどうしてきたのかは、話してくれなきゃ分かんねえんだ」
「楽しい話じゃない」
「だからだよ。そろそろ乗り越えてもいい頃合いじゃないか?」
「乗り越える……?」
「過去を背負って生きるともいうな。今のお前は過去に押し潰されそうだ」
「潰されず、背負って生きる……」
(過去か……)
* * *
真っ白で冷たい研究施設。物心ついたころには、そこにいた。日夜、治療という名目で人体実験を行われながら。決められたスケジュール通りに過ごしていたあの日々に、
転機が起きたのは、十五年前。表向き爆発事故となっている研究施設の崩落事件だ。そこで
「これからどうするの?」
「なんでおれをみるんだよ。おれだってそとははじめてだぞ!?」
「しってる」
「どうするつもりなのかとおもって」
淡々と返す
「とにかく! みつからないところへいくぞ!」
見つからない所。口で言うのは簡単だが、身寄りのない子供五人だけで衣食住を賄いながら逃げるのが困難なのは想像に固くない。それでも彼らは公園の水だけを頼りに五日間も耐え忍んでいた。
「どこにいってもひとがいる。みつかればつれもどされるのに、どうしたら……」
「おなかがすいた……」
「! しずかに」
路地裏で極力見つからないように隠れて相談していた
「なにしてんだ?」
「しっ!」
歳の頃は六十くらいだろうか。よく見ると男は髭こそ短く整えているが、髪はボサボサで肌は黒ずみ、服は所々穴が開いている。世間一般にホームレスと呼ばれる存在だったがそんなことは知らない五人はただ必死で息を殺して男が立ち去るのを待つ。
きゅぅぅぅぅ
緊張と空腹に耐えかねた
それもそうだろう。五人とも気にしてはいなかったが、実験施設で着ていたままの検査着や剥き出しの素肌は逃げる過程で汚れ、あまつさえ歩き続けたはずの足は何も履いていなかった。
「……腹が減ってんのか?」
心配そうに男が近付いてくる。しかし逃げることに必死だった四人は男と一定距離を取って後退りを始めた。ただ一人、
「なにしてるの!? はやくこっちへ!!」
見かねた
「おじさんはてき? みかた?」
「お嬢ちゃんの味方が誰かわからんからなんとも言えんが、少なくとも今は敵ではないな」
「わたしたちのことだまっててくれる?」
「黙ってた方がいいならそうしよう」
膝を折り、
「腹が減ってんだろ? クッキー食うか?」
「くっきー?」
「甘くて美味しいお菓子って食べ物だ」
「ありがとう」
男がポケットから取り出した個包装のクッキー。見たことのないそれに不思議そうな顔をした
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