第二十九話 再来

 ドアノブに手をかけた荒隆あらたかだけでなく、その場にいた全員が異変を感じて跳び退いた。先程まで四人が立っていた床上五十センチを越えた辺りを一本の光の筋が横凪ぎに通過する。それを確認した瞬間、巨大な爆発音と辺り一面を飛び散る粉塵で覆われた。

「くっ……」

 突然の爆風と粉塵に襲われた四人だったが何とか体勢を立て直し、幻物質での空間把握を利用して粉塵の外へと抜け出した。お互いの無事を確認し、全員で背を預け合う様に狭い通路の四方八方に警戒の目を向ける。

「おい、今のって」

「静かに」

 粉塵の中から聞こえてくる音に気付いた双也なみや樹端たつはの言葉を遮る。何かが軋み、砂利を踏みしめるような音が聞こえてきている。他への警戒も怠らず、収まりつつある粉塵の向こうへと目を向けていると一つの影が浮かび上がった。暗闇になれた視線の先、粉塵の中から車椅子に乗った男の姿が現れる。

「お前は……っ!!」

 荒隆あらたかが驚愕に目を見開く。無理もないだろう。そこにいたのは荒隆あらたかが手ずから殺したはずの煤山すすやまだった。

「お久しぶりです、みなさん。おや? 一人足りないようですが?」

 予想通りの反応を得られて愉悦に歪む顔を隠す気もなく喋るその様は、まさしくあの時議場で会った煤山すすやまその人である。驚きで息を呑む四人に、煤山すすやまはご満悦そうにくつくつと独特な笑い声を上げる。

「何故、生きて……」

「何故でしょうねぇ。くつくつくつ」

 荒隆あらたかの絞り出すような声に反応して、煤山すすやまが優越感に浸りながらさも楽しそうに笑う。左目が隠れるほどの長さの前髪で、荒隆あらたかがつけたはずの額の傷は確認できない。だが、あの時カードは確実に煤山すすやまの頭に刺さっていたはず。あの状態で生き延びるなど普通ではない。

「いうなれば私が化け物だからでしょうかね」

 あの時の荒隆あらたかの言葉を引用し、楽しくて仕方ないといった風に笑う煤山すすやまに知らず四人は恐怖を覚え始めていた。だからこそ、微かに生じていた周囲の異変に気付かなかった。通常の空間に浮いている幻物質の粒子よりも僅かに大きな塊。浮遊する複数のそれらから、瞬きよりも早く先程と同じ光の筋が四人に向けて放出される。気付いた時には煤山すすやまの右目が白く発光し、自分達の身体が光による爆発と共に吹き飛んでいた。

「ぐっ……」

 狭い通路での複数の爆発。その衝撃は凄まじく、四人は散り散りに壁を突き破った先で瓦礫に埋もれている。

「くつくつ、やはり素晴らしいですね!」

 爆発による粉塵がおさまり、壁の崩壊で広くなった通路で一人、煤山すすやまが笑い声を上げる。その声を頼りに荒隆あらたかが瓦礫から僅かに這い出し、苦々し気な表情を浮かべた。

「お前も、幻物質を……!」

「おかげさまで。能力値はあなた方と同等、あるいはそれ以上かもしれません!!」

 高らかに宣言する煤山すすやまは、国会議事堂乱入事件収束の直後にもまだ息があったのだ。応援で駆け付けた特研ラボの研究員達によって、その場から被験体の子供達と共に研究所へと運び出された煤山すすやまはどうせ助かる見込みが低いのならと、自らに最大濃度の幻物質活性剤を打たせた。その結果、幻物質操作能力に目覚めて一命を取り留め、現在車椅子上で身じろぎ一つせず変革者達四人を圧倒している。

「戯けたことを。今度こそ息の根を止めてやる」

 瓦礫から這い出した双也なみやが、爆発で広がった空間にこれ幸いと大剣を肩上に振りかぶる。しかしもう黙ってやられる煤山すすやまではなくなっているのだ。大剣を振りかぶり襲い来ようとする双也なみやの周辺で幻物質の粒子が不自然に動く。三度双也なみやに向けて放たれた光線は、振りかぶっていた大剣により受け止められ、切り裂かれて四散する。

「原理がわかれば対処も出来る。同じ手は食らわない!」

「それはお互い様かと」

 複数の粒子が狙いを定めるように双也なみやの周囲で蠢く。それを見て取った双也なみやは身体を軸に剣を横凪ぎに振り回し、回転切りの剣圧で周囲の粒子全てを吹き飛ばす。吹き飛ばされた粒子から放たれた光線は、標的を見失い無作為に壁や天井そして床にミミズがのたくった様な溝を刻んだ。

「ちっ」

 周辺の幻物質全てを吹き飛ばされた煤山すすやまが忌々し気に舌打ちをする。

(これで煤山すすやまはもう光線を放てない!)

 攻撃の隙を突いた双也なみやが上段に構えた剣を、車椅子もろとも両断せんと振り下ろした。

 ギィイイイン

 聞き馴染みの強い、幻物質同士の衝突音に双也なみやが驚愕に目を見開いた。

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