第十三話 別離

「ぐああああああああああああ!!」

 悲鳴を上げ、顔中から血を吹き出し倒れる研究員達。

「ぐうううううううううううう」

 血まみれで苦しむ煤山すすやまも、地面をのたうち回る。

 やがて五号につなげられていた生命維持装置が、五号の生体機能停止を告げた。

「……こんなこと、あっていいはずがない!!」

 血まみれの息絶え絶えでありながら、生き延びていた煤山すすやまが叫びながら起き上がる。

「そんな状態で生きているとはな。あんた、俺達以上の化け物か?」

「許さない、許さない、許さない!! せっかくの研究材料を!!」

 五号の傍でこと切れている研究員を後目に、煤山すすやまは血走った目で荒隆あらたかを睨みつけると怒りの声を上げた。

「勘違いしているようだが、俺達も05もお前の為の研究材料なんかじゃない。一人の人間だ!!」

「黙れ!! 生き延びさせてやっていた俺に牙をむくなど、許されるはずがないんだ!!」

 荒隆あらたかの至極真っ当な訂正に、本性を現した煤山すすやまが吠える。

「……悔い改める気持ちすらないとはな」

「そこをどけ。せめてそいつだけでも捕まえる!!」

 煤山すすやまは内ポケットから小型の拳銃を取り出すと、銃口を荒隆あらたかに向けた。ただの銃弾では荒隆あらたかに傷一つ付けられないのを知っているだろう。それでも煤山すすやまは拳銃を構える。

「この期に及んでまだそんなものを……」

「なんとでもいえ!」

「こうなってはなりふり構ってはいられないか」

「黙れ!!」

 叫ぶ煤山すすやまの声に合わせて打ち出された一発の銃弾。それを見据える荒隆あらたかに避けるそぶりは見られない。この程度の攻撃ならば幻物質で防げるからだ。

(かかった! 五号の研究結果をふんだんに使った神経毒入りの特殊弾だ。幻物質で防いだだけで子供なら意識を失う。これなら!!)

 勝ったつもりでいた煤山すすやまの目の前、弾が当たる寸でのところで荒隆あらたかは最小限の動きで銃弾を避けた。

「な……っ」

 まさか避けられると思っていなかった煤山すすやまが情けない声を漏らす。

「やはり特殊弾だったか。05には感謝してもしたりないな」

「何を言って……?」

「……さてな。知らないとは残念だったな」

 何を言っているのか理解出来ないと言いたげな煤山すすやまに、荒隆あらたかは勝ち誇った笑みを浮かべる。

「俺に訳知り顔でしゃべるな!!」

 血まみれの額に青筋を浮かべた煤山すすやまが、荒隆あらたかに向けて銃を乱射する。怒りに任せたそれは、狙いなどあってないようなもの。そのすべてを避けた荒隆あらたかは瞬き一つの間に、煤山すすやまの背後に移動した。

「隠し玉はそれですべてのようだな」

「お前……一体何をした!!!」

「さてな。教えることなど何もない。あるとすれば……」

 振り向いた煤山すすやまの眼前で荒隆あらたかが右手を振るのに合わせて何かを切る鋭い音がする。

「さよならだけだ」

 煤山すすやまの血にまみれた額に一際くっきりと浮かぶ一本の赤い縦線。それは煤山すすやまの額に突き刺さったカード型の幻物質によるものだった。

「あ、ああ……」

 呻きながら己が手で額の出血に触れた煤山すすやまの身体がついにくずおれた。


「大丈夫か?」

 倒れたまま動かない双也なみや荒隆あらたかが歩み近付く。

「終わった、のか……?」

 かろうじて意識はあるが指一本動かすのすら辛そうな双也なみやの腕を引っ張り起こす。

「聞こえるな? 作戦終了。帰投する」

 様子をうかがっていただろう美早みはやに小声で声をかけると、双也なみやに肩を貸してその場を離脱した。


 荒隆あらたか達が仮の隠れ家に辿り着くのとほぼ同時に美早みはや達も到着する。

「うわ!? 双也なみや君ボロボロ……」

「俺も結構なもんだと思うが、それ以上っぽいな」

「とりあえず休ませてダメそうなら本部まで連れて行くしかないわね」

「事の顛末は俺が連絡しておくから、双也なみやを頼む」

「まっかせて!」

 動けない双也なみやを設えられた簡易休憩用のベッドに横たえると、荒隆あらたかはコートを脱ぎ捨てて建物の屋上へと続く外階段を上がっていく。

 屋上に辿り着いた荒隆あらたかの頭上には、憎らしいほどに澄んだ青空が広がっていた。

(05の記憶は俺が継承した。この記憶が確かなら、あの子達は別の研究者に引き継がれるだろう)

 脳裏をよぎる相対した少年少女の姿。

「……美早みはやの目的は果たせなかったな」

(この国が変わらない限り、悲劇は続く。悲劇を断ち切らなければあの子達は救えない)

「小難しいことを頭だけで考えても無駄か。俺はがむしゃらに生きる。お前の分も」

 胸元を握りしめる。

(受け継いだ思いは無駄にしない。絶対に!)

 決意を新たに胸に刻んでいると、外階段を上る微かな足音が聞こえてきた。

荒隆あらたか君? みんなでおなかすいたねって話してたんだけど……どうする?」

 屋上に続く階段の途中から美早みはやが顔を覗かせる。

「そういや、朝からろくに食べてなかったな。食材はあったと思うが……」

「でもその……」

 美早みはやの言わんとしたことを理解した荒隆あらたかが皮肉った笑みを浮かべる。

「ああ、肝心のお母さんが負傷中か。困ったな」

「その呼び方、双也なみや君嫌がるよ?」

 聞きかじった知識で知る母親のような言動を取る事の多い双也なみやを揶揄ってそう呼んだ荒隆あらたかに、美早みはやが苦笑いで返した。

「聞かれてたらしかめ面ものだな。……金はあったよな。よし! 美早みはや、好きなもの人数分買ってこい!」

「いいの!?」

「ただし飯っぽいものな」

 先程の騒動で一番面の割れてなさそうな美早みはやに買い出しを命じる。大の菓子好きな美早みはやに釘をさすのも忘れない。

「お菓子も少しならいい?」

「おう」

「やった!!」

 るんるんと嬉しそうに跳ねていく美早みはやの背中を、荒隆あらたかは笑顔で見送る。

 しかしその笑顔は美早みはやの姿が見えなくなるとすぐに消えた。代わりに表れたのは底知れぬ憎悪を孕んだ闇よりも深い色を湛えた瞳だった。

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