第十四話 逃走

「俺らって、歳の割にジャンキーなもん食わねぇよな」

「栄養管理されてるし、黙って用意されてるからな」

「たまにはこういうのもいいよね!」

美早みはや、口の端にケチャップついてるわ」

 美早みはやが買ってきた某有名なハンバーガーショップのセットを頬張りながら四人は普段の食事内容を振り得る。

「お前ら、帰ったあとの食事はしばらく野菜中心だからな?」

 寝たままの双也なみやの額に青筋が浮かぶが全員どこ吹く風。樹端たつはから言わせると、こういう所がお母さんではなかろうかということらしい。

 小気味いい音が荒隆あらたかのズボンの後ろポケットで鳴った。ハンバーガーをくわえたままポケットに入れていた通信機を取り出して画面を確認する。

「迎えが来たみたいだ」

「んじゃ、ここともおさらばか」

 樹端たつはは食事の残りを急いで平らげるとゴミを拾い始める。

双也なみやくん動ける?」

「ああ、歩くくらいは出来ると思う」

 片付けを終えた美早みはやが寝そべっていた双也なみやに手を貸して助け起こす。

「ゴミは一纏めにね」

 永那えいなの指示でゴミを出入口の端に固めておく。

 窓の隙間から道路脇に止められたワゴン車のナンバーを確認してから五人は人目につかないように車に乗り込んだ。乗り込んだワゴン車の車体後部の窓は全てにスモークが施されている。

 スモークガラス越しの薄暗い景色を横目に本部へとひた走る車内には四人分の寝息が響いていた。

荒隆あらたかさんは寝ないのですか?」

 運転手として派遣されてきた、よく見知った構成員が荒隆あらたかを気遣う。

「大丈夫。眠くなったら寝るから気にしないでくれ」

 気遣いに微笑みでもって返すと、視線を窓の外へと向け直す。


 やがて車は郊外の小高い山へと辿り着いた。山を少し登り、木々で車体が隠れた辺りで一旦車を止めると運転手は通信機を手に取る。

「ゲートの解錠をお願いします」

『確認完了。解錠します』

 短いやり取りの後、あろう事か山肌の一部が動き割れた。大型トレーラーすら入りそうな大きさの口を開けた山の内部に、ワゴン車は吸い込まれるように入っていく。何を隠そう、この山の内部と地下が荒隆あらたか達が所属する組織の本拠地なのだ。

「おい、起きろ。本部に着いたぞ」

 寝ている他の面々を雑に起こすと、荒隆あらたかは車から降り立つ。そこには医療部門に所属する者が数名待ち構えていた。

「みなさんには外傷の手当てと精密検査を受けていただきます」

「ええ、わかってます。いつもありがとう」

 出迎えてくれた看護師達に連れられて、荒隆あらたか達は寝ぼけ眼な美早みはやと一人で歩くのもつらそうな双也なみやと共に検査室へと向かった。


(死にたくない……嫌だ!!!!!)

 荒い呼吸を繰り返しつつ、荒隆あらたかがベッドから飛び起きる。

「……夢、か」

 検査を終えて自室に戻った後、いつの間にか眠っていたようだ。張り付いたシャツを見るに、相当量の寝汗をかいている。

(着替えて水と……)

 窓のない壁に囲まれた六畳ほどの部屋に家財道具はほとんどなく、あるのはベッドと机と椅子といった必要最低限の物だけ。

 荒隆あらたかはベッドから立ち上がると元から備え付けられていたクローゼットの扉に手をかけた。湿ったシャツを脱ぎすて、引き出しから変えのシャツを取り出す寸前でトレーニングウェアを手に取る。窓のないこの部屋では昼夜の感覚が分かりにくいが、時刻は午前3時。まだみんな寝ている時間だ。全身トレーニングウェアに着替えると、そっと自室を抜け出す。

 案の定誰にも遭遇することなく、地下のトレーニングルームに辿り着いた。考え事をする為にも無心で身体を動かしたい。呼吸をするのと同じくらい無意識に行えるようになった、幻物質での身体強化を全身に施すと悪夢を払うようにサンドバッグを殴り始めた。

(随分見なくなっていたのに……。05の記憶に触発されて、過去が呼び起されたか?)

 忘れられない過去。夢に見たのは地獄とも呼べるほどにつらく苦しかった逃走後の日々だった。

(俺は過去に負けない!!)

 決意を込めて拳を強く握りしめる。

(強くなったんだ)

 悪夢を、過去を打ち払うように力強く殴る。

(俺は……)

「俺は!!!!」

 最後の一撃はサンドバッグが壊れそうなほどの威力がこもった。一点で衝撃を受けたサンドバッグは折れ曲がり、吊り下げている鎖が軋んで悲鳴を上げる。やがて重力に従って元の形状に戻ったサンドバッグの前で、荒隆あらたかは一人荒い呼吸を繰り返していた。

「誰かいるのかー?」

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