第十二話 継承

「そうじゃない。そうじゃないんだ……」

「違うの?」

 不思議そうな05には、何故荒隆あらたかが謝っているのかが本当にわからないようだ。それでも荒隆あらたかの口から溢れ出す謝罪の言葉は止まらない。

「すまない」

「どうして謝るの?」

 訳が分からず困惑した05の直接の問いかけ。それを聞き覚悟を決めた荒隆あらたかは、目を開いて顔を上げた。

「俺は、お前を、お前達を見捨てて逃げた。自分だけ生き延びて、のうのうと暮らしてたんだ!!」

「なーんだ。そのこと」

 呆気ない05の反応に毒気を抜かれた荒隆あらたかはきょとんと気の抜けた顔になった。本当に05は荒隆あらたかを責めるつもりはないようで、優しい表情を浮かべている。

「僕たちは何も知らない子供だった。助かる方法も、助ける方法も知らなかった。ただそれだけ。その時取り得た精一杯をした結果が、今。悔いる必要なんてどこにもないよ」

「だが!」

 なおも言い募る荒隆あらたかに、05は良いことを思いついたとでも言いたげに手を打ち合わせた。

「悔やみたいのなら、一つ協力してくれない? 僕、復讐したいんだ」

「俺達に、か?」

「ううん。生きるのも精一杯な僕に、好き勝手した奴らにさ」

 腰掛けていたベッドから立ち上がった05が真剣な表情と声音で荒隆あらたかに近付く。

「あの世界の僕はもう自由に動くことすらできない。目も見えないし、耳も聞こえない。残されたのはこの幻物質に関わる力だけ。だから9の手助けが必要なんだ」

「それは構わないが、お前の能力は、一体……?」

 脳への直接と思われる攻撃と、この空間の形成。どういった力なのか、はかりあぐねていた荒隆あらたかの問い掛けに05はあっけらかんと答える。

「僕のはね、幻物質を通じて脳に干渉する能力なんだ」

「脳に干渉……!?」

「他人の知識や記憶を盗み見たり、9達にやったみたいに脳に直接衝撃を発生させる。でもこれは序の口。その気になれば、もっといろいろできるんだと思う。ただこれ以上をやるにはあいつらの科学力では足りないし、僕が単体で行うには身体がもたないんだ」

 自分の能力について他人事のように話す05の説明に、荒隆あらたかは出来れば言わずにいたかった言葉を口にする。

「お前が助かる方法はないのか?」

 荒隆あらたかの問いに05は悲しげな顔で首を横に振る。

「脳以外の生体機能がやられてるらしくてね。助け出された時、生きているのが不思議な状態だったんだ。やつらの記憶を自分で見たから間違いないよ。記憶は嘘をつけないからね」

「……そうか」

 つらさを押し殺し、諦めきって話す05の様子に荒隆あらたかはそのまま黙り込み、再び俯く。

 ふと05は何かを思いついたように荒隆あらたかに近付くと、右腕を伸ばして一生懸命背伸びを始めた。

「…………うー」

「……何を?」

「もうちょっとしゃがんでくれない?」

「……こうか?」

 05の行動に疑問を覚えながら、言われたとおりに荒隆あらたかが膝を曲げるとなんとか05の右手が荒隆あらたかの頭に届く。

「よしよし」

「05……?」

「大丈夫だよ。だいじょうぶ」

 05に頭を撫でられ、慰められる。

「ねえ、9。僕もあのころ一緒に過ごした誰も、きっと9達のこと恨んでなんてないよ。少なくとも僕は、外の世界で無事に生きててくれて嬉しかった。また会えて本当に嬉しかったんだ。だからこれからも生きて」

 心の底から嬉しそうに笑いかけてくる05に、荒隆あらたかも決意を固める。

「……わかった。だが俺は、あいつらへの復讐をやめない。これは俺自身のけじめだから」

 荒隆あらたかの言葉を受けて05が顔全体で優しく笑う。

「そっか。なら役に立つかはわからないけど、僕の持つ情報をすべて9に託すね。ついでに僕の願いも叶えてくれると嬉しいな――」

 白んでいく05の笑顔。


 やがて荒隆あらたかの意識は現実世界に戻った。

 その眼はもう過去に囚われてはおらず、強く前を見据えていた。

 脳内に刻まれた05の意思を感じながら立ち上がる。


――僕の願いは一つ。


「おや? ずいぶんと手加減をされたのですね」

 立ち上がる荒隆あらたかに気付いて煤山すすやまが口を開く。


――あいつらに復讐する。ただそれだけ。

――その時きっと僕は死ぬ。


(05のおかげで思い出した。逃げ出してからがむしゃらに生きて、がむしゃらに死のうとしていたことを)

 荒隆あらたかがゆっくりと右腕を前へと持ち上げる。

「何をしようとしても無駄ですよ。あなたも沈めてあげましょう」

 煤山すすやまが機器を操作する研究員に目配せをした。


――それでも僕は、奴らに一矢報いたい。


(05のため、俺にできること。それは)

 荒隆あらたかに再び衝撃を食らわせる為、機器を操作していた研究員達の手元で、唐突にエラー音が鳴り響く。

「どうしたというのです!?」

「五号が操作を受け付けません!!」

「このままでは五号の脳がやられます!!」

 鳴り響くエラー音で異常事態を察知した煤山すすやまがトレーラーに向き直った。機器を操作している研究員達は慌てふためき、現状とそこから推測される事態を足早に説明する。

(あいつらの頭がどこにあるのか、できるだけわかりやすく幻物質で囲うこと!!)

 煤山すすやまと研究員達の周囲に、空気中を漂っていた幻物質が吸い寄せられるように集まる。

 そして、すぐに異変は起きた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る