第七話 発端

美早みはや!!」

 頭を抱え、ふらつく美早みはや永那えいなが駆け寄る。

「落ち着いて。ゆっくり息を吸って、私の声を聴いて。怖くない。怖くないから」

「おや? あなたでしたか。あの爆発の原因は」

 永那えいな美早みはやを抱きしめながら煤山すすやまに鋭い視線を向ける。

「爆発……」

「大丈夫、大丈夫だから。美早みはやは悪くない!」

「私……私が、殺した……。みんなを……!!」





     *     *     *




――あの頃、俺達は何も知らない子供だった。


 鉄筋コンクリート造りの病院のような建物。

 その中には四人一組で与えられた小部屋に暮らす子供達がいた。

 その一室、両壁に設えられた二段ベッドの片側の上段に幼い荒隆あらたかは一人でいた。

 下段には同室の少年少女が三人集まって話をしている。

「つぎってなんだっけ?」

「んとなー、ちりょうだってさ」

「またズキズキするのかな?」

「ちりょうだからなぁ」

 会話する三人を後目に荒隆あらたかは宙を見つめている。

(なんだ? これ?)

 その目には空中に浮かぶキラキラとした何かが見えていた。

「なあ」

 口を開きかけた荒隆あらたかと同時に鍵の開く音が聞こえた。

「治療部屋に移動する。ついてこい」

 ドアを開けた白衣の男の姿に四人は口をつぐみ、言われた通りについていく。

 建物の中はどこもかしこも白に覆われ、清潔感を通り越して寒々しくすらある。

 連れていかれた治療部屋で、子供達は順番に血を抜かれ、診察を受け、脊椎に注射を打たれた。

「09入りなさい」

 診察の順番を待っていた荒隆あらたかが呼ばれる。

 この当時は09が彼を指し示す名だった。

 同室の皆は呼びやすいようにと9と呼ぶ。

 それが異常な事だと知るのは、もうしばらく後の事になる。

(血中濃度が上がっているな)

 血液検査の結果を見た医師の顔が思案に歪む。

「……調子は?」

「いたいとかはないです。でもめが……」

「目?」

「きょうおきてから、きらきらしたものがずっとみえてて……」

「……そうか。詳しい検査をしよう」

 この日から俺だけ治療項目が増えた。

 今思えばあれはすべてこの力を制御する為の訓練だったのだが、何も知らない俺は素直な子供であり続けた。


 そんなある日、事件は起きた。


「いやああああああああ!!!!」

 響き渡った叫び声と共に建物が大きく揺れ、崩落した。

「……っ。なにが……?」

 落下物から身を守るため、荒隆あらたかは咄嗟に力を使っていた。

 積み重なった瓦礫を弾き飛ばして這い出すと、周囲を見渡す。

「おい? おまえら?」

 さっきまで一緒に部屋にいたはずの三人を探す。

「だいじょうぶか? いまたすけて……ひっ!?」

 瓦礫の下からのぞく子供の手。

 誰かはわからないが助けようとした荒隆あらたかの手に濡れた感触がした。

 手についた液体で上手く掴めず滑り落ちた誰かの手と真っ赤に染まった自分の手を見比べる。

「なにが、どうなって……」

 動揺した荒隆あらたかはなんとか外に出ようと瓦礫を這い上がる。

 崩落を免れた瓦礫だらけの廊下を進んでいくと、人の気配を感じた。

「しっかりして! いまはずしてあげるから!!」

「だれか、いるのか?」

 聞こえた声を頼りに瓦礫の中を歩くと、やがて少し開けた場所に出た。

 そこには荒隆あらたかと同じ服を着た四人の子供がいた。

 内一人はベッドに縛り付けられている。

「おれがきる」

 そう言った少年の手に透き通った光が集まり、何かを形成した。

 それを使って少女の戒めを切り裂く。

(あれは……。あいつらもおれとおなじ?)

「にげるならいましかない! いそぐぞ!」

 一番身体つきのいい少年が戒めから解き放たれた少女を背負う。

 そして逃げると言って振り向いた少年と荒隆あらたかの目が合った。

「おまえは……?」

「おなじふくをきてる。たぶん、このこがもうひとりの……」

「ほかにひとは?」

 三人に問われるがとっさに言葉が出ず、首を横に振ることで答える。

「とにかくにげるぞ! おまえもこい!」

 手を掴まれ、引っ張られ走り出す。

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