第三話 思惑
『……特殊事例だ! 誰でもいいから助けを寄越せ!!』
受話器から悲痛な叫び声が届く。
(この声は誰だったか……。いずれも年老いた爺どもばかりだから聞き分けられませんね)
受話器越しに聞こえてくる悲鳴のような言葉を聞き流しながら、白衣の研究員は失礼なことを考える。
しばらく喚いて落ち着いたのか、相手が静かになったのを見計らって研究員は口を開いた。
「特殊事例ですか? 我々が直接出向くほどのこととなると限られますが」
つまらなそうに空いた手指で机を小突く研究員はあからさまにうんざりしている。
『最も恐れていた事態だ』
「……まさかオリジナルとでも?」
男の言わんとしたところを察した研究員の動きが止まる。
『……認めたくはないが』
「ほう!」
それまでうんざりとやる気のない顔をしていた研究員の声が喜色を含むものに変化し、勢いよく椅子から立ち上がる。
『とにかくすぐに来てくれ! このままでは先生方の命が!!』
「……いいでしょう」
電話に出た時の表情が嘘のように嬉しそうな様子へと変わった研究員は早速脳内で段取りを始める。
(何を持っていったらいいのでしょう? あれとそれと……仮に本物だとしたら総動員すべきですかねぇ)
『……頼んだぞ』
遠足前の子供の様にそわそわとその場を歩き回る研究員への返事を期待していない言葉を最後に、通話は終了となった。
そっと受話器を置くと、研究員はこみ上げてきた思いを隠さずくつくつと笑う。
「しかし先生方……ですか。ご自分の命の間違いでしょう? 権力を笠に着た者の我が身可愛さは異常ですねぇ」
本格的に出掛ける準備を始める為、研究員が室内の明かりを付けた。
照らし出された室内には等間隔で棚付きの研究机が並び、適度に物が置かれている。
一方、先ほどまで研究員が使っていた電話機の置かれた机は書類が山積みだ。
見たところ全て面倒な事務処理書類のようだった。
それらには目もくれず、研究員は白衣を翻して楽しそうに歩き回る。
ともすれば鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌具合だ。
ある程度やることを済ませた研究員が、厳重に保管されていたキーボックスからマスターキーを取り出す。
廊下に出ると足取りを軽やかに、地下へと降りていく。
独房といった雰囲気の漂う鍵のかかった扉を開けると、男は高らかにそれでいて楽しくてたまらないといった声で宣言する。
「さて、楽しいパーティーの始まりですよ」
通路の両側に作られた檻から無数の視線が研究員に集まる。
研究員は長い前髪から覗く右目だけを満足そうに細めると、扉横の開錠装置に手をかけた。
* * *
「変革者だと……?」
「ふざけたことを!」
水を得た魚のように、方々から誰ともわからぬヤジが飛ぶ。
「こんなことをしてただで済むと思ってるのか!?」
「「ぶっ」」
「「くすっ」」
一際はっきりと通った問いかけとも取れる声に、四人の口から笑いが漏れた。
「はっ! ただで済むと思ってるのか、だと? 答えはノーだ。ただで済まないのがわかった上での行動だ」
代表して
――彼らの決意は固まっているのだ。自分達がどうなろうと構わないと。
「狂ってる……」
「俺達を狂わせたのはあんた達だよ。お偉い議員先生」
どこからともなく呻きのように零れた声を聞き咎めた
「言いがかりを!!」
「私達が何をしたと言うんだ!!」
保身に走る癖のついた議員達から口々に反論を込めたヤジが飛ぶ。
命の危機を肌で感じ取り、常からある我が身可愛さが暴走しているようだ。
「言いがかりかどうかはいずれわかる。それまであんた達が生きているかはわからないがな。それと中継は続けろ。しっかり俺達を撮っておけよ」
自分だけでも助かろうと必死な議員達に冷ややかな笑みを浮かべながら、
それまでことの成り行きを見守っていた、中継映像を管理しているテレビ局にも緊張が募っていく。
――中継を続けるということは、自分達の存在を世間に知らしめることに他ならない。じきに救援要請を受けた警察も介入してくるだろう。
――それすらも彼らの計画の一部でしかないことを、誰も知らずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます