第30話 本好きの少女と救世主の共通点


 司令官入間碧馬が緊急会議に呼ばれ、国会議事堂地下秘密基地の会議室に向かった。

 彼女を呼んだのは上司であり、夫でもある重篤寺翔馬だ。

 彼は現役の総理大臣だ。大物政治家の後ろ盾があったにしても、選挙で打ち勝ち実力で二十代の若さで総理大臣になったのは前代未聞。まるで漫画の世界と人々が口にした。


 それと、翔馬はアイドル並みのルックスと母親譲りの金髪の優雅さから、碧馬と言う美人妻がいるのにそれを承知に女性ファンが多い。

 その為、非モテ男子からやっかみの声がチラホラ聞こえてくる。


 碧馬が会議のドアを開けると、部屋の中央に座る翔馬と目が合った。


「例の人型機動兵器についてなにか分かったか?」


 翔馬は開口一番聞いてきた。

 すると碧馬は『知りたいのはコッチ』と言わんばかりに首を横に振って席に座った。


「本当に分からないのかい碧馬?」


 翔馬は席を立つと碧馬の背後に回り込んで抱きしめた。

『……』会議に参加した男たちが凍りついた。いや、翔馬ファンの女子役員も心穏やかではない。


「分かっているのは操縦者が仮面を被ったコート男というだけで、あの機体の名称とどこの機関が開発したのか全く不明だ」


 当然会議に参加した玉樹がそう言ってお手あげのジェスチャーし、話しを続けた。


「あの黒い機動兵器の性能に私は驚愕した。先ずは無敵だった巨人獣ギガントビーストに傷を与え倒したことだ。それと、両腕の変形機能。あのパズルを分解して再構築する様な複雑な変形は我々の科学技術では不可能だ。あと最後に、飛行に必要な翼やジェットエンジンなどが見当たらないのに宙に浮いて飛行したことだ」

「そんな高度な技術をどこで?」


 碧馬が聞いた。


「だから分からない。挙句にビーム砲だと? アニメじゃあるまいし、少なくとも私の見解では、現在の人類の科学技術ではビーム兵器の開発は不可能。

 ……それなのにやってのけたのがズングリロボだ」

「それはその、アレは地球外の兵器だと言うの?」

「ははっまさかぁ、それこそアニメの話だよ」


 そう言って玉樹は、持ち込んだノートパソコンのキーボードに打ち込みを始めた。

 要は今のところ、天才科学者の玉樹でもお手上げだと言うことだ。


「ふ〜む、人が操縦してるのは確かなんだろ碧馬?」


 テーブルに手を乗せて碧馬の耳元で囁く様に翔馬が聞いた。

 また、非モテたちが殺気立った。


「ええ、出来ればコンタクト取って協力を仰ぎたいと思います」

「そうだな……う〜ん、でも残念だ」


 翔馬がこめかみを指で押さえ、目を瞑って唸った。


「……どうして?」

「パイロットがさぁ〜男じゃなく美少女だったら僕の出番だったのに」

「……」


 自惚れか冗談を言ってるのか分かりかねるが、コレ以上場の空気が荒れるから碧馬は夫に黙って欲しいと願った。


「ふっまぁ、いずれにせよ、あの黒い機体を僕のモノに出来たら念願の夢である世界を救う救世主に僕はなれる」


 翔馬は右手を握り自信気な顔を上に向けた。まぁ、地下の天井だが。

 翔馬はこれまで欲しいモノは全て手中に納めてきた。

 手にしたのは、名声、生徒会長の座に学園一の美女碧馬と総理大臣の座と枚挙にいとまがい。


 そして翔馬が次に欲しいのが巨人獣を全滅して世界を救い、人々から救世主と呼ばれること。

 そう、彼は救世主の称号が喉から手が出るほど欲しいのだ。

 ただし、これだけは金で手に入れるのは不可能だった。だから翔馬は手に入れるために躍起になっていた。


 苛々しながら翔馬は会議室を逆時計周りで歩き続けた。

 そして立ち止まると、親指の爪を噛んだ。


「救世主の資格は僕にある。その自信の根拠はなんだ? ああそうさ、それは僕だから救世主になるのは必然だからさ」


 負けを知らない。常に勝ち続けてきた翔馬の揺るぎない自信溢れる呟きだった。

 が、その時はまだ、彼は知る良しもなかった。


 そう、全宇宙の意志に選ばれた真の救世主が名乗りをあげるまでは……


 ◇ ◇ ◇


 狭間と共同生活する様になった五人の孤児の一人知歌ちかは本が好きで大人しい無口な少女。

 本ばかり読んでいるせいか視力が落ちる一方で黒縁の眼鏡をかけているおかっぱ髪の少女だ。


 今日もブルーシートの上で体育座りしながら本を読んでいた。

 知歌は一冊の小説を始めから最後まで読んだらまた、読み始める。だからか、表紙はボロボロだ。しかし、お金がないので新しい本が買えないので何回も読む。


 しかしボロボロになっても大切にする理由があった。それは、彼女にとって大切な本なのだ。何故かと言うと、その本は亡き母が誕生日プレゼントに買ってくれた本だからだ。


 そんな彼女がボロボロのダークコートを大切にする狭間に理由を聞くと、自分と同じ理由だと知って共感し、親近感を感じた。


「知歌は本が好きか?」


 そんな狭間が声をかけて隣に座った。


「うん……好き……」


 人見知りな少女は唯一心を許した大人狭間に返事する。もちろん仲間の孤児たちとも仲良しだ。


「学校に行きたいか?」

「……うん、行きたい。だけど、怖い大人に連れさられそうになって孤児院を逃げたから……もう学校に通えない……」


 そう言って知歌は縮こまりふさぎ込んだ。


「……お前らも俺と同じか……」


 境遇が同じな彼らに狭間は同情し仲間意識が寄り強くなった。

 すると狭間は立ちあがって拳を握り空を見あげた。


「なんの罪のない子供たちが苦しむ社会などあってはならないんだ。聞いてるか翔馬め……」


 己と同じ境遇の知歌に対する同情心と、弱者を虐める翔馬への怒り。

 その二つの混沌感情が入り混じっていた。


 狭間は振り向き知歌を見つめた。


 ああ、変えてやる。


 このくそったれな世の中を俺が変えて見せるさ。


 俺なら出来る。


 そう、救世主の力ならな……


「知歌少しだけ我慢しろ。この俺が知歌が安心して学校に通える社会にするし、もう少し稼いだら、新しい本を好きなだけ買ってやるサ」

「ありがとう狭間のお兄さん。でも、無理はしないでね」


 お喋りが苦手な文学少女は精一杯話してから微笑み返し、閉じていた本の続きを読み始めた。

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