第6話 宿敵の気配


 1月になって生徒会選挙が間近に迫ってきて、各候補者達の選挙活動も慌ただしくなってきた。一方狭間の方は一応立候補したが、全く当選する気はなかった。

 まあ、副会長碧馬の頼みだからとりあえず立候補する軽いノリだ。


「いよいよ選挙間近ね狭間君」


 廊下で一緒に歩く碧馬の方がやる気に満ちていた。一方言われた狭間は『はあ……』と言って後頭部を掻いた。


 しかし、人助けで有名な狭間と元から超人気の碧馬が、一緒に歩いてるだけで目立つ。だから通り過ぎる生徒たちは皆振り向く。

 一緒に二人の姿。知らない生徒からすれば、仲の良い恋人同士に見えたかも知れない。


「みんな《立候補者》宣伝に必至だよなぁ、だからさぁ俺本当に選挙に勝てるかなぁ?」


 廊下で演説している立候補者を、横目で見ながら狭間が聞いた。


「うん、大丈夫よ。狭間君の人望は多くの生徒に支持されているし、私がサポートするからね」

「そうか、お前が言うなら頑張ってみるか」


 少しやる気が出てきた狭間。それにしても彼をやる気にさせた碧馬は、その容姿端麗さも影響しているが、人をやる気にさせる会話術はかなりのものだ。


「きゃああぁぁーーーーっ!?」


 突然奥の廊下の方から女子生徒の悲鳴が響いた。狭間たちの前にたむろする生徒たちがざわめきはじめた。


「なんだっ!?」


 警戒した狭間は、碧馬の盾になる様に前に出て様子をうかがった。

 すると大勢の生徒たちが踵を返して、なにかに追われる様に、コッチに向かって走って来た。


「ちょっと待って、どうした?」

「やばい逃げろ!」


 逃げて来た最後尾の男子生徒が狭間に叫んだ。不審に思った狭間は前方を見ると、右手にナイフを握りしめた男子生徒がにじり寄って来る。

 その血走り怒りに満ちた眼光が狭間ではなく、その後ろにいる碧馬に向けられていた。


「ちょっと!狭間君逃げましょう!」


 凶行男子に気づいた碧馬が狭間の肩を掴む。


「碧馬ぁぁぁぁっ!」


 碧馬と目が合った凶行男子が、ナイフを振りあげこちらに向かって走り出した。

 だが、狭間が彼女をガードしていたので立ち止まった。


「おいっ!碧馬っ俺をフッといて、今度はこの男と付き合ってるのか?」


 ナイフの切っ先を向けながら凶行男子が聞いた。この顔を見て狭間は思い出した。この前校舎裏で碧馬に告白してフラれた男子だ。


「だから言ったろ碧馬!」

「え、だって……」


 狭間は振り向き碧馬に『フルなら、相手が納得する説明しろ!でないと、逆恨みする奴だっているんだ』と注意した。

 しかし、もう遅い。目の前に逆恨み男に襲われているから……


「どうやって言ったら良いのよ狭間君? 私、知らない人に告白されても、付き合う気なんてさらさらないんだからねっ!」

「だからお前言い方!」


 せっかく狭間が注意したのに、全く反省してない碧馬が逆ギレした。

 それを聞いていた狭間は、完璧だと思っていた彼女の困った一面を知って、それが逆に人間味を感じて魅力に思えてきた。


「なんだとっ!やっぱり悪い女だ。フラれた男たち代表として、この俺が成敗してやる!」


 碧馬の我がままに魅力に魅力に感じていたのは狭間だけで、凶行男子の怒りに油を注ぐ結果になった。


「待て止めろ!」


 両腕を広げて碧馬をガードする狭間。


「この女をかばうのかっ!? だったら死ねっ!」


 凶行男子がナイフを斜めに振り下ろす。狭間は間一髪避けるが額を切られた。


「ぐっ……」


 額を手で押さえるが傷が深かったらしく、出血が酷い。体力がある狭間でも、血を見たら貧血気味になって意識が朦朧もうろうとする。

 だが、その前に目の前の『凶行男子をなんとかしないと!』と決意した。


「うおおっ!」


 人を切ってしまってフッ切れたのか、凶行男子がナイフを無造作に振り回して向かって来る。しかし、狭間は冷静に回し蹴りでナイフを蹴り飛ばした。

 廊下に転がるナイフ。あとは凶行男子の身柄を確保するだけだ。


「おいっ!大人しくしろっ!」

「ぎっ!」


 凶行男子の顔面に一発殴ってから、背後に回って両腕を押さえて拘束した。

 元々ひ弱だったのか、狭間に押さえ込まれた凶行男子が動かなくなった。


「こら〜〜そこでなにやってる!」


 騒ぎを聞きつけた体育教師が、腕を振りあげ駆けつけた。


「ふうっ〜大丈夫が碧馬?」


 安堵して廊下に手を突いて座る狭間。


「ちょっと!それどころじゃないでしょっ狭間君っ凄い血よ!」


 スカートのポケットからハンカチを取り出し、碧馬が狭間の額に当て止血した。

 青いハンカチは大量の血で見る見る紅く染り、視界がボヤけて狭間の意識が薄れていった。


 額の傷は深い。幸い皮膚を切られただけで命に別状はないに見えた。しかし、大量出血で貧血が起こり、意識がなくなった狭間は病院に緊急搬送された。


 矢張り危険な状態の狭間は、病院のベッドで酸素吸入装置を装着された。

 これで生死の境目を彷徨さまよったのは三回目になる。一回目は六歳の時にマンションの非常階段から遊んでる最中に落下。しかし、不思議なことに無傷だった。


 二回目は十二歳の時、道路を飛び出した彼を大型トラックが轢いてしまったが、これも不思議なことにかすり傷で済んだ。

 皆不思議がった。まるで大きな見えない力に守られていると……


『聞いているか狭間優斗……』


 真っ暗夢の中、知らない少女の声が彼に語りかける。若々しいが、全てを知り尽くした様な達観した安心する少女の声だ。

 狭間はその声を静かに聞いていた。


「お前は近い未来、正しい人類を救う救世主となる。だからお前は死なない。いや、この私が死ぬことを許さん。ああだが、辛いなぁ……この先困難が来ても私が側に見守っている。だからくじけるなよ」


 そう言って謎の少女の声が聞こえなくなった。それから狭間の意識が戻り、まぶたを開いた。

 何故あの少女は傷を負っただけで、自分を励ましたのか今は分からなかった。


「狭間君っ!!」


 耳元で碧馬の叫ぶ声が聞こえて横をパッと見ると、ベッドの横で座り寝ずに看病していた碧馬が心配そうに顔を見つめていた。

 彼女は、自分のせいで狭間が傷を負ったことを反省して、家族が帰った後も病院に残って見守ってくれていた。


「……お前は無事か……良かった」

「ちょっとなに言ってるのよ狭間君。私の心配するより、もっと自分を大切にしてっ!」

「おっおう……」


 碧馬に怒られた狭間は呆気にとられた。そのあと、手を握ってくれて安堵した。


「悪りぃ、その約束は難しいな……」


 狭間は困った人間を見たら、助けずにはいられない性格だからだ。

 その後、大事には至らず三日程で退した。


 ◇ ◇ ◇


 朝、退院してから翌日登校すると、学園中生徒たちは狭間の話題でもちきりだった。額に包帯を巻いた狭間の元に生徒たちが集まり囲んだ。皆んな笑顔で彼の勇気を称え歓迎して、あの日以来学園のヒーローになった。


 しかし、彼を良く思わない男が一人。


 正門前の道路の路肩に停まる一台の黒塗りのロールスロイス。後部座席のドアウィンドウが降りると、狭間と同年代の金髪の男が外を覗き込んだ。

 彼はかなりの美少年だ。しかし、彼の綺麗な顔が歪む。視線のその先に、生徒たちにチヤホヤされる狭間の姿が。


「せっかく僕の華々しい転校初日に、よくも顔に泥を塗ってくれたなぁ、あの下級が……」


 そう呟いてから、後部ドアウィンドウがスーッと上がって閉まった。そのあと車は一旦走り去った。


 この美少年の名は、人形機動兵器生産トップの重篤寺重工社長の息子にして、とある闇の支配層の後押しで近い将来総理大臣の座が確約されている男。

 その名は、重篤寺翔馬じゅうとくじしょうま。セレブな彼は、女も数々の高級品も金も地位も手に入れてきた。しかし、まだ彼は欲しいモノがあった。

 それは、名誉。確かに一部の名誉は手に入れた。だが足りない。もっとだ!もっと欲しい。金持ちほどよく深いとは言ったモノで、彼はより大きな名誉を欲していた。


 そんな彼にとって生徒たちにチヤホヤされていた狭間の姿が疎ましく感じていた。

 それは最早敵意だった。それまで狭間と接点がなかった翔馬が敵になった。


 この日から。

 翔馬の転校によって狭間の運命の歯車が狂い始めた。いや、救世主としての試練が動きだした。コレは通らなければいけない道だ。


 こうして狭間の試練が始まった。




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