第5話 出会い
土曜日学校が休みだったので狭間は、実家から歩いてすぐ側に建っている幼なじみの桃島春香の家に朝からお邪魔した。目的は彼女に勉強を教えてもらうため。
バイトや人助けで勉強を疎かにしていたから、勉強を教えてくれる春香には大変感謝していた。
春香の家の横に乗って来た自転車を停めると座ったまま、顔を上にあげ、しばらく待った。すると、二階の窓が開いた。
「やっほー優君っ今降りるから、ちょっと待ってね!」
二階の窓から手を左右に振る笑顔の春香。狭間は自転車から降りて玄関に向かった。
すると、玄関のドアが開いて春香が開けたかと一瞬笑顔になったが、顔を出したのは、五十代後半の額に横皺がよったちょっと近寄りがたい雰囲気の黒いスーツ姿の男性だ。
「あ、おはようございます」
目が合ったので狭間は挨拶した。
「……」
しかし、仏頂面の男は狭間を無視して通り過ぎる。無視されてもなにも言わない狭間は彼の背中を見つめた。
文句を言わない理由は、恐らく春香の
それでも狭間は感じが悪いなぁと思って見ていた。この男性は黒塗りの車に乗ってどこかに行ってしまった。
「待った優君?」
二階から降りて来た春香が玄関ドアを開けた。
「なあ、今親父さんに会ったけど、無視されて、いつもあんなのか?」
「……」
柔らかめに聞いたが、彼女はニュアンスで意味が分かって、表情が曇った。
狭間は彼女の前で、親父さんの悪口は決して出さないと決めていたが、余りにも感じが悪かったので口にした。
「ごめんね優君。お父さん政府の極秘特殊任務に就いていて、よほどキツい仕事みたいで、いつもあんな感じなんだ……」
春香から初めて聞かされた父親の職業。しかも、一部周りで噂されていた政府の裏の特殊部隊の存在の話と一致した。
「暗殺までこなす、政府の特殊工作員か……」
狭間はつい、口走ってしまった。
「優君そんなこと言わないでっ!」
「すっすまん春香っつい口走って、わ、悪気はないよ。本当に」
狭間は手を合わせて一生懸命謝った。
「うん……分かった。許すよ優君」
なんとか春香の機嫌を取り戻した狭間は家に通された。
とはいえ、春香の視線をそらした歯切れの悪い返事からして、父親が特殊工作員なのは事実の様だ。だが、狭間や家族に危害を加える訳がないから、別段気にしなかった。
二人は気まずい雰囲気のまま、昼まで勉強会を開いた。
◇ ◇ ◇
勉強会を終えて春香の家を後にした狭間は自転車に乗って実家に帰ると思いきや、逆の方向にUターンして突っ走った。
しばらく自転車を走らせたどり着いた場所は、政府が管理する巨獣被害に遭って身寄りのない子供たちを集めた保護施設。
狭間は定期的に保護施設に訪問してボランティア活動をしている。それで今日は顔出し程度で差し入れとかないが、それでも子供たちは狭間の顔を見ると笑顔で寄って来る。
狭間は施設の様子を見ると中がいつもより騒がしい。不思議に思いつつ訪問すると、園長先生が出むかえてくれた。
「良く来たね狭間君」
「あっ園長先生っお邪魔します」
頭を下げて中に通される狭間。園長先生は五十代で、肩まで伸びた髪に眼鏡をかけた優しい表情の女性だ。
一番広い集会所がどうにも騒がしい。どうやらそこに児童たちが集まって騒いでる様だ。
狭間が顔を出すと児童たちが一斉に集まって来た。
「狭間兄ちゃんこんにちはー」
一番元気の良い男の子の健一が狭間に挨拶した。
「ようケン元気そうだな?」
小さいのに茶髪に染めたケンの頭をちょっと強めに撫でた。
「狭間の兄ちゃんお土産は?」
小さな手でちゃっかり要求するケン。
「ケン図々しいぞ!」
この中で一番年上でまとめ役の
そしてその後ろに、一つ年下の女の子二人が様子をうかがっていた。
一人は明るい性格で栗色のショートカットの
この五人がいつも一緒にいるほど仲良しだ。狭間も一番交流がある子たちだ。
「で、騒いでいたが、どうした?」
狭間が聞くとケンがテーブルを指差した。そこには大きなプレゼント箱が置いてあって開封されていた。
中にはお菓子が一杯詰め込まれて、子供たちは物欲しそうに見つめていた。まあ、勝手に取り合ったら収集つかなくなりから、園長先生に注意されたのだろう。
「誰からだ……」
気になった狭間はプレゼント箱を調べた。中に入っているお菓子は皆高そうで今日彼は、安物のお菓子をお土産に買って来なくて良かったと心底思った。
テーブルにメッセージカードが届いてあった。『皆さま、ごきげんよう。これは気持ちですわ』と丁寧に書かれた丸い子供の字だ。しかし、子供ながら漢字を使っていて狭間は感心した。
誰が差し入れしたのか気になった狭間はカードの差し出し人の名前を読んだ。
「
だったら狭間家の工場の親会社の令嬢だ。まぁこの差し出し人とは一生会うことはないだろう。そう、住む世界が違い過ぎるから。
こうして狭間は子供たちと遊んでやった。遊んでやるのもボランティアの一つで、子供たちは皆笑顔になった。
狭間は子供たちの幸せを願って実家に帰った。
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