第4話 優しき姉さん


 翌日の放課後、廊下を歩いていた狭間が碧馬とバッタリ会って、ついでだから生徒会の古い書類の整理を手伝うことにした。

 狭間は優しいから、誰が相手だろうと手伝いを引き受けたと思う。しかし、相手が碧馬だとなおさら断る理由はなかった。


「そういえば副会長さぁ、今朝校舎で一年男子と話し合ったよな?」


 書類がギッシリ詰め込まれたダンボールを持ちあげならがら狭間が碧馬に聞いた。


「あっ、狭間アレ君見たんだ……」


 碧馬は意味深なことを言ってから長い黒髪をかきあげる仕草を見せた。その女性的な仕草とチラリと見える白いうなじに、横目で見ていた狭間は何気ない色気に視線が釘付けになった。

 高まる心臓の鼓動を落ち着かせるために、一旦目を瞑ってから意を決して彼女に声をかけた。


「また告白されたのか?」

「うん、……ですね……」

「……」


 碧馬の様子からして絶対告白を断ったのは確かだけど、やはり気になって結果を聞いてしまう。

 それで狭間は良い返事を期待して聞いた訳だ。狭間にとって良い返事とは、男子からの告白を断ったという意味だ。

 いや、そんなこと聞かなくても分かっている。学園一人気な彼女に言っちゃ悪いが、平凡な男子生徒が良い返事を貰えるとは思えない。


「あんまりフラねーことだな……」


 結局、今の話の結幕は聞かなかった。それは聞くだけ野暮だし、結果は分かりきっていたからだ。


「しょーがないでしょ狭間君。私次から次へと告白されるから参っちゃうわ……」


 碧馬も開き直った様に言って書類の整理していた。それを聞いた狭間は安心したのか笑みを浮かべていた。


「へいへいそーですか? まぁ、わがまま副会長のハートを射止める男がいたら苦労しそうだよな?」

「ちょっと本人の前で言う? 本当失礼しちゃうわね。まっそれは良いとして、早く書類を片付けないと日が暮れちゃうわよっ!」


 気の知れた二人の会話。でも、そのあと恋愛に発展することもなく、日が暮れて薄暗くなった生徒会室で二人は黙々と作業した。


「今日は助かったわ狭間君。また手伝い頼んで良いかしら?」


 やっと整理が終わって、碧馬は一息ついて振り向いて聞いた。


「またって、あんたなぁいくら俺がお人好しでも人使いが荒いぜ?」

「あら、そう?」

「全くすっとぼけんじゃねーよ!でもまあ、手伝い欲しかったらいつでも呼んでくれ……」

「ふふっありがとう」


 なにもなかった。だけど、狭間は少しだけ碧馬に好意を寄せていた。


 ◇ ◇ ◇


「先輩っ今日はまた遅い帰りですね?」


 やっと下校しようと校門を潜った狭間に声をかけたのが、一年後輩の守屋純もりやじゅんだ。彼は小柄で細身の体の美少年で結構男女問わずモテるので、ちょっと調子に乗ってる節がある。

 だけど、狭間は彼を邪気に追い払うことはしないし、話しは聞いてやる。


「ああ、ちょっとな、生徒会副会長に頼まれ古い書類の整理の手伝いして遅れたんだ」

「そうなんだ……でっ!先輩っ副会長とキスした?」

「お前……」


 狭間は同じ男子として男は何故すぐ、色恋話を聞きたがるのかと思った。まぁ、優しい彼は無視しないでちゃんと答えてあげる。


「残念ながらエロゲみたいな展開にはならねぇまあ、出来ればキスでも報酬として貰いたかったがな……」

「先輩っ今日お家にお姉さんいますか?」


 臆面もなく話題を変え、狭間の前に回り込んで聞く守屋。狭間はちょっとウザいと思った。


「ああ、今日は実家に帰ってるかも……」

「じゃあ僕と会わせてよっ!実は先輩のお姉さんの大ファンなんです!」


 校門で待ち構えていたのはこう言うことかと狭間は、呆れ気味にため息をついた。

 しかし、狭間はなるべく断らないお人好しだ。


「良いよ。ついて来な」

「先輩っありがとうございます!」

「お前調子良いな?」


 ちゃっかりした後輩の守屋は、人気女優である狭間の姉静音しずねと会って、あわよくばサインを貰う魂胆らしい。

 ちょっと調子に乗っているが、大好きな姉のことをファンだと言われたらそりゃ気を良くする。だから狭間は守屋の背中を軽く叩いて家について来いと言った。


 ◇ ◇ ◇


 狭間の実家は、アクティブアーマー専用部品工場の隣にあって部品加工マシンの稼動音でうるさいけど、両親と姉と愛犬のタロと楽しく暮らしている。


「ただいまー」


 今時珍しい引き戸を開いて家の中に入る。


「お帰りなさい優斗。あら、お友達?」


 白いブラウスに黒のフレアスカート姿の姉静音が出むかえてくれた。栗色の背中まで伸びた髪と整った顔立ちが美しく、スタイルも良いし、流石女優といった出で立ちだ。

 そんな完璧な姉が顔を出したから、守屋は緊張して直立不動の体勢で顔を赤くした。


「はっ始めましてっぼ、僕は狭間優斗先輩の可愛い後輩の守屋純ですっ!」


 可愛いは自画自賛だが、体をカチカチにしながらお辞儀した彼は本当に、静音のファンだと分かる。


「初めまして、私、優斗の姉の静音です。これからも弟をよろしくねっふふっ……」

「はいっ!」


 静音は女優アピールすることなく、自然体で守屋に微笑んだ。

 女優というともう少しお高く止まっているイメージだっただけに、素の女優静音を見た守屋はより彼女のファンになった。


「ところで姉さん。いつも仕事で忙しいのに今日はどうしたんだ?」


 普段静音は都内のマンションで部屋を借りて生活している。だから、忙しい彼女が実家に帰るのは滅多にない。だから狭間が聞いた。


「えへへーーっ実は、優斗へのプレゼントを買って来たんだ」

「本当姉さん?」


 静音は嬉しそうに有名ファッションブランドの紙袋を狭間に手渡した。

 狭間は早速袋から取り出すと包装紙を丁寧に剥がした。すると中かコートが入っていた。ブランド品だけあって大人びた漆黒のダークコートだった。

 早速着てみると、少しサイズが大きく感じたが、まるでマントみたいでカッコ良かったから、狭間は気に入った。


「優斗は家計を助ける為に毎朝寒い中、新聞配達のバイトしてるじゃない?」


 狭間はそうかなぁと、首をかしげた。


「そうよ!私はねっそんな頑張る弟のためにプレゼント買ったんだから受け取ってね」


 静音は狭間の手を両手で握った。その手はとても暖かった。


「ありがとう姉さん。早速明日から着てバイトするよ」

「良かったーっ喜んでくれて」


 静音は合わせた両手を頬に添えてより笑顔になった。そう、彼女は弟が喜ぶ姿を見るのがこの上ない喜び。だから定期的にプレゼントしていた。


「あのーお姉さん、僕のは……」


 横目で見ていた守屋が物欲し気に聞いた。

『急に来たお前の分はねえよ』と狭間は思ったが、優しい姉さんのことだ。なにかしら後輩にプレゼントすると思った。


「……ごめんなさい。優斗の後輩さんが家に訪問するなんて知りませんでした。だからごめんなさい!」


 合掌しながらウインクして守屋に謝り、お茶目な一面を見せる静音。


「そうですよねぇ……」


 肩を落とし本気で落ち込んでいる守屋。『そうガッカリするな』超人気女優と会話出来るだけで、プレゼントなんだぞと狭間は思っていた。

 とは言っても、静音は後輩君を手ぶらで帰す訳にはいかないと考えた。


「あっ!そうだ。良かったら私のサインいる?」

「えっ!? 是非欲しいですお姉さん!じゃあこれで……」


 すっかり笑顔を取り戻した守屋はちゃっかり色紙を用意していて、鞄から出して静音に両手で持って差し出した。これじゃ卒業証書受け取るポーズだよ。


「やっぱりサイン貰う魂胆で家にあがり込んだんだな守屋?」

「へっへーーっ♪」


 浮かれる守屋に狭間は『転売するなよ』と釘を刺し、姉には転売出来ない様に守屋様と入れろとアドバイスした。


「じゃあ僕は用があるので失礼します」

「おいっ!」


 目的を果たした守屋はそそくさと帰って行った。用があるとは、どうやら最近彼は自衛隊に行って見学させてもらってるらしい。

 どういうコネがあるのか狭間は知らないけど、彼は将来自衛隊員を目指してるとしか思わなかった。


「本当に現金な奴だ。しかし、姉さんのサイン色紙大事にするのかなぁ……」


 守屋の背中を見つめる狭間は、困惑した表情を浮かべ首をかしげた。

 そして、遠くを歩く守屋の姿が小さく見えていた。


◇ ◇ ◇


多次元地球暦2166年2月真東京


時刻は人々が寝静まった真東京のビル街。その一つの高層ビル屋上に仮面の救世主がフェンスに片足をかけ、眼下に広がるネオンを見つめていた。

今夜は真冬のギビシイ風邪が強く、高級ブランドスーツの上に着たぼろぼろのダークコートがまるでマントの様に風ではためいていた。


その背後の給水塔に腰かける銀髪の長い髪の謎の美少女が、男をチラ見しながら高級ワインをラッパ飲みしていた。


「マスターよ。いい加減その汚いコート捨てれば良いのに……」

「なんだと……」


謎の少女の問いに仮面の男は振り返った。仮面の隙間から覗く血走った眼光が少女を睨む。

しかし、少女はなに食わぬ顔でワインを飲み干すと、空瓶をポイ捨てして給水塔から飛び降りて着地した。


「たわけが……貴様マスターは世界、いや、正しい人類を救う救世主なのだ。だからいつまでも悲しい過去に囚われメソメソするな」


仮面の男に対してマスターと呼ぶから侍従関係では下のはずの少女はずいぶんと辛辣な言葉を言った。すると、聞いていた男の肩が震えた。


「ガイアッ!そんな酷いこと言うなよっ!このコートは、優しかった姉さんからプレゼントされた大事なコートなんだ。それを捨てろだとっ? 馬鹿じゃないか? 捨てられる訳ないじゃないか!?」


今にも泣きそうな男の仮面の下から涙が流れていた。


「あっそ……まぁとりあえず泣くなマスター」


冷ややかに見つめていた謎の少女ガイアが『子供かっ!?』とツッコミ一つ入れようかと思ったが、『それは野暮だ』と思って喋る代わりに二本目の赤ワインの蓋を開けラッパ飲みした。ガイアは年齢にそぐわないやけに達観した性格とドライな思考を持つ少女だ。


「まぁ、酒でも飲んで悲しい過去を忘れろ」

「……俺酒飲めねぇ……」

「マスター下戸か……ふむ、人生の半分は損しているぞ」


ガイアは一本20万する年代物のワインを飲み干して、空になった瓶を屋上から投げ捨てた。凄く危険な行為だが、彼女は気にもせず三本目のワインを手にした。


「ううっ!あんなに優しかった俺の姉さんがっ!奴ら!奴ら奴ら奴らに殺された!」

「……」


『まだ泣いてんのか怒るぞ《ごしゃくぞ》』と仙台弁で心のツッコミを入れたガイアが冷めた目で見つめていた。


「なぁマスター。犯人は私が記録した映像に反抗の一部始終が映ってるから、全員殺せば良くないか?」

「……あぁ、指示したあのクソ野郎はもちろん復讐する。しかし、その前に実行犯をぶっ殺す!」

「……だが、証拠映像に映っていた始末屋の男たちは帽子を被って顔が判別し難くてな」


ガイアが言うには犯人特定にはしばらく時間がかかるらしい。だけど必ず正体は暴けると豪語した。

で、ワイン四本目いった。にも関わらず、乳酸菌飲料ニョクルトを飲む様に次々とワインを飲み干し、ケロっとしていた。

この少女只者ではない。いや、人間を超越した存在かも知れない。


「とにかくこれは陰謀だ。証拠の映像だってお前が記録している。焦ることはないが、ガイアッ必ず実行犯の身元を特定しろっ必ずだっ!」

「なぁマスター。見つけ出してどうする気だ? まさか、不殺の救世主が仇討ちで人を殺すのか?」

「ああそうだなぁ……俺は民衆の味方で高潔な救世主だ。だから人殺しでイメージが悪化するのは避けたい……」


悪政を悪者にし、民衆を味方につけ英雄になる。それは、過去の革命家が行ってきた手だ。だからイメージは大事なのだ。


「だったらどうするマスター?」

「どうするって愚問だなぁクク……見つけ次第、民衆の前で公開処刑してやる」

「……マスターよ。言ってること矛盾してないか? そんなことしたらなんて呼ばれるか分からんぞ?」

「んっ血染めの救世主か? クク、心配すんな。俺にも考えがある。公開処刑つっても事故だったらどうよ? 始末屋が予期せぬ事故に巻き込まれて死んだら批判を浴びることはねーんじゃねーの?」

「……そ、そうか……」


若干引き気味に聞いていたガイアだが、馬鹿っぽい口調の割には、良く考えた策だと思った。しかし、悪く言えば狡猾。


「ああっ決めた!俺はなぁ〜始末屋を手始めにぃ、民衆の前でぇ、事故と見せかけギガントビーストの餌食にして、公開処刑にぶっ殺す。クックッあーーっはっはっーーっ!!」


背筋をそらした仮面の救世主は、夜空に向かって高らかに笑った。


「ちょっとアレだが、元気になって安心したぞ我がマイ・マスター」


ガイアはそう言うと四本目の空瓶を投げ捨て姿を消した。


「これからだ。待っていろよ翔馬……お前が俺から大切なモノを奪った様に、俺もお前から大切なプライド《モノ》を奪う。あぁ殺すのは容易い。だが、それでは面白くない。貴様の精神をズタズタにして自ら縄に首をかけるまで追い詰めてやる。

それまで楽しみに待っていろ!」


殺すのではなく精神的に追い詰めるのがこの男の復讐の流儀。


ガイアが消えてから振り返ると仮面の救世主はコートのポケットに両手を突っ込んで、屋上の入り口のドアを開けて立ち去って行った。



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