第3話 決意

 放課後の教室で一人狭間を待っていたのは、現生徒会副会長入間碧馬だ。

 学園一人気を誇る彼女が男を待つなんて、他の男子が聞いたら嫉妬で卒倒するほどあり得ない話だ。

 なにせ、一週間に一度碧馬は男子(たまに女子も)に告白されるが、当然全て断っていた。それほど彼女は難攻不落の高嶺の城なのだ。

 そんな彼女に狭間は来年二月に行われる生徒会長選挙の立候補を勧められた。

 それで勧められた男子は有能無能関わらず、彼女の願いなら首を縦に振るだろう。


 しかし、狭間は違った。


「急に言われてもなぁ……悪りぃ少し考えさせてくれ」


 狭間はばつが悪そうに後頭部を掻きながら言った。あの碧馬の誘いを簡単に断るのは中々出来ないのだが。


「私も急に聞いて悪かったわ。でもね狭間君良い返事期待してるわ」

「ああ……」


 そう言って立ちあがった碧馬は立ち去って行った。

 なんと言うか、次の返事に期待すると言って断わり辛くするやり方に思えた。


 予想外の人物と会ったせいで何のために教室に入ったのか分からなくなった狭間は、仕方ないので教室から出ようとするとクラスメイトの木村慎吾きむらしんごと出会った。


「どうした優斗教室で一人でナニしてた?」


 ナニとはどうとでもとれる意味だけど、慎吾の場合は下ネタ。彼は気さくというか距離が近すぎて、無神経な質問してくるが本人は悪気があって言ってる訳でもない。まぁそれを気にする人もいる。


「なにもしてねぇよ。お前が思ってる様な女子のリコーダー舐めるとかしてねーからな」

「例えがふっる!お前は小学生かよ」


 毎回ツッコミを入れて会話のオチをつけてくれるのが慎吾の優しさだ。


「で、本当はなにしてたんだ?」

「たった今この教室で生徒会副会長の入間碧馬に生徒会選挙に立候補しないかと誘われた」

「……マジか、でっ立候補すんのか?」

「まさか、少し考えさせてくれと答えた」

「まじかーー学園ナンバー1人気の碧馬さんの誘いを断るなんて贅沢だぞーー!」


 慎吾は自分のことの様に残念がって、狭間の肩を叩いた。でもふと思い出し、彼の手が止まった。


「お狭間には美人のねーちゃんがいるから副会長の誘いはどうでも良いんだな? だよなーーおまけに可愛い幼なじみもいるし、やっぱさぁ美人は飽きたか?」

「んな訳ねーーよっ!」


 狭間は肩に触れた慎吾の手を払った。


「でよ、狭間は副会長と美人の姉どっちなんだ?」


 どっちと聞かれてもなにがどっちだか説明不足な慎吾の質問。とは言っても、仲の良い男同士、言葉のニュアンスで言ってることは、狭間は分かった。


「恋愛対象じゃねーけど、どっちが好きかと言ったらもちろん静音しずね姉さんに決まってるだろ?」


 静音とは狭間の四つ年上の姉であり、今勢いに乗った人気女優で現在CM何本や映画に出るほどだ。そんな静音は経営が厳しい実家に対して資金援助しているから、狭間は姉を尊敬している。


「なあ、俺にもお姉さん紹介してくれよ?」


 ここぞとばかりに友の仲を利用して慎吾が姉と接点を持ちたがる。まぁ紹介しても良いが、姉さんは女優業に忙しいから断ってる。だから今回も。


「駄目だ。お前と姉さんは釣り合わなねぇよ」


 はっきり言ってやった。まぁ、友だから言える訳だ。


「ひっでえなぁ、あんまり舐めてるとぶっ殺すぞお前!とまあ、冗談は置いといて、今井玉木いまいたまきが探してたぞ」

「まっマジかっ!?」


 今井玉木とは、化学部部長にして高校に通いながら人型機動兵器の開発に関わっている、ツインテールと眼鏡がトレードマークの天才化学少女だ。

 だが、あいつと会うといつも雑用手伝わされるから勘弁だ。


「あの女の研究の手伝いは御免だ。じゃな!」


 狭間は手を振って慎吾と別れ、玉木に見つからない様にそそくさと校舎を出て校庭に向かった。校舎なら化学系の玉木にも出くわす可能性が低いし、まぁ、野球部の手伝いでもやってから帰ろうかと思ったから。


 狭間はグランドに向かっていると、背後から元気の良い声で少女が話しかけてきた。


「狭間ーーっ今ヒマ?」

「んっ? あぁ安城か、俺になにか用か?」


 狭間が振り向くと、サッカーボールを右脇腹に抱えた女子サッカー部部長安城由香里あんじょうゆかりがいた。彼女はショートカットの活発な体育会系女子だ。

 狭間とは友達の様な関係で、気軽に会話したり部活の手伝いなんかやったりしてる。


「あのさー今部員が一人足りなくてよーちょっと狭間さぁ、サッカーの練習に参加してくんねーかな?」

「あっ良いよ」


 あっさり承諾した。さっきまで玉木の雑用係は嫌がってたのとは雲泥の差だ。まぁ、雑用よりは体を動かすスポーツの方が楽だし、楽しいからだ。

 このあと狭間はサッカーの練習に参加した。


「要らん汗をかいたぜ……」

「お前も良く引き受けるな?」


 練習を終えた狭間はタオルで額の汗を拭きながら、また会った慎吾と廊下を歩いていた。


「ところでよぉ、狭間お前女子にもてるだろ?」

「……そんなことねぇよ」


 狭間は否定した。確かに女子に声をかけられる。だがそれは、なんでも手伝う俺が女子にとって都合が良いからだ。


「そんなことあるわ!全く今日だって生徒会副会長や女子サッカー部部長に声かけられてんじゃねーか? で、結局誰に決めた?」

「誰って……」


 慎吾が言うには、狭間が関わる複数の女子の中から本命を選べと言いたいらしい。だがそれじゃ恋愛ゲームの主人公じゃねーかと狭間は思った。


「んっどうなんだ? やっぱ、生徒会副会長入間碧馬か?」


 それはハードルが高すぎる。狙っている男子生徒は多いし、彼女は高嶺の花で狭間はとても手を出す気はなかった。

 それに……


「あのひとは俺みたいな貧乏人じゃ釣り合わねーよ」


 そうは言ったものの狭間は碧馬に生徒会選挙立候補を誘われたのを誇りに思っていて、口角をあげてまんざらではない表情を浮かべ、立ち去った。


 ◇ ◇ ◇


 ヨーロッパの紳士の国と名の知れた大国のとある島の地下330メートル(真東京タワーに匹敵する深さ)に真東京ドームの敷地面積と同様の秘密結社の集会場がある。


 この島に日本政府から現総理大臣大泉総理(改革と言いながら日本経済を弱体化させた売国主で支持率は急降下中だ)とその他官僚と政治家とは異質な和服姿の老人が一人混じっていた。


 老人の名は重篤寺幻馬じゅうとくじげんま。日本独自で開発した人型機動兵器アクティブアーマーを生産する一大企業重篤寺重工の創設者で、今は会長の職に就いている。


 そんな幻馬がとある秘密結社が所有する厳重な警備の軍事要塞の様な島に招かれた。彼はエレベーターに乗り地下に降りて行った。


 地下に到着すると、目の前に大きな鋼鉄製の重工な扉が見えた。その扉には黒トカゲのレリーフが刻まれていた。


 扉が開いて中に通されると、広大な集会場の中央に逆Uの字型のテーブルがあって、世界的有名な一流企業のトップが座っていた。

 そして、その中央の席にトップとおぼしき男が両手を組んだ手の甲に顎を乗せ、幻馬を見つめていた。


「良く来たな幻馬よ」


 中央の男に言われ幻馬の眉がぴくりと動いて無言だった。それは、その男の風貌が異質だったから。被り物か分からないが、男の頭が黒トカゲそのモノで体は人間で白いスーツを着ていた。


「久しぶりじゃなぁドラゴンキング殿」


 一定の間を置いて幻馬が返事を返した。その大層な名は多分本命ではない。だが、そんな疑問もあの男の奇妙な顔で吹っ飛ぶ。


「ふふ、我が秘密結社錬金術師経済アルケミストエコノミーにようこそ、重篤寺重工CEO重篤寺幻馬」

「あぁお主も元気そうで首領殿……で、今回ワシを呼んだのは?」

「ああ、本題といこう。近々我々の製品が世界中で本格的に大暴れする予定だ。その結果ここに集う企業のトップに莫大な利益を生むことになる。無論、防衛用人型機動兵器を生産するお主の懐がうるおうことになる……」

「ほっほっじゃがしかし、その為には多大な犠牲者を出すことになるのじゃが……」

「ふっ、凡人が死んだところで我々支配層の良心は痛みやせん」

「確かにふぉふぉっ……」


 きな臭い会話をする二人は笑い合った。


「そこでお主に報告したい」

「なんだ幻馬よ言ってみろ」


 和やかに会話していた二人の目つきが鋭く変化した。


「近々日本国防衛の名目に人型機動兵器部隊を設立する計画が発動した」

「ほうっ我々の商品に対抗する組織か?」

「心配なさんな、今申した通り名目で、本当の目的は我が社の機動兵器販売のアピールじゃ、そもそもこの世の兵器ではお主に製品に傷すら付けることは敵わん」

「……確かにな。で、代表は決まっているのか?」

「ほっほっほぼ決まっておる。優遇する気はさらさらないのじゃが、ワシの孫の現在17になる重篤寺翔馬じゅうとくじしょうまに任せ様と思っておる」

「ほうっそれは良い考えだ。なら、近い将来私の力でその孫を真日本国の最年少総理大臣にしてやるぞ」

「ほっほっそれはありがたい」


 近い将来とはどのくらいの期間か不明だが、この秘密結社の力なら、高校生や美少女を国のトップに仕立てあげることも可能だ。

 それだけにこの裏の支配層たる秘密結社アルケミストエコノミーの力は絶大だった。


 そのあと幻馬は自分の用意された席に座らず退室した。そして、その背中を見つめるトカゲ頭が意味深なことを呟いた。


「そう上手くいくか……我らの敵。光の勢力も動き出した……ガイアークあれは厄介だ……」



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