第16話 離れていく人々


 不安を抱えながら狭間は今日も放課後に動き出した。やることは二つ。一つは生徒会活動といつもの人助けだ。

 どちらを優先するか狭間は両方大事なのだ。とは言え生徒会は後回しにすることにした。


 まず向かったのは校庭で安城が主将を務める女子サッカー部だ。階段を降りて狭間が校庭向かうと彼女たちが練習試合に励んでいた。


「俺に手伝うことはないか?」


 狭間が部員に指導中の安城に声をかけた。


「おいっ中村っパス回し甘いぞっ!」

「……安城聞いてるか?」


 狭間の声が聞こえてないのか安城は、無視して部員に声をかけていた。


「ちょっと無視すんなよ安城っ!」


 黙っていてもラチがあかないと判断した狭間は、安城の前に出て声をかけた。

 これだと流石に狭間に気づく。


「……」


 なおも沈黙する安城が狭間を避ける様にグランドに走り出して練習試合に参加した。


「なんだよ急に……」


 明らかに無視された狭間だが、こんな日もあるだろうと気にすることもなく次の場所に向かった。


 グランドの奥にある木々を抜けると、科学部の施設と試作機の運転試験場がある。

 科学部はいつもの様に試作機のテストを始めていた。


「おい玉樹手伝うことはないか?」


 白衣をまとった玉樹の背中が見えたので狭間が声をかけた。

 すると彼女が振り向いた。安城と違って普通の反応に見えるが……


「部外者は立ち入り禁止だ。即刻に出て行ってくれ」

「えっ? 前は入れてくれたのにどうして?」

「試作機のテスト中だ。関係者以外立ち入り禁止だ!」


 なに言っても出て行けの一点張りで、狭間とは知り合いだった彼女との意思の疎通も通らず拒絶された。

 仕方なくその場を離れた狭間は校舎に戻った。


 下駄箱に丁度親友の顕正寺と慎吾とバッタリ会った。


「お前ら帰るところか?」

「おっお、おう……」


 歯切れの悪い慎吾の生返事に狭間は怪訝な表情を浮かべた。


「どうした? 様子がおかしいぞ慎吾」

「おうっ」


 返事だけして慎吾は靴に履き替えると、狭間を無視して顕正寺と一緒に校舎を出る。


「なんで皆んな俺を無視すんだよ?」


 会う知り合いに無視され続けた狭間は、流石におかしいと感じ主張した。

 すると顕正寺が振り向き、眼鏡のブリッジに指を当てながら口を開いた。


「これ以上僕たちに関わるな。以上」


 結局、顕正寺も狭間を無視する理由を告げず出て行った。


「なんなんだよ、どいつもコイツも……」


 拒否する相手にこれ以上踏み入れることが出来ない狭間は、首をかしげながら生徒会室に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 生徒会室に行くと、誰一人いなく仕方なく狭間一人で必要書類をまとめた。

 作業中狭間は考えごとをした。


 父親が絶望していたのは、つい先月増産を見越して借金してまで最新設備を導入したのに、親会社からの取り引き強制停止の仕打ち。

 これによって借金返済が困難になり、狭間の親父が絶望した訳だ。


 それにしてもこれが翔馬の仕打ちなら、生徒会選挙で負けたくらいでそこまで度が過ぎる嫌がらせするのかと、狭間は理解不可能だった。

 まあ、現に嫌がらせが続いているが、狭間はいずれ収まっていつもの日常に戻るだろうと楽観視していた。


「しかし、遅えな……」


 かれこれ一時間一人で作業していた狭間が時計の針を見て呟いた。時刻はすでに5時過ぎていて外は暗くなっていた。

 時間がとっくに過ぎていても生徒たちが集まらないので流石に狭間は、ソワソワしてきた。


「皆んな俺を無視しているのか……」


 先のことがあり、流石に不安になってきた狭間だ。


『いいや、そんなことはない!』と自分自身に言い聞かせた。

 何故なら狭間は皆に嫌われることは一切していないし、逆に皆んなの手伝いして感謝されることをしてきたから、無視される覚えはなかった。


「そうだっ入間さんなら訳を知ってるかも!」


 思い立った狭間は机を叩くと立ちあがった。


 そのまま副会長の入間碧馬を探しに、生徒会室をあとにして校内をある木々回った。

 するとすんなり校舎裏を歩く碧馬を見つけた。


「入間さんっ!」

「なにっ狭間君?」


 碧馬が振り返り答えた。今のところ普通の態度だが……狭間を見つめる彼女の表情は感情のない人形の様に見えた。


「皆んなどこ行ったんだよ?」

「ふっ狭間君、この私に聞きたいことは二つあるわね?」


 何故か口角をあげ微笑む碧馬。その顔を見た狭間は一層不安になった。

 碧馬は狭間の不安を他所に説明を始めた。


「まず一つの答えです。狭間がいなくなるまで生徒会室に行かない。他のメンバーも同じ意見よ」

「なんでだよっこれじゃ俺に対するボイコットじゃないか?」


 理不尽な答えに納得いかない狭間だ。すると彼女は狼狽る狭間に淡々と説明を続けた。


「二つ目の答えね。私は狭間君とは付き合わない」

「ちょっと待てよ!あっあのさっ俺が生徒会長になれたら付き合うって約束しただろ?」

「……それは違います。確約てはなく検討でした」

「なんだよっ今更っそれにっ俺が君を暴漢から命がけで救ったのを忘れたのか?」


 万が一告白を断られた時の切りジョーカーだ。

 しかし、碧馬は頭を下げると。


「ごめんなさい……」


 ただ一言言って彼女は背中を向いた。


「せめて訳を話してくれっ!」

「……」

「おいっなんとか言えよ!」


 狭間は碧馬の左肩を掴んだ。


「きゃあっ!」


 悲鳴をあげる碧馬の両肩を掴んだ狭間は、力任せに木に押し倒して問いただした。

 こうなるとまるで狭間が彼女を襲っている構図だ。


「そこのっ!汚い手で彼女に触れるんじゃない!」

「お前はっグハッ!」


 気の陰に隠れていた翔馬が現れ狭間の顔を殴った。

 まるでこうなると分かっていた様に……


「なっなにしやがる重篤寺っ!?」


 転倒して尻餅ついた狭間が叫んだ。すると翔馬は涼しい顔で純金製のクシを取り出し髪を整えながら、侮蔑する瞳で見下ろした。


「女の子に手を出すなんて男として最低だから鉄拳制裁した」

「事情も知らない癖に正義ズラか? とにかくアンタは関係ないからな!」

「ふんっ僕が碧馬と関係ないだと? 残念ながら大アリさ。彼女は僕を選んでくれたよ」

「なっ……」


 狭間は絶句した。しかしなおも翔馬の挑発的な主張が続く。


「そもそも君の様な貧乏人が、碧馬君と対等に付き合える訳がないんだ!いいかっ身をわきまえたまえ。同じ土俵に立つ僕を碧馬彼女は恋人に相応しいと言ってくれたのだよ」

「なっ……嘘だろ入間さん?」


 明らかに同様する狭間が二人の顔を交互に見た。


「彼は嘘を言う人じゃないわ。私、翔馬君と恋人として付き合うことに決めたの。だからさようなら狭間くん。これから辞めるまで生徒会一人で頑張ってね」


 皮肉混じりの意味深な台詞を吐いた碧馬が、狭間に見せつける様に抱き合った。


「嘘だろ……」


 放課後ショックなことが続き、その追い討ちがコレだ。これ以上限界になった狭間は力なく立ちあがって、フラフラと立ち去った。


 狭間は何故この様な仕打ちを受けなくてはいけないのか分からず生徒会室に戻り、空が真っ暗になり、先生に注意されるまで椅子に座っていた。


 家に帰ると部屋全体が薄暗く感じた。言い知れぬ不安を抱いだいた狭間がリビングのドアを開けるとそこに、顔を下に向けた姉静音がソファーに座っていた。


 狭間は、ドラマの撮影で実家に帰れるはずのない姉がいることに違和感を覚えた。

 それに涙を流していたから、良からぬことが起きたと直感した。


「姉さん一体どうしたんだい?」

「優斗……」


 弟の問いかけに振り返った静音の表情は哀しみに満ちていた。

 すると静音は狭間の手を握ると。


「優斗っ気を強くして聞いて頂戴。実はついさっき、お父さん自死したの……」

「なっ……嘘だろっ姉さんっ!?」


 しかし、瞳を閉じた静音が首を横に振る。


 狭間は突然の悲報に脱力してヒザを落とした。


 狭間の父親は多額の借金とこうじょ工場閉鎖による従業員解雇の罪悪感に耐えられず、自室にロープをかけて首をくくった。

 母は病院に行っているが、父親の死亡が確認されたらしい。


「どうして死ぬ前に家族に相談してくれなかったんだ……」


 今となっては父親の心情は定かではない。それでも狭間は吐き捨てる様に言った。


「分からない。多分お父さんは家族に心配をかけたくなかったのかも……」


 結果は心配異常の事態になったが……


「そんなのあるかよっ現にいや……」


 言いかけたが、狭間は止めて正座して黙った。


 友に無視され碧馬に振られたショックは父親の死によって一瞬で吹き飛んでしまった。

 そして、その時狭間はショックが強すぎて涙が出なかった。


「なんだか眠くなってきちゃったな……」


 狭間は着替えもせずに部屋に篭って、今夜だけは哀しみを忘れたいとベッドに寝そべり眠りについた。





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