第13話 生徒会選挙前日の朝


 生徒会選挙前日の日曜日に、狭間は愛犬のタロと一緒に近所を周りながらマラソンするのが日課だ。

 白い息を吐きながら走る狭間が足を止めた。それは前方にランナーが走って来たから、しかもこちらに向かって手を振っている。

 白いジャージ姿にロングヘアをポニーテールに束ねた入間碧馬だ。彼女は成績優秀なうえにスポーツも万能な正に完璧ガールだった。

 狭間はそんな攻略困難な彼女のハートを射止めようと挑戦するいわば、冒険者だ。


「やっほっ狭間君おはようございます」


 足踏みしながら碧馬が気さくに挨拶する。本人に自覚はないが、男をその気にさせるコミニケーションは罪だ。


「お、おうっおはよう入間さん」


 ぎこちない狭間の返事。本当なら下の名前で呼びたかったが、流石にまだ早いと自重した。


 それにしても彼女に声をかけられる男子は滅多にいない。だから狭間は例外だ。

 そういう意味では碧馬に声をかけられる狭間は特別な存在と言っても良いだろう。


「しかし、寒いわね」


 そう言って首を振る碧馬。すると一緒に揺れたポニーテールからシャンプーの良い香りが漂い、狭間は気づかれない様に大きく吸った。

 心をときめかせる芳香だった。狭間は青春真っ只中に生きていると実感した。


「……」


 碧馬に話しかけられても話題が思い浮かばない狭間は無言になった。頭の中で必死に話のネタを考えていた。


「あっ、入間さん一人で早朝ジョギングするのは控えた方が良いですよ」

「んっどうしてですか?」


 意味が分からないので碧馬は首をかしげた。


「えっと実はですね。昨日都内に暮らすホームレス数人が何者かに殺害された事件がありまして」

「……ずいぶんと物騒ですね」

「ええ、しかも、皆こめかみに銃で射抜かれて死んでいたそうです。犯人は政府に雇われた始末屋の仕業とまことしやかに囁かれてます」

「……怖いですね。以後気おつけます」


 碧馬はこれからもジョギングは続けるらしい。ターゲットにされたのがホームレスで一般市民の自分は大丈夫だと判断したからだ。


「それにしても狭間……いや、優斗君」

「……」


 彼女に初めて名前で呼ばれた。


「私にも下の名前で呼んでくれる?」

「……いや、その……」


 急には名前で呼べないウブな男だ。


「じゃあこうしない?」

「はいっ?」

「優斗君が生徒会長になったら私のこと碧馬って呼んで」


 笑顔の碧馬が後ろに手を組んで身を屈め言った。


「……分かった。呼ぶよ」

「ふふっ約束だよっ」


 碧馬は狭間と指切りしてから、手を振って走り去った。彼は彼女の姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。


 ◇ ◇ ◇


 ジョギング中の碧馬のスピードに合わせる様に一台の白のロールスロイスが止まった。

 後部座席のパワーウインドがゆっくり下がって、翔馬が顔を出した。


「碧馬さんおはよう」

「……名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいわね重篤寺君……」


 足が止まる。先程の狭間に向けた態度とは真逆の態度だ。会って間もないから、警戒している。


「ふふっ悪かった。しかし、君は僕の彼女になるんだから名前で呼ぶのは当たり前だろ?」

「……それは貴方が生徒会長になれたらの話です」

「ははっなれるさっ!だって僕以外生徒会長になる器の男なんていないだろ?」

「……」


 両腕を広げて宣言する翔馬。実に自信過剰な男だと碧馬は呆れていた。


「とにかく僕が生徒会長になったら君を副会長に任命して、近い将来僕は日本のトップに君臨した暁には、君を迎入れるつもりさ」

「……」


 どう見ても告白だが、いつも断わる碧馬が何故か黙って聞いてた。なにか密約でもあったのか、彼女は否定もしなかった。


「それではまた……」


 翔馬と別れた碧馬はジョギングを再開した。その背中を見つめていた翔馬のパワーウインドがゆっくりとせりあがり閉じた。


「入間碧馬……僕が欲しいモノは必ず手に入れる。必ずな……」


 そう呟いてから翔馬は、ロールスロイスのソファーに身を沈め瞳を閉じた。

 彼はこれまで欲しいモノは全て手に入れてきた。だから難攻不落の学園一の美少女碧馬も手中に納める自信があった。


 ピピッ!


 すると胸ポケットにしまっていたスマホに着信が入った。着信者を確認した翔馬はすぐに通話ボタンを押した。


「どうした源蔵……」

『我々がおこなったホームレス始末の件が噂になってます』

「ああ、アレか……別に良いだろ?」

『……しかし、それは困る……』

「ふっ鬼の源蔵らしくないな? ふふっ分かっているさ、愛する娘に始末屋のこと知られたくないのだろ?」

『……ええ』


 口数は少ないが、源蔵は実に正直な男だ。


「悪いが、その噂利用させてもらう」

『……』

「ははっ心配するなっあくまで噂だし、なに、あとで褒美をやると言ったろ?」

『了解しました……』


 そう言って源蔵から電話を切った。


「ふふっ狭間に対する包囲網が着々と進行中だな」


 足をクロスして優雅に座り翔馬は一人ほくそ笑んでいた。

 そしてロールスロイスがゆっくりと発進して去って行った。


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