第14話 最終試験の始まり


 昨日生徒会選挙が無事に終了し、今日発表の朝をむかえた。当初からやる気は半分だった狭間は負けて当然だと思っていたから、鼻歌を歌いながら新聞配達のバイトをこなす。


 いつも春香に挨拶しようと彼女の家の前に自転車を停めると、なにやら様子がおかしい。

 玄関先に大勢のマスコミが押し寄せていた。


「なにがあったんだ?」


 気になるもなにも、ホッとけないので狭間は記者の一人に話を聞くことにした。


「どうしました?」

「んっ?」


 年季の入った中年男性記者が振り返った。


「アンタ、そこの家の関係者か?」


 記者が春香の家を指差しながら聞いた。


「えっとこの家の春香っての同級生です」

「……ちょっとコッチ!」


 中年記者は狭間を電柱の陰に連れて行き小さな声で聞いた。


「実はな、この家の主人が政府に雇われた始末屋との噂でな、こないだあったろ? 複数のホームレスが銃で殺害された痛ましい事件を」

「えっでもまさか……」


 春香の父親については前から悪い噂話が絶えなかった。しかし、改めて噂が広まっている光景を目の当たりにすると、狭間は信じられなく戸惑いを隠せない。


「で、アンタ本当にそこの娘の同級生知り合いか?」

「……ええ、そうです」


 紛れもない事実。否定したら尚更怪しまれる。


「どうなんだ? この家の主人は殺し屋なのか?」


 他社より先に情報を得たい中年記者が狭間に詰め寄り、タバコ臭い口を近づけ小さな声で聞いた。


「しっ知らないよっ!」


 首を横に振り慌てて自転車にまたがった狭間は、逃げる様に走り去った。


「ごめん春香……」


 本当は記者を追っ払って彼女の家を助けたかった。それは余計混乱を招くと思い介入は避けた。

 しかし、常日頃人助けする狭間にとって、幼なじみを見捨てる行為は死ぬほど辛かった。


 ◇ ◇ ◇


「はぁはぁ……」


 どこまで自転車を漕いで来たのだろうか? いつの間にか、坂道を駆けあがっていた。

 彼の周りに濃い霧が立ち込めていた。霧のせいで視界が見えない。


「参ったなぁ……んっ?」


 霧の中から人影が見えた。その影が狭間に向かってゆっくりと向かって来る。

 そして影が姿を現した。それは幻覚でもない生きている少女の姿だった。


 狭間は少女の姿に釘付けになった。それは何故かというと、銀色のロングヘアーに透き通る様な白い肌に、エメラルドグリーンの宝石の様な瞳の年の功は16歳くらいの美少女が颯爽と立っていた。


「見ない制服だな……」


 狭間は首をかしげる。その疑問は謎の美少女が見慣れない緑色のブレザーを着ていたからだ。

 新聞配達で町内を駆け回ってるから、この近辺の学生の制服の種類は把握しているはずだが、緑のブレザーを採用している近隣の学校は知らない。


「狭間優斗……」

「はいっ?」


 見知らぬ美少女が狭間の名前を呼んで微笑んだ。彼の方も何故名前を知っているのか皆目見当つかなかった。


 霧の中で美少女の姿がくっきりと見えて、足元を見ると地面から5センチほど宙に浮いていたから不思議だった。


 以下の特長により、美少女は人間ではないと狭間は直感した。

 しかし、彼女の顔を見た狭間は懐かしいと感じた。そう、以前から知り合いだった親近感を感じていた。


 美少女が狭間の真横を通り過ぎる。


「アンタはもしかして神様か?」

「……どうしていきなりそう思う?」

「えっ……なんとなく……」


 その神秘的なたたずまいにそう感じた。


「あのっアンタが神様なら生徒会選挙の結果を教えてくれ?」

「……気になるのか?」

「ああっ」


 別に落選しても良いと思っていたけど、当選すれば憧れの生徒会副会長の碧馬と付き合える。だから、良い結果を知りたかった。


 結果を聞かれた美少女は、何故か悲しそうな表情を浮かべ、なにも言わず通り過ぎた。

 すると、彼女の足が止まった。


「これから貴方に過酷な救世主最終試験試練が訪れるでしょう。しかし、決して生きるのをあきらめないで欲しい。何故なら近い将来善良な人類が貴方の力を求める時代が来る。

 いいえ、必ず狭間マイ・マスターの時代が来るのです……」

「えっ?」


 振り返ると謎の美少女の姿が忽然と消えていた。


「今俺のこと主人マスターって呼んだよなぁあの子?」


 釈然としないが、霧がいつの間に晴れていたので、首をかしげつつ自転車を漕ぎ始めた。


 ◇ ◇ ◇


 バイトを終えてから狭間は、期待を込めた軽い足取りで校舎に向かっていた。

 やはり出来れば当選したいと願った。しかし、今朝出会った謎の美少女の悲し気な表情が気になっていた。

 まさか、落選すると分かっていたから、あの様な表情を浮かべたと、彼は胸騒ぎを覚えていた。


 校舎前の掲示板に生徒たちが集まっていた。


「なんで集まってんの?」


 生徒会選挙発表の前日に掲示板に集まる生徒たちと言えば大体予想がつくが、なにも分からない狭間が集団に近づき背を伸ばして掲示板を覗き込んだ。

 すると最後尾の男子生徒が狭間に気づいて振り返った。


「あっ新生徒会長っ!」


 男子生徒が狭間に指差し叫ぶと皆振り返った。


「当選しましたよ。おめでとう!」

「えっマジか?」

「本当だよっホラッ掲示板をよく見ろよ。お前の名前が載ってるよ」

「お前ら俺を騙してるだろ?」


 生徒に背中を押され掲示板の前に通された。どうせ生徒たちに騙されているのだろう。狭間はそう、半信半疑の目で凝視した。


「んんっ……」


 当初から生徒会長の座なんてどうでも良かった。そう、周りに期待され仕方なく立候補したから、落選しても当選してもどっちでも良いと思っていた。


 いや、むしろ落選した方が面倒ごとに関わらずに済むので望んでいたのかも知れない。

 しかし、わずかに当選を望んでいたからこそ、心臓がドキドキしていた。


 狭間 優斗


「……嘘だろ……俺の名前が紙に書かれている……」


 生徒会長当選の欄に狭間の名前が載っていた。しかし、疑問が残る。

 何故結果を問われた謎の少女は悲し気な表情を浮かべたのか? 今回当選したのだから、むしろ笑顔になるべきなのに……


 必ずしも今の幸運が先の幸運に繋がるとはいえない。かえって不幸を招く場合もあるとあの少女は察していたのかも知れない。


「やってくれたな……」


 狭間の背中を陰から睨みつける翔馬が呟くと、スマホを取り出し会社役員に連絡した。


「……今すぐ狭間部品工場との一切の取り引きを中止しさせろ。それから、狭間

 には人気女優の姉がいるだろ? マスコミ総動員させて、不倫疑惑のでっちあげ記事を書かせろ!」


 翔馬は通話を切ると憎らし気に呟いた。


「今回僕が勝ったら見逃してやるつもりだったが、この屈辱絶対に許さない。

 僕のプライドに傷をつけた代償は、狭間お前の大事なモノ、家族、恋人、友人、仕事に居場所とペットまでも、全て奪ってやるさクク……」


 口角を曲げて陰湿な笑みを浮かべた翔馬。

 そして、生徒たちに囲まれチヤホヤされる狭間に対し、今に見ていろとばかりに敵意を向けながら立ち去って行った。


 この時はまだ試練が始まったことに気付いていない狭間。

 これから、運命の歯車が彼の望まぬ方向へと進んで行く。


 しかしそれは、世界を救う救世主の第一歩だ。

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