第22話 優しき彼が死んだ日前編
全てを失ってから一年が経過した寒さが身に染みる二月の朝。
狭間は恥も外聞も捨て空き缶回収に精を出してホームレス生活にも板がついてきた。
彼は特に生きる希望がなく、寝る場所と腹が満たされればそれで満足していた。
今の狭間には帰る居場所も友も家族もいない。全て一人の
だが、お人好しの狭間はそれにも気づかないし、あんな目に遭ってもなお、憎しみを抱くことはなかった。
しかし、全てを失ったあの日から、死んでも良かった。だから始めの頃は自殺を試みた。しかし何故か不思議な
『俺に生きろと言いたいのか……』空を見あげ、狭間は見えない
それと、三年前に出会った銀髪の謎の少女が言った『どんな辛いことがあっても、貴方の時代が来るまで生き抜いて欲しい』との励ます言葉が心に残り、これまでなんとか生きてこられたのだ。
「今日は結構集まったな」
ビニール袋一杯に詰まった空き缶を満足気に見つめる狭間。
冬の朝なのに額から汗が滲んだ。何故かと言うと、優しかった静音姉さんから最後にプレゼントしてくれたダークコートを着ているからだ。
全てを失ったと言っても、このコートが彼の唯一の財産で宝物であった。
「ふうっ〜ちょっと休むか」
空き缶回収もひと段落した狭間はいつもの休憩場所に向かった。
その場所とはとある結婚式場の裏庭だ。この場所は滅多に人が足を踏み入れないちょっとした林になっていて、人目を気にする路上生活者のちょっとしたオアシスだ。
結婚式場は負け犬の狭間にとってもっとも避けた場所なのだが、中を見なければ良い。
それに式が始まる午前十時前に撤退してるから大丈夫。しかし、まれに眠ってしまい、目覚めた時に丁度式の最中で、幸せそうなカップルの誓いのキスを不覚にも目撃してしまうのだ。
「良いよなぁ……結婚……」
切り株に座り青空を見あげる狭間が本心をさらけ出す。だが、叶わぬ夢だと自分に言い聞かせ、どうせ結婚するなら『異国のお姫様と結婚するかな』と更に実現不可能な夢を言って逆に希望を抱かない様にしていた。
「ふあっ〜ちょっと眠くなってきたな……」
気温があがってきたせいか、眠気に襲われた狭間はちょっと仮眠を取ることにした。
「……んっ、んん……」
目覚めると外が騒がしい。ベタな結婚式で流れる音楽が流れて来た。
目を擦り起きあがった狭間はどうせ大したカップルじゃないのだろうと、ヒマのついでに見てやろうと目を凝らした。
裏庭は丁度小山みたいで、見下ろす感じで教会の中の様子が良く見える。
会場には沢山の招待客で盛りあがっていた。
「んっ……あいつ……」
招待客の顔ぶれに見覚えがあった。
「……森谷真司、顕正寺昭彦、安城由香里、今井玉樹、百島春香、守屋純に……百島っ源蔵だとっ……」
礼服姿の源蔵とその部下を目撃した狭間は一瞬、殺意を抱いた。
「ふっ……くくっ……」
そんな奴が他人を祝福するなど笑止千万だと笑った。そう、
「しかし、まさかっ……!」
知ってる顔が祝福する主役は誰だと疑問に思った。するとすぐに答えが出た。
最も印象に残るあの二人の姿が見当たらない。ならば式の主役は当然。
会場がより賑やかになり、招待客の歓声があがって入場のテーマソングが流れた。
「……」
今なら間に合う。見なくて済むと狭間は立ちあがった。
しかし、新郎新婦が誰なのか気になる。
もしかしてあの二人あの二人じゃなくて、狭間の知らない同級生の結婚式かも知れないじゃないかと確かめて見ようと思った。
だが、迂闊だった。
「あ……」
入り口から入場した新郎新婦の顔を見た狭間は落胆した。
「……見なけりゃ良かった……」
狭間は腰を降し肩を落とした。
新婦の顔は知ってる。忘れぬはずはない一度は惚れた顔。訳を言わず狭間を裏切った純白のウエディングドレス姿の入間碧馬の幸せそうな笑顔。
その横で彼女と腕組みして歩く白いタキシード姿の憎っくき重篤寺翔馬の姿。
狭間の不幸の原因が
そんな奴が惚れた女を奪って幸せを掴む姿など狭間は見たくなかった。
彼は今日この場所で、休憩したことを心底後悔した。
碧馬と翔馬が誓いのキスをするところだ。
「……」
見てしまったからには最後まで見るしかない。狭間は目を剥き食い入る様に木に隠れて凝視した。
「くそおおおおぉぉっ……あんな
木にしがみ付き崩れ去った狭間は地に顔を埋め、喚きながら地面を何度も叩いた。
「虚しい……帰ろう」
狭間はそっと結婚式場から離れ、寝床にしている下町の河川敷を目指した。
「んっ……」
ずっと何者かに後をつけられている。
そっと背後を確認すると、黒いジャンバーとキャップを被った二人組の男が尾行していた。
「アイツら……」
先程の結婚式に参列していた源蔵の部下だ。恐らく裏庭で覗いていた狭間に気づきそっと抜け出して来たのだ。
そして今まさに自分の命を刈り取りに来たのだ。
『こんなところで殺されてたまるか!』と狭間は角を曲がると猛ダッシュで走り出した。
するとすぐ後ろから『捕まえろっ!』始末屋の声が聞こえてきた。
逃げている最中アドレナリンが分泌し、心臓が激しく鼓動した。その要因は目の前にある死と、なにより愛犬タロを殺した憎っくき汚い始末屋が、自分を殺しに来ている。
そう、タロの仇を取るまでは死ねないのだ。
「くそっ!」
すぐ側まで始末屋が追って来た。普段から訓練してきた彼らにとって、一般人を捕らえることなど造作もないことだった。
「はぁはぁ……」
あっと言う間に狭間は、路地裏の行き止まりに追い詰められてしまった。
二人の工作員は銃を取り出すと構えた。生かしはしない。その場で射殺する気だ。
「まだ東京にいたとはなぁ……」
「同感、大人しく田舎に帰ってれば死ななくて済んだのになぁ……」
始末屋の後藤と時田が淡々と会話する。まるで感情が欠損した様な殺し屋らしい声色だ。
それと彼らが手にする銃はサイレンサー式で銃声を最小限に留める殺し
カチリとカートリッジを交換する音が聞こえる。
ここまでか……追い詰められた狭間は死を覚悟した。まだ死ねないと己に鼓舞したが、現実は死が目の前に迫っていたから。
悔しいけどこれまでかと降伏し、瞳を閉じた。
「始末する」
黒ずくめの死神が忍び寄る。
狭間はもうどうでも良い。死んでも良いさと、そう思った。
しかし、また見えない力が狭間の命を惜しんだ。
ゴッ!
「がっ!!」
突如背後から石が飛んで来て、始末屋時田の後頭部に直撃した。
流石の始末屋も頭を押さえてしゃがんだ。しかし、更に塀の上から
「ぐあっなんだっ!?」
たじろぐ始末屋。だが、投石のおかげで逃げるスキが生まれた。
「兄ちゃん逃げなっ!」
堀の上から甲高い少年の叫び声。
「!?」
目を開けた狭間を少年が駆けつけ手を引っ張る。
「お前っ!?」
狭間を助け少年の顔に見覚えがあった。金髪に染めたお調子者の少年ケンだ。
以前狭間がボランティアに訪問していた孤児院の少年だ。
「おいっケンッ急げっ!」
リーダー格の孤児院の少年貴志が叫ぶ。
「おうっ狭間の兄ちゃん一緒に逃げよう!」
「おっおう!」
狭間は少年たちと一緒に始末屋から逃げ出すことに成功した。
◇ ◇ ◇
「ここまで来れば大丈夫だろう」
河川敷まで逃げて来た狭間と二人の少年。
周りを警戒する貴志。しばらくしても追っ手は来ない。上手く撒くことに成功した少年は胸を撫で下ろした。
「あっお兄さん!」
河川敷の秘密基地で待っていた優華が声をかけた。そしてその後ろに、柚と知歌の二人の少女が心配そうに顔を出した。
「皆んなどうした……」
「水臭いな〜狭間の兄ちゃん」
ケンが親し気に言った。そう、ここにいる少年少女は狭間の知り合いだ。
その彼らに助けられるとは思わなかった。しかし疑問が一つ。
「孤児院はどうした?」
「まだ有るよ。だけど……前日政府の役人が来て俺たちを連れて行こうとしたから逃げたんだ」
ケンが『
「……園長先生は大丈夫なんか?」
「ああ、それは俺たちが勝手に逃げ出したから先生は処分されないんじゃないかな?」
「それなら良いが……」
取り敢えずホッとした狭間は力が抜けたのか、地べたに座った。
ふと腹を摩って翌日からなにも食べていないことに気づいた。まあ、ありつけても、ロクな食事ではないのだが……
「お前ら飯は?」
「有る訳ねえだろっ逃げ出すのに精一杯だったのだから」
「そうかケン……んっ!」
遠くから踏み締める様な金属音がする。狭間が立ちあがると20メートル手前の河川敷に砲弾が着弾した。
「きゃあっ!」
「優華っ柚っ知歌っ危ないから下がってろ!」
貴志が叫んで女の子たちが後ろに下がった。
「アイツら……」
貴志が忌々し気に遠くを見つめる先に、人型機動兵器二機が銃口を向けていた。
この機体、日本政府が所有する対ギガントビースト用人型機動兵器アクティブアーマースタリオンは全長17メートルの量産機だ。
スタリオン始末屋使用一号機の三角のカメラアイがズームして狭間たちの姿を捕らえる。
「こちら後藤。例のターゲット発見しました。これより駆除作戦を遂行します」
『こちら管制官了解っ』
ダークブルー装甲の始末屋仕様の二機がゆっくりと歩き出し、こちらに向かって来た。
貴志は周囲を見回す。だが、異常はなく、スタリオンが狭間たちに向けショットガンを構える。
「なんで俺たちを攻撃するんだよっ!」
ケンが叫ぶと貴志が肩を掴み首を横に振った。
「あの機体色を見ろ」
「機体色……ダークブルー……あっ!
「ああ、奴等本気で兄ちゃんを殺しに来たんだ。 チッ生身で戦えってんだ。卑怯者め」
真面目で正義感の強い貴志が悔し気に言った。
「とにかく逃げるぞっうわっ!」
生身の始末屋でさえ厄介なのに、機動兵器二機じゃなおさらヤバい。
少年たちは狭間の腕を引っ張って逃げ出そうとすると、スタリオンが75ミリ弾丸仕様のショットガンを発射。
「きゃああっ!!」
威嚇のつもりか近くの大木に命中させた。
「不味いっ!奴等本気で俺たちを皆殺しにする気だ……とにかく今は逃げっ」
「痛いよぉ……」
「知歌っ!!」
貴志が振り向くと、粉砕された大木の破片に片足を挟まれた知歌の姿が目に入ってきた。
「大丈夫かっ!」
「……」
足は幸い潰れてはいないが、ガッチリ挟まって身動きがとれない様子。
「おいっ奴らが来るぞ!」
「分かってるよケンッ!でも、知歌の足が木に挟まって……」
万事休すか絶多絶命の状況の中、狭間はぼんやりと見つめていた。
しかし、彼の右手がわずかに強く握り絞めていた。
人一倍気弱な知歌がアニメのヒロインみたいに『皆んな私に構わず逃げて……』と強がって言う。
「んなこと出来るか知歌っ俺たちは絶対お前を守る。なぁ狭間の兄ちゃん?」
「あ、あぁ……」
半分廃人みたいな狭間の返事はハッキリしなくて頼りない。だけど彼の瞳に僅かだけど、小さな炎が点火したかに見えた。
もちろん本人は気づいてない。
『貴様らにつぐ、大人しく投降すれば、絞首刑で済ませてやる』
スタリオンから警告が発せられた。
要するに、75ミリショットガンでミンチにされて死ぬか、絞首刑で楽に死ねるか選べと聞いている。
まあ、どちらも苦しいから笑えない。
「ふざけやがって……たかだか人間相手にロボ使いやがって……」
ニガ虫を噛み潰した様な表情を浮かべたケンが呟く。
焦る少年たち。しかし、そんなことはお構いなしにスタリオンが接近する。
「兄ちゃん逃げても良いんだぜ?」
「……」
ケンが聞くと狭間は答えない。その代わりに後ろを向くと、知歌の元に駆け寄り大木の破片を持ちあげようと試みる。
「兄ちゃんっ!」
「お前らも手伝え」
「お、おうっ!」
貴志とケンも加勢した。しかし、男三人の力を持ってしてもびくともしない。
「不味いっ奴らが来るぞ!」
「そんなこと言ったって貴志っうわっ!?」
突然隅田川から大きな水しぶきがすると、なんと、二匹のトカゲ型ギガントビーストが出現した。
水大トカゲの様な見た目だが、その全長は30メートルと超巨大化け物だ。
人類は一度もギガントビーストを倒した実例はない。そうなるととっくに人類は化け物に蹂躙されて滅亡かと思われたが、適度に暴れまくると海に帰って行く生態によってこの世界は続いている。
「なんでこんな時にっ!」
貴志が叫んだ。
運が悪いことに、前方には始末屋が乗るスタリオンと後方にギガントビースト。
実に真東京に出現したのは五年ぶりになる。とは言え、最悪のタイミングで挟み撃ちだ。
『ギガントビーストだと……本日襲撃するなんて聞いてないぞ……』
困惑気味に始末屋の時田が言った。
『と、とりあえず先にトカゲ型の対処だ』
後藤が言った。始末屋とは言え、政府直属の特殊部隊。市民を怪物から守るのが先決の任務だ。
『了解っ直ちにターゲットをトカゲ型に変更する』
時田機のショットガンの銃口がトカゲ型に向いた。
「ギシャアアアッ!」
敵意を感じたトカゲ型が一斉にスタリオン目掛けて突進する。
『ひっ!』
スタリオンがショットガンを発射してトカゲ型に命中させるも、微動だにせずタックルを喰らわした。
『ぐわっ!』
吹き飛ばされる時田機。
『ひいっひいっ来るな来るなあっ!!』
バスッバスッ!!
『ギガがーーッ!』
ショットガンの連打にものともしないトカゲ型が後藤機に迫る。
『ヒイッやっぱり奴らに武器は効かねえよっ時田っ撤退だ。撤退!』
『りょっ了解っ!』
武器が通用しないと分かると、スタリオン二機は早々に撤退を開始した。
所詮は始末屋ということか……
「ギッ……ギィーー」
大きな獲物を逃した二匹のトカゲ型がゆっくりとコチラを振り向き、ターゲットを元に戻して牙を剥いた。
「まっ不味いっまたコッチに向かってくるぞ!」
焦り始めるケン。三人の男たちは、知歌の片足を挟む木片を必死に持ちあげようとする。
しかし、全く持ちあがらない。
「はぁはぁ……兄ちゃんだけは逃げろよ」
「……」
ケンに言われた狭間は、苦しむ知歌と迫り来るトカゲ型を何度も見回した。
逃げるなら今しかない。
しかし、逃げるつもりはない。狭間は足元に落ちていた鉄パイプを拾って握り締めると、逃げて行くスタリオンを睨んだ。
「力があるのに政府の
鉄パイプを両手で構えて、決意を秘めた目で狭間は迫り来るギガントビーストにたち向かった。
「兄ちゃん無理だっ!」
「馬鹿野郎ケンッ無理でも守るんだっそれが人間だろそれが人間だろ?」
「兄ちゃん……」
狭間の勇気に感化されたケンは大木の破片を持ちあげる作業に戻った。
しかし、迫り来るトカゲ型。勇気があっても万事休すか?
「ギシャアアアッガッ!?」
片方のトカゲ型が右手を狭間に向かって振りあげた瞬間、突如地面を突き破って出現した純白の装甲の巨体握り拳が、トカゲ型を突き飛ばした。
「な、なんだ……?」
微かに赤ワインの香りがする。
すると、鉄パイプを構え呆然とする狭間の前に、銀髪の少女が姿を現した。
腰まで伸びた銀髪のロングヘアに白い肌とエメラルドグリーンの瞳で緑色の基調の生地のブレザー制服姿の神秘的な美少女だ。
そして彼女はまるで、最初からそこに居たかの様に自然とたたずんでいた。
「アンタは……」
狭間は彼女とは何度か会ったことがある。ただ、なに者かは知らない。
しかし今日、彼女の正体が分かる気がした。
「私の名はガイア。ガイアークの美少女型AIです。さて、無事に最終試験合格です」
「なんだと……?」
「ふふっ貴方の勇気と優しさは救世主に相応しい。さあっ」
ガイアと名乗る少女が、右手を狭間に向かって伸ばした。
我が
「ガ、ガイアークだと……」
「ええ、マイ・マスター」
ガイアは優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます