第29話 明暗を分ける力

 仮面の男こと狭間が操縦席に乗り込むと、後部座席に座るガイアと目が合った。


「お……」

「もぐっ……まふたぁ〜」


 ガイアの頬が膨らんでいる。しかも何やら咀嚼しながら返事した。


「お前何食ってる?」

「ほほっはっウーパーイートから出前したフランス料理セットだ。まぁ、マスターにはやらないゾ」

「……要らん。全く戦闘中にディナーを楽しむなんて非常識だな」

「仮面の男に言われたくないぞー」

「むっ……」


 返す言葉がないとはこのことで、狭間は黙って席に着いた。

 相変わらず操縦席には操縦桿や細かい計器が全くないシンプルな構造だ。

 操縦方法はガイアークを自分の手足の様に操れる思考操縦だ。


「ガイアッサポート頼むぞ」

「ん、あ……心配するな。ガイアークは無敵だ」


 一瓶1000円の赤ワインをラッパ飲みしながらガイアが答えた。


「ん、んーー……」


 飲み干した瓶をマジマジと見つめるガイア。そしてカラ瓶をポイ捨てすると『もっと良い赤ワインが飲みたい』と思った。

 その為には今日のデビュー戦にかかっている。


 ◇ ◇ ◇


「あの可笑しな男が呼んだ巨大A.a《アクティブアーマー》は何っ?」


 指揮車のモニターに映し出された映像を目の当たりにした碧馬が、困惑しながら玉樹博士に聞いた。

 すると玉樹は肩をすくめた。


「こんなA.aは知らない。少なくとも我々は一切関与していない機体だ。それに、巨大過ぎるし、シンプルな構造の機体はA.aのミリタリーコンセプトと余りにもかけ離れている」

「じゃあなんなのよ?」

「……強いて言えば、特機スーパーロボット……」

「……スーパー、ロボット……まさか、アニメじゃないのよ玉樹ちゃん」

「まーねー、とにかく分析が必要ね」


 気を取り直した玉樹はパソコンのキーボードを打ち始めた。

 横で見ていた碧馬も通信マイクを握った。


「仕方ないわねぇ……守屋君っあの機体のパイロットと会話出来る?」

『えー僕が?』  


 嫌そうに返事する守屋は面倒ごとは嫌いだ。 


「嫌なら良いんだけど」

『もしもし司令っ守屋に代わりました顕正寺ですっ、僕が守屋の代わりに巨大A.aのパイロットとコンタクトとってみます』

「分かったわ。お願いね」


 とりあえず次の指示を出した碧馬は椅子にもたれると、天然水のペットボトルを握って暫し考えた。


「戦闘中に水飲むなんて不謹慎かしら……」


 碧馬は秀才だが、馬鹿正直に真面目だ。


 ◇ ◇ ◇


 ポンッ!


 ガイアが二本目の赤ワイン瓶のコルクを引っこ脱いた。


「ガイア《お前》大丈夫か?」


 化け物級の酒豪であるガイアを知らない狭間は、心配そうに聞いた。


「うむ、問題ない。それより通信を傍受ぼうじゅしたが、どうするマスター?」

「んっ……一応聞いてみるか」

「了解」


 そう言ってガイアは特に操作することなく食事を続けた。

 すると通信機から雑音から入って男の声が聞こえてきた。


『こちら機動部隊トライアングルホース第二小隊隊長顕正寺昭彦だ。もし、宜しければそちらの所属を教えてくれませんか?』

「……」


 聞いた声だ。しかも知ってる狭間を裏切った同級生の名前だ。

 狭間は黙った。応えるはずはない。まだ復讐対象者に自分の正体を知られたくなかったからだ。


 とは言え、声だけ聞いて正体がバレる可能性は低いし、気づかれても否定すれば良い。

 だけど、用心深い狭間は無視することにした。


『……おい聞いているか?』

「……」


 それでも応えない無視する狭間に罪悪感は湧かなかった。何せこの男は狭間に一方的に無視して宿敵翔馬側についたからだ。


『おいっ聞こえてるかそっちのパイロット? アンタ何モンだ?』


 森谷が通信割って入った。もちろん声を聞いただけで狭間は誰か分かった。


『おいっダンマリだぜ、守屋も一言言ってやれよ』

「んっ……そうか」


 なんと言う腐れ縁。宿敵の部隊に知った裏切り者が三名所属していた。

 しかも、司令官は本命だった女。入間碧馬だ。


「ふふ……」


 狭間は静かに笑い。今後どうしてやろうか思案した。


「マスターそろそろ動け」

「んっ?」


 食事を済ませ痺れを切らしたガイアが狭間に言った。


 ハッとしてフルスクリーンモニターを見ると、魚型が目の前まで迫って来ていた。


「チッ奴らに気を取られていたか!」

「どうするマスター?」

「とりあえず通信を遮断だ。そして魚を捌く」

「了解っイエス・マイマスター!」


 ノリノリに敬礼するガイアだ。


「さて、日本いや、世界中が注目する一戦だ。やれるなマスター?」

「ああ、やってやるさ。なに、魚型を三枚におろしてやるさ」


 ガイアークの目が紅く光る。迫りくる魚型の顎にパンチを浴びせる。

 しかし、表面を覆うゼラチン質の防御層に衝撃を吸収され無傷。


「なんだあのブニョブニョは……」

「アレのせいでダメージが通らない。だから先ずは吹き飛ばせ!」

「吹き飛ばせと言われてもどうやったら?」

「ふんっ簡単なことだ。奴の胴体に強力なパンチを浴びせ、ゼラチン防御層を吹き飛ばすんだ!」

「なるほど!攻略が分かれば怖くねえぜ!」


 早速ガイアークは魚型の懐に回り込んで、重いボディブローを一発かました。


「ジュルッ!?」


 効いたのか魚型が初めて吠えた。とは言え、見た目通りの滑りのある鳴き声だ。


「効いてるぞマスターこのまま行け!」

「ああっ叩き込む」


 ズバンズドン!


「グジュルッ!!」


 立て続けにボディブロー二発喰らった魚型。ついでに、全身を覆うゼラチン防御層全て吹き飛んだ。


「良しっ丸裸だ。ゼラチンが復活する前にケリをつけるぞマスター」

「了解っんっ!」


 大口を開けた魚型から飛び出した長い舌がガイアークの胴体を巻き付いた。

 先程、スタリオンに巻き付けビルに叩きつけた戦法だ。


「フッだからなんだと言うのか?」


 狭間は鼻で笑った。


「汚えヨダレを垂らした舌でこのガイアークに巻き付けやがって!」


 ガイアークは機体に巻き付く舌をいとも簡単に、力技でブチ切った。


「ギジュルル!?」


 悲鳴をあげる魚型。恐らく初めての痛覚かも知れない。


「さぁて、開きにしたのち焼き魚に料理してやるぜ」

「了解っ」


 狭間の意図を察したガイアが返事をして、右腕を円盤カッターに変形させた。


「ギッ!」


 高速回転するカッターが魚型の胴体を中央から真っ二つに開いた。


「良しっ次は焼き魚だ!」

「了解っ!」


 今度は左腕がキャノン砲に変形した。


 ◇ ◇ ◇


「馬鹿なっ両腕が変形したっ!?」


 ガイアークの戦いを黙って見ていた玉樹博士が身を乗り出して叫んだ。


「ちょっと玉樹ちゃん急にどうしたの?」


 ギョッとして目を見開き驚く碧馬。ちょっと引いている。


「あっあのなっデタラメな変形だがっ変形機能は高度な技術なんだ!」


 興奮気味に力説する玉樹。ガイアークの力を見た彼女の心は、驚きと嫉妬が渦巻いていた。


「しっ司令っ所属不明機の変形した左腕から高エネルギー反応っこっコレは、う、嘘っ!」


 美人オペレーターが口元を手で押さえ絶句する。


「どうしたっ!?」


 碧馬がオペレーターに聞くと。彼女は口を押さえながらモニターを指差す。

 釣られてモニターを見る碧馬。


「なっ!」


 ガイアークの変形したキャノン型左腕から高出力のビームが発射され、魚型を焼き尽くした。


「しっ司令っ巨人獣から生体反応が完全にロストしました……」

「……嘘、また倒したの……あのロボット」


 ヘッドインカムを外し呆然とする碧馬。横に座る玉樹博士に至っては、ショックで身を震わせていた。


「今のはなんだ……まさかビーム砲……まさか、ビーム兵器は研究の段階で実用化など夢また夢だぞ、なのにアレはなんだーー!?」


 驚愕して目を見開く玉樹が立ちあがって、唾を吐きながら叫んだ。

 この日博士のプライドがボロボロにされた。忘れることのない日となった。


 しかし、玉樹博士の驚きはそれだけじゃなかった。

 戦いを終えたガイアークは宙に浮き、空高く上昇すると飛んで立ち去った。


「馬鹿なっ!翼もジェット推進装置も見当たらないのにあの巨人が飛んだっ!?

 それはまるで……反重……いや、あり得ない」


 これ以上追求したら理性が崩壊する。だからモニターから背を向けた玉樹は考えたるのをやめた。


 司令官碧馬はガイアークの画像を見ながら顎に手をかけた。


「一度ならず二度までも巨人獣を倒した不格好な機動兵器……まさかアレが人類の希望……」


『いやいや』とそんなことはあってはならないと碧馬は目を瞑り、首を横に振った。


 この日、白と黒のロボットのデビュー戦となった。そして明暗を分けたのは黒の性能の差であった。




















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