第18話 姉に向けられた毒牙


 狭間の母の死因は、工場の倉庫内でうず高く積まれていたパレットが崩れて下敷きに遭ったからだ。

 そして母の葬儀が速やかにとり行われた。


 立て続けに起こった狭間家の不幸を耳にした親戚は、ある噂話しをしていた。

 優斗が生徒会選挙で翔馬に勝ち、それが要因となって彼を怒らせ嫌がらせを受けたのだと。

 しかしそうだとすでに死人が二人出ているので、嫌がらせを超えた犯罪行為だが、憶測だけで証拠は出ない。

 つまり、上級国民の犯罪は決して表に出ることはなく、罰せられないどころか事実は闇に葬られるだけだ。


 そんなことで狭間の親戚は翔馬の報復を恐れ、誰一人として葬儀に参列する者はいなかった。


 結局狭間と姉の二人だけの葬式となった。


 狭間は泣きたかった。だけど、姉に心配かけたくないと涙をこらえた。

 そんな弟の気持ちを察した静音が隣り座った。


「私はいつも優斗の側にいるから気を確かにね」

「でも俺はこれからどうすれば良いんだ?」

「私が一杯仕事して家計を支えるから、優さんはなにも心配することはないのよ」

「ありがとう姉さん。でも、俺もう少し頑張ってみるよ」


 姉弟は身を寄せ合い誓い合った。


 しばらくして静音のマネージャーである田原氏が、血相変えて葬儀場に駆けつけた。

 額に汗を流し、息を切らせながら駆け込んで来たから、大変な事態が起こったと感じさせる。


「はぁはぁ……静音ちゃん悲しんでるところ悪いんだけど、ちょっちょっとテレビつけてもらえるかな?」

「はい?」


 何故今テレビなのか? 大の大人がアニメ番組観たさで駆けつけたのじゃないのは明らか、それで考えられるのがニュースだ。

 しかも、悪い内容のニュースかと静音は思った。


 怪訝な表情を浮かべた静音はテレビをつけると丁度ニュースがやっており、しかも低俗な芸能ニュースだった。


 その内容は、例のデッチ上げ記事の不倫相手とされる俳優の謝罪会見の映像が流れていた。

 丁度、フラッシュを焚かれた彼はお辞儀して謝罪の最中だった。


「なんで謝るの……」


 思わず口を手で押さえる静音。テレビ画面の彼がありもしない不倫を認め謝罪したからだ。

 これでは静音も共犯者にされてしまうし、彼女も会見して無実を証明しないと不倫をしたことにされるから。


「私本当に俳優とは付き合ったことなんてないのに、なんで嘘をついてまで謝罪会見するの……」

「俺は姉さんが不倫なんかしないと信じているよ」

「うんっありがとう優斗」


 優しき弟に励まされた静音は涙をハンカチで拭うと、笑顔で応えた。


「姉弟で励まし合うのは良いんだけど、今回の不倫騒動でスポンサーがカンカンに怒って、契約違反だとして一億円の違約金を払えと通告してきたんだ」


 そう言ってマネージャーは頭を抱えた。


「そんなっ報道だけで違約金一億円っ!?」


 しっかり者の静音でも、立て続けに起きる衝撃に顔面蒼白になり、よろけてしまった。

 ブライダル会社にとってCMに出演した女優が不倫したとあっては、信用に関わる大問題な訳でスポンサーが怒るのもうなずける。


「姉さんっ落ち着いて!」


 いつも助けてくれた姉を助ける番だと自覚した狭間が、励ましの声をあげた。


「俺が力になるから負けないで」

「ありがとう優斗。ふふっ姉さんはどんな困難にも負けませんから、だってそうでしょう? 優斗とマネージャー《田原氏》がいつも私の側にいてくれているから」


 静音は力を取り戻した。


「姉さんは本当に心強いなぁ、俺も姉さんがいる限りどんな困難にも立ち向かうよ」


 姉弟は手を握り合った。

 この夜マネージャーを含め三人で笑い、明日を乗り切る決意を決めた。


 ◇ ◇ ◇


 葬儀場の横の道路に一台の白色のロールスロイスがゆっくりと停車した。

 そして後部ドアのパワーウィンドウが降りると隙間から、翔馬が反眼で外を覗き見た。


「良くやったな」


 しばらく見た後ウィンドウを閉め、翔馬が右横に座る人物に話しかけた。

 その人物は高級車に似つかわしくないネービーブルーのジャンバーとキャップを深々と被った中年男性。

 その彼がキャップのつばを掴んで更に深く被り直した。まるで、顔を誰にも見られたくない様に……


「倉庫作業中の事故を装った工作活動見事だったぞ源蔵」

「……」


 やましい気持ちがあるのか源蔵は沈黙していた。

 しかし、男の視線が鋭くなり、周囲を警戒しだした。


「急にどうした源蔵?」

「翔馬様、何者かの視線を感じます……」

「なにっ!それはいかんなっ始末屋のカンか?」


 運転手が外に出て周囲を確認したが、特に異常はなかった。

 運転手が首を傾げながら運転席に戻ると『どうした?』と翔馬が聞くと、特に怪しい人物は見当たらなかったが、どこからともなく酒の匂いが漂ってきたと説明した。


「ふんっまぁ良い。それより源蔵っあと一つやってくれ」

「……」

「嫌か? 汚れ仕事は?」

「……いえ、一つ殺す《やろうと》五つ殺す《やろう》が同じ罪です。構いません」

「そうか、ふふっこれが終わったらお前の娘を希望する大学に合格出来る様にしてやる。それにその後、希望する一流企業にだってコネ入社させてやる」

「……ありがとうございます。ですが、娘は翔馬様が創設予定の防衛隊に入りたいと申してます」

「そうかっそいつは頼もしい。これからも頼むぞ源蔵」


 上機嫌になった翔馬が高級シャンパンの栓を抜いた。

 そして、二人を乗せたロールスロイスがゆっくりと走り出した。


 途中源蔵キャップの男が下車して行った。そして一人上機嫌になった翔馬は、高級シャンパンを開けて楽しんだ。


「全てが順調に僕の復讐が進んでいる。もうすぐだ。もうすぐ狭間アイツの最も大切なモノがこの世から消える。クク、悪く思うなよ、だって生徒会選挙でこの僕に恥をかかせた罪は重い。

 そう、絶対に許せない……」


 眉を吊りあげ怒りの表情を浮かべた翔馬が左拳を握った。


「……運転席っ碧馬の家に向かってくれ」

「承知しました」


 ロールスロイスは高級住宅街に向けて進路を変更した。

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