第24話 優しき彼が死んだ日後編


「さあマスター、巨人獣ギガントビーストから人類を守るために、この私と共にガイアークに乗って戦ってくれますか?」


 AI少女ガイアが狭間に手を差し伸べる。


「コイツに乗って俺はどうする……」


 狭間はガイアークを見あげどうにも乗り気じゃない。


「マスターよ、いい加減乗るのか否か決めよ」

「あ、ごめん。乗るよ」


 またガイアにキレられて意味の分からない方言でごしゃかれる《怒られる》のは勘弁だったので素直に従った。

 だけど、操縦するかと言ってアニメみたいに上手く戦って、ましてや初勝利出来るとは到底思えなかった。

 その狭間の自信のない根拠は、人類は未だかつて巨人獣を退治したことがない。

 だからガイアークと言うロボットに乗っても勝てるハズがないと決め付けていたからだ。


「フッそうこなくちゃマスターさあ乗って!」


 立てヒザをついてしゃがんだガイアークが右手の平を地面につけた。するとガイアが手の平に飛び乗って手を差し伸べた。


「あぁやるしかねぇか……」

「おおっマジか!」


 狭間がガイアの手を握ると、彼女は軽々と引っ張って手の平の上に乗せた。

 先程見せた倒木を片手で軽々と持ちあげたガイアのパワーを知っていても、身長182センチ体重75キロの彼を引っ張る彼女に驚き絶対逆らったら駄目だと思った。


「ではマスター動きますから落ちない様にしっかり掴まっていて下さいね」

「ちょっと待て、つ、掴まるってどこ? ガイア《お前》にか?」

「ふふっ面白い冗談言いますねマスター。一つ忠告しておきますが、私に抱きついたら殺しますよ……」

「……」


 最後に『冗談ですよ』と彼女が付け加えたが、殺気を放ち未知なる少女に狭間は恐怖を覚え黙った。


 狭間を乗せたガイアークの右手が、胸部の位置(コックピット)まで運んだ。

 すると凹凸がない胸部装甲にハッチが浮き出て開いた。


「乗り込んで下さいマスター」

「……マジか……」


 コックピットの位置は、高さ50メートル以上なので柵のないビルの屋上にいる感覚だ。

 高所恐怖症の狭間は恐怖で腰が抜けそうになった。


「気おつけて下さいねマスター。足踏み外したら死にますよ」

「分かってるよ!」


 四つん這いで恐る恐る狭間はコックピット内部に入った。


「おいっ!? なんだこの操縦席は?」


 内部を覗いた狭間の疑問系の一言。

 何故疑問に思ったかそれは、操縦席が異常にシンプルだったからだ。


「おいっディスプレイと操縦席二脚しかないぞ?」

「あぁそうだが」

「ちょっとなに普通に答えてるんだ? 機械に疎い俺でも操縦桿がないと操縦出来ないのは分かっているぞ?」

「あぁそのことですね。とりあえず操縦席に座れ」

「座れって大丈夫かシートベルトもねぇぞ?」

「座れマスター」

「はい……」


 ガイアの殺気を感じた狭間は大人しく座った。

 するとコックピットハッチが閉まり、360度見渡せるフルワイドモニターが外の様子を映し出した。


「うわっ!」


 前方から大口を開けて接近するトカゲ型の姿が映し出されたものだから、驚いた狭間が悲鳴をあげた。


「おいっこっちに向かって来るぞガイア!?」

「戦えマスター!」

「操縦桿もないのにどうやって?」

「心配は要らん。マスターは自分の体を無意識に動かす様にガイアークを操縦することが出来る。まずは目を使え!」

「目ぇ?」


 狭間は頭をあげモニターを凝視した。

 するとガイアークの球体ヘッドにハの字型の両眼が現れた。


「ギュアアッ!」


 急接近したトカゲ型が右手を振りあげ、ガイアークに振り下ろし攻撃した。


「うわっ!?」


 吹き飛ばされたガイアークは尻餅をつき呆然と見あげた。


「ギュアアッ!」

「ガアアッ!」


 トカゲ型二体同時にガイアークに襲いかかる。


「ひっ!?」


 思わず頭を抱えて縮こまる狭間。するとガイアークも同じ動作をする。それはマスターの神経と機体は繋がっているから連動して動く。

 だから情けない動きをすればガイアークも同じ動作をする。


「ギュルル……ギュガアッアッ!!」


 敵が怯え弱いと判断したトカゲ型は容赦なく牙を剥いた。

 虐められっ子の様に縮こまり無抵抗のガイアークに、トカゲ型が引っ掻き噛みつき攻撃を加える。


「やめてくれっやめてくれっ!これ以上俺をいじめないでくれっ!」


 化け物まで自分に悪意を自分に向けるのか? 狭間は耳を塞ぎ体を丸めた。

 そう、喧嘩などしたことのない人の良い彼が戦えるはずがなく、ただひたすら縮こまり攻撃を耐えていた。


「あのロボット泣いてる……」


 知歌が仲間の制止を聞かず、ガイアークに近づき見あげて言った。


 ヴヴヴヴウ……


 ガイアークの振動音が呻き声に聞こえ、ハの字型のカメラアイが泣き顔に見えたからだ。

 親を失い悲しい境遇の知歌は、泣く姿のガイアークに共感シンパシーを感じていた。


「ガアアッ!」

「怖いっ助けて姉さんっ!」


 戦意を消失した狭間と連動して丸く縮こまるガイアーク。トカゲ型に一方的に攻撃されるが、不思議なことに無傷だ。


「やめてくれっやめて下さいっ!どうして皆んな俺を虐めるんだぁ!?」


 涙を流しながら泣き叫ぶ狭間と連動して情け無いハの字の泣き目からオイルが涙の様に流れ出た。


 自分だけ何故不幸が立て続けに起きた?

 親しかった友だちが去り、大切な家族を失ったのに、訳も分からず巨大ロボに乗せられ怪物と戦わされる。


「もう良いっもう良いよっ」


 狭間は自暴自棄に言った。


「……」


 そんな彼を後ろの席に座り黙って見つめるガイア。


「本当にそれで良いのか? 戦わねば無駄死にぞマスター」

「……別に構わねぇよ……」

「そうか、そんなに天国の姉に会いたいのか? ならば今見せてやる大好きな姉の顔を」


 パチン!


 ガイアが指を鳴らす。

 するとフルスクリーンモニターから、ガイアが過去に録画した映像が何重にも重なる様に映し出された。

 その映像には必ず翔馬が映し出されていた。


『僕だ。いいか全ての狭間の部品工業との取り引きを中止させろ』

「……!」


 モニターから聞こえる翔馬の悪意に満ちた声が狭間の耳に入る。すると体の震えが止まった。


『奴と親しい女全て奪い取れ、んっ碧馬? フッ碧馬は僕が奪い取ってやるさ』


『奴の友を職員室に呼び出し、脅して友情を壊せ』


『工場の事故に見せかけた奴の母親の暗殺良くやった』


 次々と映し出される翔馬の映像。どれもこれまで受けた狭間の不幸に関わる会話だ。

 狭間は耳を塞いだ手を離して静かに聞いていた。

 しかし、狭間の眉間にシワが寄っていた。


 そして顔をあげその映像を凝視していた。


 碧馬に脅しと誘惑でけしかける翔馬の映像。

 悪意のある顔で工作員に指示する翔馬の映像。

 そして最後に映し出されたのが……


「……」


 マンションの一室。キャップで顔が見えない三人の工作員を引き連れた翔馬が姉静音をベランダまで追い詰める映像。

 笑いながら『自殺に見せかけて落とせ』と指示して親指を下に向ける翔馬の映像。


「やめろっ!」


 過去の映像に言ってもなにも変わらないのは分かっていても、さけばざる得ない狭間。


「ああっ!」


 三人の工作員に無理矢理体を押さえつけられ、持ちあげられる静音の姿。


「!?」


 しっかり者で優しかった姉さんは恐怖で怯え涙を流していた。


「姉さん……」


 狭間も一緒に泣いていた。


「おいっやめろ!」


 工作員が静音を持ちあげベランダから下に落とそうとする映像。

 身を乗り出しモニターに向かって叫ぶ狭間。


 なんたる皮肉。辛い映像を観ることで、精気を失っていた狭間の瞳に火が灯っていた。


 食い入る様に映像を見詰める狭間はいつの間にか涙が枯れていた。その代わり、目が見開き震える手が止まり握り締める。


 無理矢理工作員に神輿あげられた静音が、ベランダの手すりに座らされた。


『お願いっなんでもしますから殺さないでっ私には大事な弟がっ!』

『黙れ』


 命乞いする静音の頭を手で押さえつけるリーダー格の工作員。


「おいっやめろっ!やめろって言ってんだろっ!!」


 映像の工作員に向かって叫ぶ狭間。しかし、叫んだところで過去のすでに起きた映像だ。

 狭間だって分かっている。それでも叫ばずにいられなかった。


「姉さん……」


 偶然か、最後に静音と目が合った。そして彼女は口を開く。


『ごめんなさい。でもどうか優斗生きてっ!』

「!!」


 その瞬間リーダー格に背中を押された静音の姿がベランダから消えた。


「姉さんっ!おいっ嘘だろっ姉さんは殺された……ぢぎしょう……」


 モニターにしがみ付き訴える狭間はうなだれ崩れ落ちた。


『良くやったな』


 終始笑顔の翔馬が始末屋リーダーの肩を叩き労う映像。


『いえ、私は仕事をこなしただけです』

『そうか、ふふっそれにしても狭間はこの僕のプライドを傷つけたからこうなったんだ。そうさ、僕のプライドに比べたら、お前の姉の命幾つ奪っても足りんぞ、くく……』


 ズボンのポケットに手を入れ立ち去る翔馬の背中で映像が終了した。


「……なにが、良くやっただと……たかがちっぽけなプライドを傷つけられただけで……他人の人生を無茶苦茶にするかぁ……」


 歯を食いしばり怒りの表情の狭間がモニターを睨んだ。

 しかし、映像には翔馬ではなく、ギガントビーストが大口を開けていた。


「悪いなマスター。私は映像を撮っただけで、あえて干渉しなかった。これも救世主に課せられた試練と思え」


 結果的に静音を見殺しにしたガイアは、ケジメをつけるために謝罪した。


「……ガイア《お前》が謝る必要はねえっ!殺した《やった》のは翔馬だ」


 初めて狭間の感情に憎しみが宿った。


「ギッ!?」

『……』


 やられっぱなしだったガイアークが突然、トカゲ型の首根っこを右手で掴んだ。


「許さねぇ……」


 全身純白のガイアークの装甲が足元から上に黒く染まっていく。


「ギギッ……」

「ギッシッシャッ!」


 首を絞められ苦しむ仲間を救おうと背後から飛びかかるトカゲ型に対し、ガイアークは肘打ちで吹き飛ばした。


「何故そこまでして俺の友を、彼女を、仕事を居場所を、父を母を、姉さんをっ挙句に愛犬のタロの命まで奪いやがった翔馬クソ野郎!!」


 その瞬間、ハの字の泣き目だったガイアークの目が釣りあがり怒りのツインアイに変化して、全身が頭までドス黒く染まった。


 ビキッビキキキッ……


 両眼の下、頬を伝う様にギザギザの二本の亀裂が走り赤く光った。

 それはまるで血涙に見えた。


 トカゲの首を掴んだガイアークがゆっくりと立ちあがった。


「ギッ!」


 締め付ける拳に力が増す。


「良くも奪ったな翔馬ぁぁ……絶対に……許さない……」


 優しき彼からこの瞬間初めて二つの感情が生まれた。


 怒りと憎しみ……


【ガイアーク覚醒】


 グヂャッ!!


「ギギッ!」


 トカゲ型の首根っこを締め付けるガイアークの拳に力が入る。


 グシャッ!!


「ギッシッシャッアッ!!」


 握り潰されたトカゲ型の首が飛び絶命した。


「……」


 何気に無敵だったギガントビーストが、初めて人類に倒された瞬間だった。


「ギュエッ!!」


 血飛沫を受けたガイアークが振り返ると、戦慄したもう一匹のトカゲ型が怯え逃走した。


「逃げるなぁぁっ!!」


 ズングリした体型の割には高速移動出来るガイアークがトカゲ型に追いつき、尻尾を掴んで振り回し地面に叩きつけた。


 そして抵抗するトカゲ型に馬乗りになって何度も殴り、腕と足を潰し、眼球を潰し、舌を引きちぎり、生きたまま内臓を引きずり出し解体した。


「はぁはぁ……」


 鮮血を浴びたガイアークの黒の装甲が真紅に染まった。


「……あのロボットさんは怒っているの? それとも泣いてるの?」


 手を合わせ、ガイアークを見あげる知歌が悲しそうに呟いた。


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃結婚式を終えて晩餐会で皆に祝福されていた翔馬と碧馬。


「それではめでたく結ばれた二人に祝福して乾杯の挨拶を」


 グラスをかざした守屋の挨拶。彼は狭間を裏切り、幼なじみの春香を寝取った後輩だ。


「おめでとうっ翔馬さんっ!」

「おめでとう碧馬さんっ!」


 二人を祝福する声援が途絶えることのない会場の中、大慌てで黒服が翔馬に近づきそっと耳打ちした。


「大変です翔馬様」

「んっどうした渡部?」

「じ、実は先程正体不明の巨大ロボが出現し、信じられないことに二体のギガントビーストを殺しました……」

「なんだとっ!?」


 翔馬はグラスを落として割った。


 ◇ ◇ ◇


 身に染みる冬の風が吹く深夜の60階建ての高層ビルの屋上。

 足場の狭い避雷針の上に立ち、羽織ったボロボロのダークコートをなびかせる狭間が、夜の街を見下ろしていた。


 すると背後から現れたのは美少女型AIガイアだ。


「なぁ……俺はなんだ? 何者だ?」


 狭間は首だけを後ろに向いて聞いた。


「貴方はガイアークのマスターであり、

 人類を巨人獣から救う救世主です……」

「なるほど……」


 ただそう言ってまた街を見下ろす。

 しかし、彼の肩が笑った。


「そうか、ふっふっふあっあっはっはっはっはっはああああぁぁぁぁはっはっーーあ、

 …………そうか、俺は救世主か?


 背中をのけ反りながら狂った様に笑い、振り返り血走った眼と狂気の歪んだ表情の狭間がガイアに聞いた。


 この日、優しき彼は死んだ。


 その代わり、世界を救う復讐の救世主が誕生した。




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