第八話 仕事の理由
「僕は〈山ご……、〈女傑の弟子〉アセラ。初めまして、ミア」
呼んでしまってから呼び捨てで良かったかと不安になったが、ミアは華やかな笑顔をより一層明るくしただけだ。その後ろの母親を盗み見ても、不快に感じている様子はない。流石に〈意志〉を見るほどのことはしないで——尤も恐らく、ヘレナはやっているが――、ミアの質問に答える。
「今は未だ、傭兵志望……に、なるのかな。多分。未だ仕事をしたことはないんだ」
「何、私が鍛えたんだ。単純な戦闘力だけなら〈
〈
「へぇ、凄いです! 私も剣術は習ってるんだけど、中々上手くならなくて……。あの、ヘレナさん、アセラさん! 良かったら、私に剣を教えてくれませんか?」
「ちょ、ちょっと、ミア!」
あぁ、なるほど。突然話しかけてきてなんだろうと思ったら、そういう理由だったのか。確かに、大剣を軽々背負ったヘレナが剣術に長けていないわけがないのは、誰でも見ればわかる。村の男達では限界があるから、こうして傭兵に教えてもらえないかと聞きに来たのだった。
「そんな、迷惑でしょう! 傭兵はボランティアじゃないのよ、お金は払えるの?」
「そ、それは……」
母親にそう𠮟責されて、ミアはしょげてしまう。ミアぐらいの少女のお小遣いなら、〈刃級〉傭兵一人を一時間雇うのも難しいだろう。それが分かっているから、少女も駄々を
「……いや、いいぜ」
だが、意外にも……ヘレナの答えは、イエスだった。
「え?」
「嘘、良いの!? やったーっ!!」
その予想だにしない答えにアセラは思わず間抜けな声を出したが、すぐさまミアの歓声に搔き消された。少女はそれが本当に嬉しいようで、人目も憚らずにその場で飛び跳ねる。
「で、でもヘレナ様、私の家には〈王級〉傭兵を雇えるほどのお金は御座いませんが……」
「いや、金で貰う気はないぜ。ちょいとお話がしたいだけだ。だってよ、私を雇うぐらい、ミア嬢のお父さんなら容易いだろう?」
そう言い切ると同時、ヘレナの左の口角が分かりやすく、ゆっくりと上がる。そのヘレナの表情を見て、母親の顔から突然、表情が消えた。
「……何を、お望みですか」
「何、夫の秘密を明かせなんて言わないさ。対価といえど、精々幼い姫君に剣を教える程度のこと……まぁ、軽くこの国について、教えてほしいってぐらいさ」
その言葉を聞いて、母親は表情のないまま逡巡し――
「……良いでしょう。但し、質問には私が答えます。娘には何も聞かないこと。また、質問の程度が過ぎると思えば、私は解答しません」
そう答えを言い放って、表情を娘を憂う母のものに戻した。
「よし、乗った。質問はミア嬢を指導した後にしよう。あぁあと、暇だったら私の弟子も見てくれ。同類のはずだからな。嬢ちゃん、今から行くか?」
「うん! すぐやりたい!」
「おぅ、良い意気だ。確か、ここから五分ぐらいのとこに広場があったな? あそこで平気か?」
「勿論! お母さん、私剣取ってくる!」
そう言ってミアは早くも、食堂を飛び出していく。母親は一言「これは契約ですよ」と言い残して、慌ててミアの後を追った。
「ふぅ。王国に来て初めての仕事だな」
「あの、師匠」
「なんだ?」
「一体、あの二人は何者ですか?」
そう。
アセラも、気付いていなかったわけではない。
そもそも第一として、基本的にめんどくさがりなヘレナが、金にならない仕事を請け負う時点で、何か裏があると考えるべきだ。
あの少女と、母親は――
間違いなく、普通の家族ではない。
もしそうであるなら――
まるで母親が、娘が攻撃されることを警戒しているかのように立っていた理由が、分からない。
「……ちゃんと、気付いてたか」
「いえ、娘が特別で、母親がかなりの武術経験者であることだけです。それ以上は、僕には……」
「簡単だ。お前と一緒だよ」
「僕と一緒?」
「
そう一言ヘレナが言った次の瞬間、アセラは目を大きく見開いた。
「……〈農家の娘〉」
「お前に言ったことだ。適当すぎて逆に怪しい。だが、間違いなくあれはミア嬢の
「ってことは……」
「あぁ。つまり、あの
そこまで言って、アセラもようやく、ミアとその母親の正体に気付いたようだった。
「身のこなしからして、母親の方は恐らく、王宮付きの特別近衛兵か何か。そして、ミア嬢は――
この国の王家、遍照家の娘だ」
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