第十五話 宮殿突撃

 後ろから迫る幾つもの怒号と足音が、沈みかけていたアセラの思考を引き上げた。

 慌ててアセラは意識を切り替える。全て振り切ったわけではなかったが、少なくとも意識の隅に追いやることは出来た。短剣を自分の服の裾で拭い——そこに何が付いたかは見なかった―—、短剣を逆手に握って地面を蹴飛ばす。見上げるような宮殿の入り口をくぐって、薄暗い室内に飛び込んだ。


「照射! 迎撃用意!」


 途端、正面から強烈な光を浴びせられ、視界が真っ白に染まる。目が眩んだアセラは、しかし足を止めることはない。両目を閉じ、〈意志〉を見て、大きなシャンデリアの飾られたエントランスを駆け抜ける。十人以上いる兵士達の足元と振るわれた剣筋の林を走り抜けて、正面階段の上、右手から光を照射している男に向かった。男を護衛するように構えていた二人の兵士が剣を振るうが、素早く躱して正面階段から蹴落とす。男は照射を諦めて剣を握ったが、すぐに裏に回られ、頸椎周りに手刀を叩き込まれて、敢え無く気絶した。


「くそっ、なんだあの化け物は!?」

「侵入者、迎撃に失敗! 総員、見つけ次第連絡と排除! あの部屋にだけは近づけさせるな!」


(あの部屋……?)


 二階へ駆け上がり、そのまま真っ直ぐ廊下へ進んでいく最中、後ろから聞こえた言葉が耳を掠める。恐らくだが、その部屋が正に例の、ミアが監禁されているであろう部屋だ。何故か宮殿に入った瞬間にミアの〈意志〉が分からなくなってしまったのだが、想像以上に早く突破口を見つけた。

 宮殿内を走り回りながら、アセラは宮殿中に散らばる〈意志〉を一つ一つ確認していく。基本は二人一組ツーマンセルでの巡回のようだが、一組だけ、一際強く、一際異質な二人がちょうど自分の真下で止まっていた。そこはただの廊下のように感じるが、恐らく地下への秘密通路でもあるのだろう。そう見当をつけると、アセラは近くのカーテンを引きちぎり、窓を。割れた窓の音を聞きつけた兵士達の足音を置き去りに、掴んだカーテンで振り子のように落下して、一階下の廊下の窓を蹴破った。


「ッッ!!」


 その瞬間、廊下の空気が不可思議な暴風を生み、アセラは吸い込まれるように廊下に投げ出される。受け身を取る自分の目の前に突如現れた鎌鼬を〈意志〉だけで認識して、短剣で切り裂いた。しかし、どうにか直撃は免れたのも束の間、周囲を幾つもの鎌鼬が囲む。殆ど捨て身の覚悟で一つの鎌鼬に突撃し、それを切り裂いて包囲から逃れた。

 人気のない、埃の積もっていそうな寂れた廊下。その中央付近には、二人の男がゆったりと構えている。右手をこちらに翳す背の低い方が、恐らくこの鎌鼬の使用者だろう。次の鎌鼬が現れるよりも早く接近し、近接戦闘に持ち込


「ぐぁっ!」


 ――もうと思って地面を蹴飛ばす直前、アセラは突然天井に叩き付けられる。

 否、突然ではない。アセラはそれを認識していた。地面や壁を起点に不可視の壁を作り出し、移動させることで圧し潰す攻撃。だが、〈意志〉を改変して攻撃する、その速度が桁違いだった。ヘレナと重ねた数多の訓練を以てしても、その速度にアセラは太刀打ち出来ない。不可視の圧力から逃れるよりも早く、その壁はアセラを叩き潰した。

 続けざまに、天井からも同様の圧力が加わる。一回目は背中から、それも衝撃に備えることが出来たが、二回目は一回目の衝撃から体勢が回復していない。真正面から床に打ち付けられて、最後の抵抗も虚しく、アセラは自分の〈意識〉を手放した。



 *



「ベネ、状況は」


「外を騒がせてた餓鬼は捕まえたぜ。なぁに、なんかに使えると思って殺しちゃいねぇさ。なんせグゴルを瞬殺する餓鬼だ、並のもんじゃねぇ」


「分かった。拘束して運んでおけ。ガベン、上空へ移動しろ」


「ってぇことは、整ったんだな?」


「はっ、そうに決まってるだろ。レイサは待機済みだ。ないとは思うが、万一があれば護衛に徹しろ」


「おぅよ」



「さぁ、始めるぞ。……真の平等は、真の戦乱にあり」




 *



遍く照らす陽光サンズファーク王国〉王都、〈平照ヘイショウ〉。


 その上空、高さにして五メラ――五千メルほどのところに、一人の男が浮いていた。夜陰を纏って上空に佇みながら、夜を煌々と照らす灯りの海を見下ろす。

 その男に、一人の男が接近した。風に乗って空を飛ぶその男は、器用に風を操作しながら先の男に接近する。


「準備完了だってよ。そろそろ来るぜ」

「やっとか、全く。〈大地神〉に根を生やしたあとは、〈天空神〉の夫にでもなるかと思った、ちくしょう」

「ま、こっからはそう退屈もしねぇさ。用意しとけよ」

「言われずとも、ずっと準備済みさ。……来るな」


 男がそういって、両手を向かい合うように構える。そして、突然顔が真剣そのものになった。

 それもおかしくない。肉眼で見れば何も分からないが、〈意志〉で見れば分かる。そこには、〈意志〉が現れていた。特異な力を宿した、特別な〈意志〉。先程までアセラが追っていた、純粋な〈意志〉――



 そこに現れたのは、ミアの〈意志〉だった。




 ミアの〈意志〉、だった。




「……ふぅ、出来た。完了したぜ」


 数分の時を置いて、男は詰めていた息を吐き出し、額ににじんだ汗を拭う。


「よっし、じゃあ、はじめっか」


 もう一人の、風を纏う男がそう答えて、眼下の王国を見下ろし――






「なんともまぁ、こりゃあ酷いことをしてたもんだね」





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